ゴブリンさんバズる
6 ゴブリンさん激しくバズる
「へえ……あっしの話がそんなに注目されたんですかい」
「うん……これがきっかけで商業活動の話がくるとかなら嬉しいけど……」
いまだにゴブリンさんの漫画は拡散を続けていた。そして弟が、ゴブリンさんを連れて帰ってきていた。
上の空だったので、「学校に行かない」という弟のセリフをスルーしてしまったのだ。
弟はパルムをぱくぱくと食べながら、
「姉貴すげーじゃん。漫画家になれるのか?」
と、嬉しそうな顔をしている。
「いやそれはわからん……好意的な反応だけじゃないし」
ウソだ。X、いやツイッタランドのみんなはゴブリンさんの漫画を絶賛している。
ぼつぼつと「書籍化待ったなしでしょ」とか、「この漫画コミケで紙の本にして売ってほしい」みたいなポストが観測され始めていた。
そして、フォロワーがブワァと増えた。たぶんゴブリンさんの漫画がきっかけなのだろうと思うのだが、このゴブリンさんがまぐれ当たりとは、ご新規さんには言いづらい。
「なろうに原作あるかと思ったらこれ漫画家さんのオリジナルってマ?」
「ラノベの宣伝用の漫画かと思った」
それくらい現実にゴブリンさんが現れるということは衝撃的なのだろう。
朝から心臓が痛い。ここまで注目されると、人並みの功名心を持っているとはいえ、もともと石の裏の虫みたいなものだったのでなんだか太陽にじりじりと焼かれるような気持ちだ。
でもたくさんのひとが面白いと言ってくれる。
こんなに恐ろしいことがあるだろうか。面白さには責任が伴うのだ。
とりあえずゴブリンさんにおやつを出した。この間と同じくコーヒーとパルムだ。ゴブリンさんはうまいうまいと言いながらおやつを食べていた。
「ゴブリンさん、ありがとうございます」
「いやいや。あっしのことを絵物語にしたトーコさんがすげえんですよ。ゴブリンは絵も文字も書けないんでね」
そうなのか。知らなかった。
「なーゴブリンさん、ゲームしようぜ!」
「げーむ……?」
弟はスイッチを出してきた。いっときわたしと一緒にスポーツのやつで遊んでいたが、わたしは最近それどころでなくて放置していたのであった。
「これをこう持って、こうだ!」
「ははぁん、実際に動けば鏡のなかの人間も動くんですな?」
「そういうことだ! あとこれは鏡じゃなくてテレビだ!」
楽しそうにスイッチで遊ぶ弟とゴブリンさんを横目に、どうしたものか考える。
順当に考えて、いちばんよさそうな策は「垢消し」だと思った。
わたしは生粋の石の裏の虫なので、眩しいところには耐えられない。誰かに激しく注目されるのは、いじめられていた中学時代を思い出してしまう。
「X 垢消し やり方」でググろうとして、でも垢消しするまえにもういっぺん見てみるか……とXを開いてしまう。するとどうだ、たくさんのひとがわたしの漫画を褒めている。
「書籍化しないんすかね……スマホの画面とかじゃなくて紙の本で読みたい」
「本になったら三冊買う。観賞用保存用布教用」
めちゃめちゃに褒められていた。座りが悪い。なんとトレンドに「ゴブリンさん」「例の漫画」の文字もある。「例の漫画」がゴブリンさんを指しているのかは分からないが……。
そのうえさらにすごい勢いでフォロワーが増えていた。ブワァという音がピッタリな感じだ。それを見てみると漫画の編集者と思しきアカウントもある。
どうしよう。
だれか大人に相談したい。
だがわたしの周りに頼れる大人など一人もいない。両親は忙しいので連絡をとったら迷惑だ。
しばらく悩んで、ある答えにたどり着く。
わたしはずっと万バズして書籍化することに憧れていた。書籍化はともかく、万バズしたのは間違いない。
つまりそれだけたくさんのひとが、ゴブリンさん漫画を面白く思って、他の人に勧めるためにリポストしてくれたということだ。
だったら、その期待に応えるのが筋ではなかろうか。実際、「続きが楽しみです!」というリプライも確認するとぼつぼつ来ている。
そうだ、お礼のイラストを描こう。わたしはイタコ漫画が描ける。主に水木しげるタッチだ。さらさらとお礼イラストを水木しげるタッチで描いてポストすると、
「この人イタコ漫画も描けるの?!」
「思わず同人誌出てないか調べたけど出てなかった Xでしか活動してないぽい」
などのポストが始まり、それに関連していいねやリポストがドババババーとついて、あっという間にそこそこバズった。
こうなったらやることは一つではないか。
とにかくゴブリンさんの第二話を描かねばならない。そして目の前で、第二話の題材が遊んでいる。
大至急でネームを切る。プロット? そんなもんあとでどうにかすりゃいいんじゃ。弟がゴブリンさんと遊んでいる様子をコピー用紙のすみっこに描きつつ、どんな感じなのかを書いていく。
ゴブリンさんは意外と手が大きいことに気付く。人間の手とあまり変わらない。
よし、ネームできた。しばらく眺めてどこか直すべきところはないか確認する。
なにぶんプロの編集者さんについてもらっているわけでないので、ぜんぶ独力でやらねばならないのがつらい。
テレビで某俳優と某人気漫画の編集者が対談しているのを観たのだが、編集者さんの頭の回転の速さにビビり散らした記憶がある。おそらく、編集者と漫画家だと使う頭の領域が違うんだろうな、と思うのだ。
とにかく自分で納得いくところまでネームをいじりまわした。
よし。作画だ。とにかく大至急でゴリゴリ進めるが、線が汚くなったり絵柄が乱れたりしないように気をつける。
そんなわけでその日の昼にはゴブリンさん漫画第二話ができた。Xにポストする。
しかしなんでイーロン・マスクはツイッターをXなんて野暮ったい名前にしたのだろう。イーロンがいろいろとひどいことをするので、ツイッタランドからみんな逃げ出してしまったではないか。
一部の上流階級はブルースカイに逃げ出して、それ以外の庶民はスレッズに逃げ出したという印象である。スレッズはちょっといじってみたがすぐさびれてしまった。
もともとインスタというものにいい印象がないし、キラキラした連中と仲良くやっていける気もしないので、スレッズやインスタはたまあに猫の写真を眺める感じである。
弟とゴブリンさんは夢中そのものでゲームをしている。
「あんたらお腹減らない? お昼過ぎてるよ」
「あっほんとだ。腹減った!」
「あっしにはおかまいなく……あっしは無限生肉を持ってるんで」
「無限生肉?」
ゴブリンさんは腰からぶら下げたズタ袋をかかげてみせた。
「魔王軍の食糧配分は完璧なんでさ」
はあ。
ゴブリンさんはズタ袋から生肉を取り出して食べ始めた。なんの肉か分からないが結構臭う。
「冷食のパスタでいい?」
「いいぞ!」
「そんな、なにかをひとに勧めるオタクみたいな返事……『真田丸はいいぞ!』みたいな……」
まあ真田丸放送当時わたしはXを知らない小学生だったのだが……。
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