第5話 Side-サンタ社長★決して忘れる事のない日

 Side-サンタ社長


 人工的な輝きを放つビル街の裏通りに、ひっそりと佇むサンタ・ピエールプロダクション。

 5階建ての比較的小規模なビルは自社ビル。

 このビルに、渋谷の雑居ビルから転居したのは15年前の事。


 窓に映る景色を眺めながら、サンタはふっとため息を吐いた。


 今日、12月25日は美惑が生まれた日。

 決して忘れる事のできない日である。


 時刻は21時。

 夜とは思えないほど、明るく照らされた街並に、いるはずのない彼女の姿を探していた。

 18年前の光景を思い浮かべながら、彼女が路上で歌っていた歌を口ずさんだ。

「ずっと一人で 思い描いた あなたとの愛のカタチ きっと一人で これからもずっと 大切に育てるの」


「社長、外部からお電話です」


 秘書の声で現実に引き戻された。

 こんな時間に外部から電話?


「どこから?」


「それが、カスタマーサービスから。先日の美惑さんの件で、ファンや視聴者からの問い合わせかもしれません。繋ぎますか? それとも……」


「いいわ。出るわ」


「5番です」


 そう言って秘書は受話器を置いた。


 社長室に戻り、一人だけの空間で受話器を取り、赤く点滅している5のボタンを押した。


「お電話代わりました。サンタでございます」


『もしもし、山田やまださん?』


 サンタには、その声がすぐに誰のものなのかはっきりと分かった。


「友恵……」

 紛れもなく、この世でたった一人の娘、美惑を産んでくれた女性で、この世でたった一人、サンタが愛した女性だ。


『ごめんなさい。会社に電話なんて』


「いいのよ。どうしたの?」


『ごめんなさい。約束を守れなかった……』


「え?」


『美惑が、あなたを父親だと勘付いていて、咄嗟に嘘が吐けなかったんです』


 友恵は続けてこう言った。


『ごめんなさい』


「そう……。もう17歳だもの。女のカンは鋭いから、察したのね。仕方がないわ。あの子には知る権利がある」


『美惑が秘密を守れるといいんですが……』


「いいのよ。隠し通せる物でもない。いつかはこんな日が来ると思ってたから。いつでも覚悟はできてるわ」


『娘が、ご迷惑をおかけして……』


「あら、お互い様よ」


 電話口で、ふふっと笑いを漏らす声が聞こえた。


「それより久しぶりじゃない? 元気にしてたの?」


 友恵とは、美惑が事務所に入所する時に一度だけ再会した。

 その時は、美惑の手前もあり、お互いにタレントの母親、事務所の社長という体を守って、極めて事務的なやり取りに終始したっけ。


『お陰様で私は元気です。美惑が大けがをして今、東京に出て来てるんです』


「あらそうなの? それを早く言いなさいよ。ちょっと出て来ない? 久しぶりに奢るわよ」


 ◆◆◆


 恋人たちが寄り添い歩く眠らない街に、隠れ家のようなバーがある。

 繁華街から少し離れた裏通り。

 ロマンティックなイベントなどまるで別世界の事、とでも言いたげな不愛想なマスターがシェイカーを振る、時代遅れな店だ。


 店内はクリスマスツリーどころか、クリスマスソングすら流れていない。

 いつもと変わらない、わがままなジャズとマスター拘りのウォッカベースのカクテルがカウンターを彩っている。


「あんた、全然変わらないわね」


「山田さんこそ、全然変わってない」


「「乾杯」」


 柑橘系の酸味と共に、喉を焦がすウォッカの刺激に眉根を寄せた。


「美惑の具合はどうなの?」


「痛みはもうあまりないようなんですが……困った事に……」


「何? なんなの? どうしたの?」


 友恵の不安な表情に焦りを隠せない。


「明日から三泊四日で軽井沢に合宿があるんです。それに行くって聞かなくて」


「医者は許可はしてるの」


 友恵は顔をしかめながら首を横に振った。


「良太君……、親友の息子で美惑と同級生なんですけど」


「美惑の彼氏ね!」


「ええ。その子がサポートするから大丈夫だ、って言ってきかないんです」


「しょうがないわね。何時に出発?」


「明日の朝、10時に学校から出発です」


「車椅子で集団行動は大変だろうに。全くあの子は言い出したらきかないから。いいわ、私に任せなさい。軽井沢まで車を出すわ」


「え?」


 サンタは早速スマホを操作して秘書に電話をかけた。


『サンタ社長、お疲れ様です』


 えーと、移動の時間も加味して……と……。


「明日の朝8時に車を手配してちょうだい」


『車……ですか? どちらに、どのお車を準備しましょうか?』


「10時までに私立南鳥学園よ。車は、そうね、ロールスロイスでいいわ」


『かしこまりました。すぐ手配します』


「ちょ、ちょっと、山田さん」

「何かしら?」


「軽井沢までついて行く気ですか?」


「バカね。あたしもそこまで親ばかじゃないわよ。それにこう見えて忙しいのよ。運転手に行かせるわよ。これで移動中の心配はないわよね」


「けど、別行動を学校が許すかしら?」


「何言ってるの! 私があの学校に年間どれぐらい寄付してると思ってるのよ! 一億よ! 一億!!」


「へぇぇぇぇ」


「それにね、南鳥の校長とは月イチでゴルフに行く仲よ」


「そ、そうだったんですか……」


「これまで随分我慢させたんだから、あの子がしたいって言う事は何でもしてあげるのよ」


 久しぶりに迎えた、人生で初めて愛した女との夜は、終始愛娘の話題で更けて行った。

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