13 定例報告といじめ
河原の、取水口というらしい物々しい水門の裏に回る。そこには虹色のゲートが開いている。そこに入ってしばらくうねうねしたところを進むと、魔王城の謁見の間にたどり着いた。
ほかの地域に飛ばされているやつらも勢ぞろいしている。みな平伏して待っていると、魔王陛下が現れて、
「ゴブリン斥候隊。みな顔を上げよ」
と、威厳ある声で言った。
「ははぁっ」
全員顔を上げる。魔王陛下は御稜威を放っておられる。凄まじい強者の雰囲気だ。
「では定例報告を執り行います」
大臣である道化の悪魔が場を仕切っていく。みな順番に、
「巨大な金属の橋がかかっていて、そこを巨大な乗り物が走っている」
だとか、
「病気になってもたいていは薬で治るし、それで治らないものは痛みなく体を切り開いて病巣を取り除くことができる」
だとか、そういうことを報告していく。
あっしは、アイスクリームやらソーイング・ビーやら、そういうことを報告した。
「そちの報告はあちらの人間の生活に密着した印象があってよいな。協力者を見つけたのか?」
「は。家に入れてくれる人間がおります」
「そうか。あまり情が移らないように気をつけろ。いずれ打ち滅ぼすのだからな」
「ははぁっ」
そう答えたものの、晴人さんとトーコさんは滅ぼしたくないなあ、と思った。
定例報告のあと、あっしはほかのゴブリンたちと一杯やりにいくことにした。あちらに棲んでいてはなかなかできないことだ。
酒場に入ると、店の中央の柱に人間の若い娘っ子がくくられていた。
「これは?」
「きょうはこの娘っ子をつまみに一杯やろうって趣向でしてね」
酒場のマスターはそう言ってケケケと笑った。
「……懐かしい。しかしあまりいい趣味じゃありませんね」
「そうですかい?」
みなでビールをすすりながら、ときおりダーツを若い娘に投げる。ダーツの針が刺さるたびに、若い娘は悲鳴を上げる。もう全身血まみれ傷だらけだ。
こういうのを、いじめって言うんだろうか。
こういうので、トーコさんは学校を諦めたのだろうか。
なんだか不愉快な気分になったので、ジョッキがひとつ空いたところで代金を支払い、酒場を出た。
夜の魔族首都トーキオーンは賑やかだ。たいていの魔族が夜行性だからだ。
それを思うと人間の王都ブリジデルも、夜のほうが賑やかだった気がする。まあ賑やかさの原因は賭場や娼館や酒場なのだが……昼間はみな仕事をしていて、街は静かだった。
あちらの世界の食べ物に慣れてしまうと、こちらの食べものはずいぶんと味気ないので、食堂に入る気はしない。
さっさとあっちに帰るか。それがあっしの仕事なのだし。
取水口の裏から、こっちの世界に戻ってきた。ゲートが閉じるのを確認する。
こっちもすっかり夜だ。空を見上げれば、見たことのない星々がきらめいている。
段ボールハウスに向かう。風で屋根が飛ばされていた。雨風を凌げればそれでいいと建てた家なので、実に脆い。
もっとちゃんとしたところに棲みつかなきゃだめそうだな。
でもこの河原は、居心地がいいしな。
晴人さんとトーコさんはどうしているかな。
そんなことを考えながら屋根を探す。うろうろしていると、なにやら灯りを焚いて写真を撮っている一団が目に入った。
「夜の野外ロケ、雰囲気は出るけどきれいに撮るのは難しいですね」
「もうちょっといいカメラだったらいいんだろうけど……」
「まあせっかく雰囲気ばっちりのところにいるんだしもうちょっと撮らないと。そのうち『仏滅日曜友の会』で写真集頒布するんですよね?」
奇抜ないでたちの三人組だ。カシャカシャと写真を撮っている。なにやらかつらをかぶったり、目に色付きのうろこを入れたりしている。
「うーん……やっぱりCG使わないと『スターダスト・レイン』を再現するのは難しそうですね」
「まあそれは想像してたけど……ゆいちゃん、そろそろ帰らないと親御さんが心配するんじゃないの?」
「いいんですよ。あんな親」
近寄ったら面倒そうなので、あっしは遠くで話を聞くだけにとどめた。
少ししたらその三人組も解散した。段ボールではないが適当な板切れを見つけたので、段ボールハウスへと戻る。その板を屋根にして、あっしは段ボールハウスの中で眠った。
魔王軍は本当に、この国を侵略する気なのだろうか。
分からないが、勝ち目はなさそうだとあっしは思う。
翌朝目が覚めると、ラジオ体操の人や犬の散歩の人が忙しく河原を行き来していた。ラッパのような楽器の練習をしている人もいる。
あくび一発、寝床からあたりを伺う。
よし、犬の散歩もラジオ体操も楽器の練習もいなくなった。段ボールハウスを出よう。きょうは段ボールハウスをより頑丈にするために、古紙回収ボックスにいかねばならない。
この世界では古い紙を集めてまた紙にすき直すということをしているらしい。なんで、こんなに豊かな世の中でそんなみみっちいことをするのだろう。
隠れみのをまとい、古紙回収ボックスに向かう。きょうは確かポイント三倍デーとやらで、紙の重さに応じて、中の機械でもらえるポイントが増えるらしい。そういうわけで古紙回収ボックスにはたんまりと古紙や段ボールが積まれていた。
手頃な段ボールをいくつかとる。それを人の目がないうちにそっと河原に運ぶ。
段ボールハウスを作り直し、なんとか雨風をしっかり凌げる建物ができた。
満足だ。
さて、きょうはどうしようか。そう思っていたら革の大きなカバンを背負った子供たちが、ぞろぞろとどこかに向かっていく。学校に行くのだろう。
その中には晴人さんの姿もあった。学校とやらを見学してみるのも悪くないかもしれない。隠れみのをしっかりとまとう。晴人さんがあっしを発見したら、確実に学校を投げ出すからだ。
「お? ウソつきじゃん」
道中、晴人さんにそう声をかけた輩がいた。晴人さんより少し体格のいい、意地悪そうな顔をした男の子だ。
「ウソじゃねーし。マジでおれの姉貴は漫画家だ」
「何巻まで本出てるんだ? ほら言ってみろよ」
「本はまだ出してない、でもいつか必ずすげー大ヒット漫画を本にする」
「へえー。本出してないなら漫画家って言わなくね?」
「そんなことない。漫画描いてるやつはみんな漫画家だ」
「じゃあ木村美琴も漫画家なのか?」
キムラミコトって誰だろう。学校の同級生とかだろうか。
「……そうだ。漫画描いてるやつはみんな漫画家だからな」
「小学生なのに?」
「姉貴は言ってたぞ、アマチュアでも漫画を描いてるやつは漫画家だって。どんな子供でも、漫画を描いてれば漫画家だって」
「でもお前の姉ちゃん、アマチュアなのになんでそんな偉そうなことを言うんだ?」
「……いや、だって……」
晴人さんが言葉に詰まった。
それに「漫画を描いていればだれでも漫画家」というのは、トーコさんの言ったことではないような気がする。
「無理すんなって。漫画家じゃなかったですって謝れば許してやるから」
「別にお前らに許される必要はない」
晴人さんは早足で学校へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます