第6話 軽井沢へ出発。但しロールスロイスで
次の日の朝。
今日から3日間。軽井沢での冬合宿が始まる。
集合場所である南鳥学園の校庭には、60人乗りの貸し切りバスが12台並んだ。
外から見る限りでは、車内は広々としてそうで、車椅子でもなんとか乗れそうな気がする。
普通科進学コースA組の生徒数は40人。教師数名乗ったとしても座席にも余裕があるはずだ。
芸能コースの美惑一人増えたって、別に問題ないだろう。
車椅子の美惑。
それを押しながら登校した良太に、2学年全生徒の視線が集まっていた。
車椅子なんてさして珍しくもないだろうに。
しかし、彼らが注目しているのは車椅子ではないと言う事は容易に察しがついた。
「ひゅーひゅーーー!!」
「注目のカップル登場!」
「運命の人ーー!」
「よっ!! 彼氏ーー!」
「彼女ーーー!!」
そんな野次が飛んで来る。
恥ずかしくて思わず地面ばかりを視界に収めて列に並ぶ良太。
美惑はそんな揶揄にも愛想よく手を振って応えている。
「ありがとうーー! ありがとう。普通の女子高生でぇーーーす!!」
改めて、普通の女子高生じゃないと言う事を再認識させられる。
――俺の彼女、ヤベー。
身を隠すように、或いは地面に沈み込むように、列の一番後ろに並んだ、いや、
長ったらしい説明が終わり、各担任が生徒たちをバスへと導く。
その時だ。
「ちょっとちょっと!!」
と、担任がこちらに飛んで来た。
「聞いてないよー! 黒羽さんは親御さんから辞退って聞いてるよー。しかも芸能コースでしょ。君は進学コース! バス違うんだから。それに車椅子でバスの乗車は……」
直前になってそんな事言われても。
いかにも迷惑そうにバスの方に視線をやる。
「いや、デカいバスなんだから乗れるでしょ」
良太は担任の前で胸を張った。
「外から見たらそりゃデカいけど、車内は案外狭いよ」
「今から帰れって言うんですか? せっかく荷物まで準備して集合したっていうのに」
良太にはこうなる事が予測できていた。
何かと嫌みったらしい担任なのだ。
きっと難癖付けてくるだろうと。
「そうは言ってない。ただ、事前にだな……。ちょっと校長先生に確認してくるから」
そう言って、こちらに背を向けた時だった。
ジャリジャリジャリーーーっと砂埃を立てながら、勢いよく校庭に二台の車が侵入して来た。
「なんだ?」
「何? あの車?」
「すげー車入って来たぞ」
担任もメガネのブリッジを上げて、2台の高級車に注視している。
黒塗りのベンツとロールスロイス。
不審者にしては上品な車だ。
生徒が列を作っている後部に2台の車は停まって、ベンツから異様なオーラを纏ったおじさんが現れた。
颯爽と降りた割には、ありえないぐらい目尻を下げて、こちらにまっすぐオネェ走りしてくる。
「美惑ーーーー、美惑ーーーー」
「え? なに?」
「社長!!」
美惑は小さく「ひぇっ」と言った。
「え? もしかしてサンタプロの社長?」
病院で声だけは聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。
寝たふりしていたからな。
一体、何しに来た?
「美惑! 車を準備したわよ。あんたはこの車で軽井沢まで行きなさい」
「へ?」
「え?」
「その体で、車椅子で、長時間バスに揺られるなんて無理よ~」
「え? でも……」
「ほら! あんたもあの車に乗りなさい」
と、ロールスロイスを指さした。
「え? 俺も?」
「当たり前でしょ! 美惑をサポートするんでしょ! しっかりしなさい!」
「はっ、はい!」
なぜ、社長がそれを知ってるんだ?
良太は美惑と顔を見合わせた。
「これはこれは、サンタ社長!」
校長が白髪を風に靡かせ、ヘコヘコしながらこちらにやって来た。
「社長のとこのタレントでしたか。これはこれは、わざわざ……」
真冬だというのに、校長の額には脂汗がギラリと光っていた。
「うちの美惑が、どうしても冬合宿に参加するって言うから、車出したわ。運転手も付けるから、文句ないわよね!」
「もちろんでございます」
「こっ、校長!」
担任は校長以上に額に汗をにじませていた。
これは一体どういう事だ?
既に退所表明していて、事務所に対して不義理を働いてる美惑のために、どうして社長がここまで?
「さぁさぁ、こっちよ」
良太の戸惑いなど眼中にない様子で、社長は美惑の車椅子を押した。
やっぱり、美惑の言っていた通り、社長は美惑にゲロ甘いのか?
ロールスロイスの脇には、ビシっとスーツを着た男が後部座席のドアを開けて待っている。
生徒たちはもちろんざわざわと大変な騒ぎだ。
冬合宿に運転手付きのロールスロイスで参加する生徒は前代未聞だろう。
「さぁさぁ、早く早く」
校長の顔を見ると、行け! というように顎を上げた。
「あ、はい。じゃあ」
車の方に向かおうとした時。
「双渡瀬きゅ~~~~ん!」
たぶん、双渡瀬くんと言ったんだと思うがきゅんに聞こえた。
声の方に顔を向けると、校門の方から日の丸の旗を両手で振りながら走って来る制服姿の桃地が見えた。
「美惑しゃ~~~~~ん!」
「あー、桃地さんだ」
さすがの美惑もきょとんとしている。
「お見送りに来たのです! 間に合ったよかった、ハァハァ……」
「わざわざありがとう」
「ごめんね。お泊まりまた今度ね」
美惑は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
生徒たちはゾロゾロとバスに乗り込む。
「じゃあ。お土産楽しみにしてて」
そう言って桃地に手を上げて車に向かった。
その時。
「二渡瀬君!」
凛と澄んだ声が耳に届いた。
振り返ると、バスの脇に立っている白川。
無理に作った笑顔でこう言った。
「後でね」
まるで、待ってるね、とでも言うように。
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