12 グリーンカレー

 トーコさんはレートーコを開けた。中から氷菓子が出てくる。牛の乳を凍らせたものだ。

 これがべらぼうにうまいので、ワクワクして渡されるのを待つ。


 はい、と渡された氷菓子は、このあいだの楕円形のものでなく、もっとゴツゴツした感じだ。袋は簡単に開けることができた。やっぱり木の棒がついている。


 木の棒を持ってその塊状の氷菓子を口に運ぶ。甘くてなめらかである。中から赤い豆を甘く煮たものがでてきた。うまい。


「姉貴! テレビ観ていいか?」


「いいよ、勝手にやんなさい」

 晴人さんはテレビをつけた。


 いろいろな映像を切り替えて、なにやら子供が勉強するのにちょうどよさそうな番組を見始めた。街の仕組みなどを取り上げる番組のようだ。


 街の辻々に立っている、三色の灯りのついた街灯が画面に映る。

「晴人さん、これはなんなんですかい?」


「シンゴーだよ。赤が光ってるときは通っちゃだめ。青のときは通れる」


「ほお……」

 つまり辻々の通れる方向を決めて、乗り物や人がぶつからないようにしているらしい。

「なるほど。面白れぇですね」


「そうか?」


「勉強になりまさあ」


「そうか! そうだな……マチスコープもおもしれーけど、なんか録画でおもしれーのないかな」


 晴人さんはテレビの置かれた台の下にある機械を動かした。

「姉貴、なんかアニメって録ってあるか?」


「まあなんかしらあるんじゃない? あ、ソーイング・ビー録ってあるよ」


「まじ? じゃあソーイング・ビー観ようぜ!」


「そーいんぐ・びー?」


「イギリスって国の、裁縫のうまいやつを決める番組だ!」


 イギリス。よく分からない顔をしていると、トーコさんがさっきの世界地図で場所を教えてくれた。ずいぶん遠い国だ。

「こんな遠い国の映像が見られるんですかい?」


「そりゃそうだ。仕組みはよくわかんないけど、インターネットで一発なんじゃね?」

 いんたーねっと。


 トーコさんの表情を伺うも、「使っているけど仕組みはあんまり分からない」という顔だ。

 とにかく「ソーイング・ビー」とやらを観る。なにやら機械を使って、すごい勢いで布を縫っている。

「あの機械はなんですかい?」


「ミシンだ」


「みしん」


「姉貴、うちにもミシンってあったよな?」


「やめなさいよ危ないんだから」


「なんでだよー」


「あんたぜったい指も縫うよ。ぜったい痛いよ。それでも出してくる?」


「……いや。いいや」

 というわけでミシンを生で見ることはできなかった。


 時計とやらを見ると、長い針と短い針がぴったりてっぺんで重なっていた。


「もうお昼だねえ。グリーンカレー食べよっか」


「やったー!」

 というわけでトーコさんがてきぱきとレトルトのグリーンカレーとやらを用意する。薄い金属でできた袋に入った食べものを袋ごとお湯で温めて、白いコメとやらに袋の中身をかける。


 何やら香ばしい匂いがする。なんとあっしの分もあった。

「あっしは生肉でいいのに」


「火の通ったもの食べなきゃだめですよ」

 というわけでグリーンカレーなるものを食する。


「おー! からい!」

 晴人さんは目をぱちぱちする。


 あっしも食べてみる。人間ほど複雑な味覚を持っていないので、「からくてうまい」くらいのことしか分からない。


 人間からすると入っている野菜の歯ごたえも楽しいのだろうが、あっしらゴブリンはあごの力でたいていのものを粉砕してしまうので、そう楽しいわけでもない。


「あーこれはおいしいねえ。タケノコのコリコリが絶妙だ」


「鶏肉はモサパサするな」


「そりゃーしょうがない。レトルトカレーにこんだけ具が入ってるだけですごいんだから」

 グリーンカレーを食べ終える。晴人さんは汗びっちょりだ。トーコさんも汗をかいている。


「よし! 川に写真撮りに行こう!」


「なんでもいいけど中洲に入ったりしないようにね」


「わかった!」

 晴人さんは重そうな革のカバンを置いて、風のように家を飛び出した。あっしも続く。


「写真ってのは楽しいんですかい?」


「すごく楽しいぞ! でもこれ、昔のカメラだから、スマホにすら負けてるんだよ」


「スマホってのはみんな持ってるあの四角い板切れのことですな?」


「そうだ。あれだったらもっといい写真が撮れるのに。撮った写真をそのまんま、えすえぬえす? にも投稿できるのに」


 ほぉん。

「こっちの世界のひとってのはスマホが好きですねぇ」


「そうだぞ。えすえぬえす見たり、アニメ観たり、ゲームしたり……なんでもできるんだ。買い物だってできる」


「そいつぁすげえや」


「な? だから欲しいって言ってるのに、姉貴は俺を子供扱いして父さん母さんに取りついでくれないんだよ」


「それは晴人さんの小遣いじゃ買えないんですね?」


「そうだ。一台ジューマンエンくらいするって姉貴は言ってた」

 十万円、は確かに大金だろう。隠れみのを使って商店を観察したが、食べものは三百円とか五百円とかそんなもので、それを思うと十万円はとんでもない大金だ。


 頭の悪い生き物の代表格であるあっしらゴブリンでもそれくらいは分かる。

「あ、カワセミだ。よし」


 晴人さんはカメラを構えた。向こうにはきれいな青い鳥がいる。


 カシャカシャと写真を撮る。カワセミはどこかに飛んでいった。

「撮れましたかい」


「だめだな、ぜんぜんうまく写らない」

 晴人さんはため息をついた。


 晴人さんはそれからしばらく、河原で鳥を探しては写真を撮っていた。薄暗くなってきて、晴人さんは「じゃあな!」と明るく言って帰っていった。


 あっしは腰に下げている連絡装置を確認する。きょうの夜は定例報告だ。

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