7 身バレする
冷凍のスパゲッティナポリタンをずるずる食べる。冷凍パスタを発明した人は天才だと思う。
食後、恐る恐るXを開いてみる。
うわぁ。
またバズってる。炎上したんじゃないかと不安になるくらいバズっている。
しかし炎上でないことは通知欄を見ればわかる。好意的なリプライや引用がほとんどだ。
ううーん! 石の裏の虫には眩しいなー!!!!
以前インフルエンサー、当時の呼び方でアルファツイッタラーの人がツイートしていたのだが、大バズりしたときはいいねやリツイート(当時はリポストではなかった)している人のアイコンで、なに界隈で話題になっているかわかる……という話を見た記憶がある。
それを鑑みるに、いまゴブリンさん漫画はどうやらコスプレイヤー界隈で注目されているようだ。見目麗しいコスプレ自撮りのアイコンが並んでいる。
数分後にはドール界隈で注目され始めたようで、美しいお人形さんのアイコンが並び始めた。なにかで知ったのだが、このきれいなお人形さんたちは一体十万とかするらしい。恐ろしい趣味だ。
その数分後にはラノベ作家の先生がたがいいねを押し始めた。変遷が速いんじゃ!!
でもラノベ作家の先生たちに注目されたということは、もしやラノベのコミカライズでデビューとかもあり得たりしちゃう……? と、緊張で心臓が痛くなる。
「どうした姉貴」
「んーんなんでもない。どうしたの?」
「姉貴、河原に遊びにいっていいか?」
「あっしもお供しますぜ」
「いいよ。気をつけてね」
というわけで弟とゴブリンさんは家を出ていった。
ゴブリンさんが一緒なら、無謀な川遊びをして流されることもあるまい。
Xを開いていたら電池がゴリゴリ減ってしまった。とりあえず買い物にいこう、と立ち上がり、ふと「きょうも和原結衣がレジにいたらどうしよう」と息が苦しくなる。
大丈夫。なんとかなる。そう自分に言い聞かせて家を出た。
いつものスーパーに到着する。フジノヤという店名は創業者が藤野さんだったかららしい。単純だ。
さっさと買い物してさっさと帰ろうと、駐車場を突っ切り店舗に入ろうとすると、入口に置かれた自販機の横で、和原結衣がエナドリをあおっていた。
え、高校生ってエナドリ飲んでだいじょぶなん……?
「あ、斗雨子ちゃん」
和原結衣は口元を手の甲でぐいっと拭って声をかけてきた。
「あ、あう、えう、その……」
「もしかして、Xで『天川アメリ』って名乗ってる?」
うわああ、身バレした!
「だよね、あの絵柄斗雨子ちゃんだよね。ゴブリンさんの漫画」
「う、うん……」
「フォローしていい? そうだ、フォロバしてよ」
「うん……」
「あのね、あたしは『ゆい@コス垢』って名前でやってるから。よろしくね」
「う、うん。結衣ちゃんは、高校どうしたの?」
「あんまり楽しいところじゃないから、サボって内緒でバイトしてる。遠征費とか衣装代とか小道具代とか長物代とか稼がないと。今年は頑張って冬コミに行くんだ」
どうやら結衣ちゃんはガチめのコスプレイヤーらしい。
コミケなんて恐ろしくて行く気も起こらない。それに行けるのはやはりメンタルが強靭なのだ。
「斗雨子ちゃんはコミケとか行くの?」
「ううん、人がいっぱいいるところ苦手だから……お金もないし」
「そうなの? ゴブリンさんの薄い本出せばいいじゃん」
ゴブリンさんの薄い本というのは語弊があるような気がするのだが、まあ言わんとしていることは分かる。ゴブリンさんの漫画を集めて同人誌にしたらどうか、ということだろう。
「いや……印刷代とかないし……無理だよ」
「ごめん、変なこと聞いちゃった。でも書籍化楽しみに待ってるから」
「う、うん」
そこで結衣ちゃんは時計を見て、飲み終わったエナドリの缶をゴミ箱に入れて、店に戻っていった。休憩終わりらしい。
ああ心臓に悪かった。とにかく買いものをする。弟に頼まれたペペロンチーノとグリーンカレーを買う。どちらもうんとからいということはなさそうだ。
野菜と、豚肉にスパイスをまぶした、焼くだけで食べられるやつを買う。メインディッシュはこれでよかろう。
おやつにカントリーマァムを買った。弟はカントリーマァムのバニラ味が好きだ。
家に帰りXを開いてみる。たしかに、「ゆい@コス垢」というのにフォローされていて、そのアカウントのアイコンはきれいにメイクしてウイッグカラコン衣装を装備した結衣ちゃんの自撮りだった。
どうやらいわゆる男装レイヤーさんらしい。すごいなあ、人前でこういうことができるなんて。そう思いながらフォローした。
結衣ちゃんのアカウントをしばし眺める。コスプレの写真がいっぱい載っている。どうやらいまもいわゆるボーイズラブが好きらしく、同じく男装レイヤーの綺麗な人となかなかいかがわしい絡みの写真を撮っている。
ぜんぜん知らない作品のコスプレだったので、「ケダモノギムナジウム」というタイトルでググってみると、どうやら漫画タダ読みアプリみたいなので読める作品らしい。紙のコミックも出ているようだ。
画像を検索して見てみれば、ガーターソックスに変形デザインの制服という、コスプレイヤーさんの好きそうなキャラクターデザインで、なるほどキャラデザがうまいな、と思った。
わたしはあまりボーイズラブに興味がない。中学のころ美術部で大流行していたが、面白いと思って読んだことはほとんどない。どっちかっていうと男の子が読むような、ファンタジーのライトノベルが好きだった。
そんなことはどうでもいいのだ。とりあえずまたXを開いてみる。やっぱりバズっている。いまはVシンガー界隈で流行っているようだ。
どうしたものだろう。誰か頼れる大人に相談したい。しかし頼れる大人というのが思いつかない。
ため息をつく。
でも、ペンネームの由来を思い出して、ちょっとだけ勇気が出た。
わたしの「天川アメリ」というペンネームは、本名を想像してもらうためにつけたものだ。
それも、人気の漫画家になって、中学のころいじめてきた連中に、「あれ? この天川アメリって漫画家、中学のころいじめてた天川斗雨子か?」と思わせるために、本名によせたのだ。
反省しろとは言わない。
でも、わたしのペンネームを見て、いじめたことを思い出してほしいのだ。
わたしは高校に行くのを諦める程度には深手を負った。しかしいじめた側はわたしのことなんか忘れて、高校で青春を満喫しているんだろう。
忘れさせてなるものか。
わたしはここにいるぞ。
そう叫ぶつもりでつけたペンネームなのだ。
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