10 王都陥落

 別のチャンネルに回すと、夢グループの通販のコマーシャルをやっていた。

「これはなんですかい?」


「画面に出た番号に電話というのをかけると、紹介されている品物が買えるんです」


「ええ?! 電話ってのはその板切れですよな」


「そうです。年配のひとだと固定電話っていうのを持ってるかもしれませんね」


「この世界はすげえなあ」

 ゴブリンさんは感動しているようだった。コマーシャルが終わって番組本編に切り替わると、外国で起きている戦争のニュースを報じていた。


「こ、こんなに、庶民に至るまで教養があるのに、それでも戦争するんですかい?!」


「そうですねえ……国のエラい人がバカなんです」


「国のエラい人がバカって、この頭のいい国のてっぺんにいるのがバカなんで?!」


「あっちの世界もそうなんじゃないんですか?」


「うんまあそれはそうだ……人間の王様は呆れるほどのバカだった」

 どうやらそういうところは異世界も同じらしい。


「この国だっていつ攻められてもおかしくないんですよ。さっきの戦争のニュースで、攻め込んだほうの国は、この国とも領土問題を抱えているので」


「はー……恐ろしい……」

 そのとき、テレビからなにやら大きな音がした。耳慣れない、なんだか恐ろしい音のあとに、画面に「Jアラート 国民保護に関する情報」と表示された。


「まぁたミサイルだ」


「み、みさいる?」


「要するに空飛ぶ爆弾です」


「ええ?! そんなら急いで地下壕に隠れないと!」


「大丈夫です。この画面だと一番上の大きい島にだけ模様がついてますよね」

 北海道を指さす。


「え、ええ」


「そこがもしかしたら危険かもしれない、ってことです。ここはその南の土地なので。でもいちおう窓から離れたほうがいいですね」


「なんでそんなに冷静なんですかい?! 空飛ぶ爆弾が降ってくるのに?!」


「いっつも海に落ちるんです。隣の独裁国家が、駄々っ子みたいに飛ばすんですよ。民放じゃらちが明かないな。えねっちけーにしよう」


 チャンネルをえねっちけーに変える。相変わらずお通夜テンションでミサイルのことを報じている。どうやら海に落下したようだが、この調子では昼の朝ドラ再放送は飛ぶだろう。


「はー……恐ろしや。こっちの世界のひとはこういうのに慣れてるんですかい?」


「慣れちゃいけないんでしょうけどね」

 ゴブリンさんはしみじみとテレビを観て、

「王都陥落のときを思い出しまさあ」

 とつぶやいた。


「王都陥落?」


「へえ。あっしはもともと王都ブリジデルっつうところに住んでたんでさ」


「王都って、人間の住んでいる王都ですか?」


「そうです。そこの地下道は、魔族の棲みかになってましてね。料理屋の生ごみを集めてきてみんなで食ったりしてたんでさ」


「じゃあ人間とはわりと友好的だったんですか」


「まあ売り物をくすねれば追いかけられはしましたが、生ごみを漁るぶんには黙認されてたんでさ。そこに魔王陛下の軍が攻め込んできて、人間はめった殺しにされたんでさ」


「こ、こわっ」


「へへへ。そんで魔王陛下はあっしらにも軍に加われとお命じになられた。そいであっしらも、魔王軍の下っ端になりました、ってなわけでさ」


「そうなんですか」


「今でも、ブリジデルが焼ける様子はよく覚えてますぜ。人間がみんな悲鳴を上げて逃げ回って、でも魔王陛下の率いてきた魔族の精鋭が人間をぶち殺していくんでさ」

 恐ろしい。そんなのが攻めてきたら勝ち目がないではないか。


「でもあっしは昨日の定例報告で、こっちの世界にはすごい兵器がたくさんあって、魔王軍でも勝ち目は薄いのでは……と言っておいたんでさ」


「え?!」


「ジエータイとかいうひとたちの装備品を見て、こりゃー勝ち目がないなって思いましてね。ほかのところに派遣された仲間も同意見でした」

 魔王はとりあえず攻めてこないのだろうか。ちょっと安心する。


 テレビのすみっこの時刻表示を見るとそろそろお昼だ。なにか口に入れなければ。

「ゴブリンさんもなにか食べませんか? 生肉じゃ栄養も薄そうだし」


「いいんですかい?」

 というわけでカップ麺をふたつこしらえる。チリトマトヌードルは正義だ。

 熱湯を入れて三分待った。フタをぺりぺり剥がす。


「もう食べれるんで?」


「はい。熱いので気をつけて」

 チリトマトヌードルをハフハフと食べる。うまい。

 ゴブリンさんもチリトマトヌードルをうまいうまいと食べている。


「こっちは文明が進んでるだけでなく世の中が豊かなんですねえ」


「いえいえ。どんどん貧しくなる一方です」


「貧しくなってるんですかい?」


「物価が高騰して、何年か前は九十八円で買えた玉子が二百五十円するんですから」


「はー……暮らしにくくなってるんですね」

 まさにそれなのであった。


 チリトマトヌードルを食べたあと、ゴブリンさんはきょろきょろと家のなかを見まわして、

「晴人さんはいつ帰ってくるんで?」

 と小首をかしげた。犬猫がやれば最高に可愛いのだがゴブリンがやっても可愛くない。


「たぶん夕方でしょうね」


「そんなに遅くまで勉強するんですかい?」


「別に夕方は遅くないですけど」


「はあ……あっちじゃ夕方は魔族の活動開始の時間なんで、子供は昼のうちに帰ってくるのが普通だったんですがねえ」


「まあ、夕方は眩しいから車の運転を誤って人をはねるなんてありがちですからね」


「車」


「自動車っていって、ガソリンという油を入れると走る乗り物です」


「ああ、通りをときどき走っているあれでさあね」

 ゴブリンさんが「ときどき」と言うのに限界集落みがあるなあと思う。


「じゃああっしは河原に帰ろうかな。いつまでもお邪魔してちゃいけない」


「別に気にしないですけど」


「いやいや。ゴブリンはこっちの世界では若い娘っ子を強姦したりする生き物というイメージなんでしょ? 斗雨子さんのお昼寝を妨げちまう」


 そう言ってゴブリンさんは笑った。だんだん表情が分かるようになってきた。

 ゴブリンさんは帰っていった。人間に見つからないタイミングというものが分かるのだろう。


 そのあと少し昼寝して、起きたら弟が帰ってきていた。

「学校どうだった?」


「ハブられてる」


「は?」


「クラスのやつらにハブられてる。ウソつきだって」


「まあそれはウソをついたあんたが悪いよ」


「ウソじゃないじゃん! 姉貴めちゃめちゃ漫画描いてるじゃん!」


「まあそう言ってもらえるのは嬉しいけれど、ちゃんとクラスのみんなに謝ったほうがいいよ」


「なんでおれが謝らなきゃいけないんだよ、あいつらが悪いのに」


「うーん、漫画家だっていうタイミングが早すぎたね。せめて書籍化してからにすればよかったのに」


「だから早くしょせきか? しろよ。腹減った!」


「よおし。ペペロンチーノ食べよう」

 きょうも我が家は平和である。

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