8 オノマトペの多い食卓

 そう思いながらゴブリンさん漫画の第三話の内容を構想する。川遊びをしているところを描きたい。ちょっと川、行ってみっか。


 家からすぐの河原についた。河原に弟とゴブリンさんの姿はない。もう夕方だし入れ違いになったのかな。


 スマホで河原の風景を撮影しておく。

 家に戻るも弟の姿はない。どうしたんだ?

 なんだか心配になってきた。わたしは心配性だ。


 いつも、ずっと弟のことを心配している。よくないことだとは分かっている。


 でも、わたしは弟が小さいころから、ずっと弟を世話してきた。

 だから、弟には、ずっとちびっこであれと思ってしまう。


 せっかくグリーンカレー買ってきたのにどこに行ったんだろう、と思ったら、スマホに電話がかかってきた。固定電話からで、市外局番はこの街のものだ。出る。

「はいもしもし」

「えっと、天川斗雨子さんですか?」

 知らない男性の声だ。


「はい、そうですが」


「あの、町内にある『カメラの田中』です」

 知っている。写真館兼カメラ屋さん兼写真プリント屋さんだ。七五三で記念写真を撮った記憶がある。


「ああ、カメラの田中さん……どうしたんですか?」


「天川晴人くんは弟さんでいいんですよね」


「そうです」


「いま、晴人くんがうちに遊びに来ていて、もう薄暗くなってきたので、いちおう迎えに来てもらったらいいかなと思いまして」

 なんで弟がカメラ屋さんにいるのかはさっぱり分からないが、でも迎えにいったほうがいいかもしれないなあと思う薄暗さだ。わかりました、と返事をして、家を出た。


 問題の「カメラの田中」はガチのご近所さんだ。我が家を出て河原の方向に少しいけばある。相変わらず小ぢんまりとしたたたずまいの「カメラの田中」のドアを開けると、中年男性がスマホをいじっていた。


「あ、斗雨子さん……ちゃん?」


「ちゃんでいいです、まだ子供なので」


「オーケー。腹減ってないかい? 夕飯は食べたかい?」


「まだですけど、」


「それなら食べていきなよ。親父殿も孫ができたみたいに喜ぶと思うよ」

 断ろうとしたが、優しさを払いのけるセリフを知らなかったので、

「ありがとうございます。ご馳走になります」と答えた。


 店舗の奥が住居になっていて、弟と老人がおいしそうにアジフライを食べていた。

「あ! 姉貴! 親父殿、これがおれの姉貴です!」


「ほほーう。ちゃんとしたお姉さんじゃないか。まあ座りなさい」

 というわけで親父殿と呼ばれている老人の向かいに座る。


 眼光の鋭い、キリリとした老人だった。


「覚えてるよ、七五三の写真を撮ったね」


「姉貴! 親父殿はすごいんだぜ、フクロウの写真でなんとかの大賞を受賞したんだって!」

 フクロウの写真というのは撮るのが難しいやつではなかろうか。壁にはその写真が飾られていた。


 大きなフクロウが翼を広げ、ウサギにつかみかかる写真だ。なるほどこれはふつうのひとには撮れないだろう。賞を獲るのも分かる気がする。


「斗雨子ちゃん、晴人くんは素質があるぞ。お父さんお母さんにお願いして、ちゃんとしたカメラを買ってもらったほうがいい」


「いえ、でも、両親は忙しいので」


「そんなこと子供が気にすることはないぞ。まあ食べなさい。早く食べないと竹林院に掠められるよ」


 竹林院ってだれだ、と思っていたら、向こうの部屋から立派な白猫が現れた。ときどき我が家の裏にも出没するあの猫だ。

「あなた竹林院っていうの?」

 と名作アニメみたいなセリフが出る。


 竹林院は、「にゃーおーう」と鳴いてすり寄ってきた。とてもかわいい。と思ったらアジフライをとられそうになったので、急いでぱくぱくと食べた。


 アジフライと塩もみキュウリ、それからかやくご飯という充実のメニューを食べる。先に食べ終わった親父殿はたくさん薬を飲んでいる。病気なのだろうか。


「親父殿、ちくわは帰ってきたか?」

 竹林院はちくわと呼ばれているらしい。


「おう。メシを出してやれ」


「はいはい……ちくわちゃん、きょうも病人食のカリカリですよ……と」


「二代目、竹林院は病気なのか?」

 どうやら現在の店主は「二代目」と呼ばれているらしい。


「うん、若いころ血尿を出してね、獣医さんに結石を防ぐカリカリを食べさせてやれって言われて、それからずっと病人食だ。石持ちはつらいからな」


 二代目はカリカリをスプーンで計り、猫の食器にざららーと入れた。竹林院はモグモグとカリカリを食べている。

 そのあとで二代目も食事を始めた。かやくご飯なしのビールありだ。


「わしもビール飲みたい」


「医者に止められてるんだから飲んじゃだめだぞ親父殿」


「わかっちゃいるんだが、そのシュワシュワを見るとグビグビしたくなるんだよ」


「オノマトペが多いぞ~」

 なんだ、この楽しい食事。


 泣きそうになった。


「ときに斗雨子ちゃん、晴人くんから聞いたが、漫画家なのかね?」


「いえ。ネットに漫画をUPしているだけなので、漫画家にはカウントされないと思います」


「アマチュアでも漫画家と名乗っていいんじゃないか? 写真家だってそうだ」


「でも親父殿は写真館をやってたわけじゃないですか」


「まあそうなんだが……動物写真はアマチュアでね。この間気分が良かったから河原に散歩に行ったら、晴人くんがランドセルを背負ったまま鳥の写真を撮っていてね。思わずうちにおいで、と声をかけてしまったんだ」

 声かけ事案ではないか。


「姉貴、親父殿はすげーんだぜ! おれの知らない写真の難しい言葉いっぱい知ってんの。ヒシャカイシンドとかシボリとかシャッタースピードとかロシュツとか」


 弟はよく理解していないようだが、どうやら親父殿にカメラの扱いを教わっているらしい。


「弟がお世話になってるなんて知りませんでした。なにも持たないできてすみません」


「それは子供が気にすることじゃないぞ。子供は大人に世話されるのが仕事だからな」


 二代目が笑うが、そうなのだろうか。分からないがこの大人たちは信頼できるのではないだろうか、と思った。

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