ゴブリンさん猫を拾う
16 オーヤマブラザース
弟が帰ってきて夕飯の支度をしていたらゴブリンさんが血相を変えて家に飛び込んできた。
「どーした?」
と、弟がのどかな顔をして食器を並べる。
「あ、あ、あっしの段ボールハウスの横に、猫が捨てられてるんでさ!」
捨て猫。それはよろしくないことだ。いまは動物を捨てると捕まるのではなかったか。なんにせよ保護しなくてはならない。
「それってどれくらいの猫です?」
「だいぶ小さい……子猫ってやつじゃないですかねえ」
子猫。それなら自力で段ボールを出ることはできないだろう。というわけで、わたしは弟に留守番を命じ、ゴブリンさんの案内で子猫を保護しに行くことにした。
河原の橋の下というおあつらえ向きの場所にゴブリンさんの段ボールハウスはあり、そのすぐ横に、子猫が三匹入った段ボール箱が置かれていた。茶トラが二匹と三毛が一匹。薄暗くてよく分からないが、まだミルクを飲んでいる子猫ではなかろうか。
とりあえず家に連れていく。
しかしわたしは一つ思い出すことがあった。父さんが猫アレルギーなのだ。大昔、わたしも子猫を拾ってきたことがあって、父さんが猫アレルギーという理由で知り合いに引き取ってもらったのだ。
だからたぶん、我が家で持続的に飼うのは難しかろう。
それはともかくミルクを用意しなくては。しかしこの時間に一人でホームセンターまで行く余裕はない。そういうわけで二代目に連絡した。
二代目は「まかせろ」と知らないアニメキャラのスタンプですぐ返事をくれた。
あっという間に二代目が子猫用ミルクと子猫用キャットフード、それから猫トイレと砂、ホットカーペットの猫専用のやつを買ってきてくれた。
「あとでお代金払いますね」
「いいっていいって。子供は金のことなんざ心配しなくていいんだ」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
「それでいい。しかしちっちゃい子猫だ、さすがに目はもう赤ん坊でないが」
子猫三匹はぴぃぴぃと鳴いている。寒かったようなので猫用ホットカーペットをつけると、ぴたぴたと張り付いてうとうとし始めた。
「これって生後何週間くらいですかね」
「生後一か月ってところじゃないか? ミルクと離乳食だ」
二代目はガチの赤ちゃん猫だった竹林院を育てたヒトなので、子猫の世話についてとても詳しかった。
やるべきことを説明して、無理なら引き取るが、と提案してくださったが、頑張ってみます、とわたしは答えた。生後一か月ならそう簡単にポコポコ死んだりはしないだろうと思ったからだ。
「すげー……子猫だ。かわいい」
ミルクの作り方を確認するわたしを無視して、弟は子猫を見ている。ゴブリンさんは帰りたそうにしていたので帰ってもらうことにした。
帰り際に、
「ゴブリンさん、『カメラの田中』のひとたちにも認識されてるんですか?」
「へえ。協力者は多いほうがいいんで」
という話をして、ゴブリンさんはそそくさと逃げ帰った。
「姉貴、この猫ってうちで飼えるのか?」
「無理だろうね。父さんが猫アレルギーだから」
「え、だって父さん家にいないじゃん」
「でもダメだと思うよ。だから情が移らない名前にしよう。マスタツとヤスハルとのぶ代。オーヤマブラザースだ」
「なんだそれ」
「大山倍達は格闘家。大山康晴は将棋名人。大山のぶ代は昔のドラえもんの声優」
「ひどい名前だな」
「分かりやすくていいじゃん、オーヤマブラザース。っていうか警察には連絡しなくていいのかな。動物捨てるのって犯罪だよね」
「でも警察に電話したらこの子たち保健所に連れてかれないか?」
「こっちが世話する気なんだから保健所ってことはないでしょ」
というわけで警察に電話する。おおらかそうな訛ったお巡りさんが電話に出て、預かってもらえるならそちらで預かってほしい、と言われた。警察は人手不足で、とてもとても子猫の世話などできる状態でないらしい。
とにかく保健所ルートは回避した。安心していたら子猫たちが騒ぎ始めた。お腹が空いているらしい。
ミルクと子猫用キャットフードを用意する。ミルクもいくらか飲んだがキャットフードのほうが好きなようだ。
これなら深夜にミルクで起きる必要もなかろう。たいへん安堵した。お尻を濡れた布で触ってやると、もりもりと出すべきものを出した。健康そうだ。
あまり軽率にXにUPするべきでないと思ったので、とりあえず
「子猫を保護しました」とだけポストしておいた。
そのポストも激しくバズってしまってドン引きした。リプ欄には「画像ください!」みたいなリアクションがぶら下がっていて怖くなってしまう。
ふむ。
とりあえず漫画描くか。きょうは弟が実に素直に学校へ行ってくれたので、作画作業はだいぶ進んでいる。あとは微調整してUPするだけだ。
いろいろ調整してゴブリンさん漫画をUPすると、あっという間にバズってしまった。
このバズる、というやつ、どうにも慣れなくてつらい。
なんで石の裏の虫みたいなわたしが、日の当たるところに出ていかねばならないのか。大変納得がいかない。
しかし漫画家になる、というのはそういうことなのだろう。
少しバズることに慣れなければならない。
そんなことを思って、ふと弟を見ると、眠そうな顔をしてぼーっと起きている。
「寝ればいいじゃん」
「いや……あのさ姉貴、おれのクラスに漫画描いてるのがいてさ」
「ほう」
「そいつも漫画家なのか?」
「わからない。でも気になる。どんな子?」
「なんか……アトピーがひどい女子で、すごくいじめられてて、でもそいつ、自分は怪我まではしてないからいじめられてないって言ってる」
「……なにを基準に、あんたはその子がいじめられてると思うの?」
「クラスのやつらが、ずっとその子の悪口言ってるから」
「そうだね、悪口はいじめだ。でもその子はいじめられてないって言うんだ」
「うん。なんか……可哀想でさ」
「可哀想、か。わたしも小学校のころずっとノートに漫画書いてたなあ。今思うとずいぶん稚拙だったけど頑張ったっけ」
「そうなのか?」
「そうだよ。漫画を描くきっかけなんていろいろだけど、描いてみようって気持ちが尊いんだよ。未来のクリエイターだ」
「そうなのか。そいつに言ってみる」
「それはよしときな。わたしはあんたが思っているほどの漫画家じゃない」
「そうか?」
「そうだよ。さ、寝よう寝よう」
弟に寝るように言い、わたしも寝間着に着替えた。子猫たちの様子を見る。元気そうだ。
翌朝こっ早い時間に、子猫のぴぃぴぃ言うのでたたき起こされた。弟はぐうすか寝ている。ふらふらと起き出して子猫たちにご飯を食べさせる。ミルクとキャットフード半々の感じだ。そろそろ離乳ってことなんだろう。
茶トラのマスタツとヤスハル、三毛ののぶ代ともに元気そのものである。特にマスタツの食欲がすごい。きょうだいを押しのけてでも食べてやろうという元気さだ。
猫に食べさせたあと、着替えて顔を洗い、弟を起こした。そろそろ0655が始まる時間だ。弟はもぞもぞと起きてきて、
「なあ、本当にうちで飼えないのか?」
と聞いてきた。おはようソングを聞きつつ、
「飼えないよ。父さん猫アレルギーだもん」
と、不毛なやりとりをする。
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