第3話 大どんでん返し
Side-美惑
リビングのこたつには手作りのフライドチキンをメインに、ピザやサラダが並べられている。
母親たちは、イルミネーション巡りをするらしく準備を済ませて出かけて行った。
夜まで戻らないらしい。
コーラやオレンジジュースで乾杯をして、ぎこちない雰囲気をのこしたまま宴は始まった。
「先にプレゼント交換しない?」
白川にあのルームシューズを履かせるために、早めにそのフェーズは終わらせておきたい。
「じゃあ、私から……」
白川が持ってきた大きなペーパーバッグを手繰り寄せた。
「プレゼント、なかなか買いに行く暇がなくて、ケーキを作って来たの」
そう言って、長方形の白い箱を取り出した。
「ケーキが作れるなんて、すごい!」
という美惑のリップサービスに良太が続く。
「女子力たっかー」
「さすが白川さんなのです」
「そんな大した事ないのよ。材料がたまたま家にあったから、これならケーキ作れる! って思いつきで……」
そう言いながら満を持して白い箱を開けた。
「ロールケーキに生クリームでデコレーションしたの」
たっぷりの生クリームに包まれたロールケーキはイチゴやキウイでクリスマスっぽくトッピングされている。
控えめに言って店頭に並んでてもおかしくない程の出来栄えである。
「うまそう!」
「切るのがもったい気持ちになってしまいます」
「気合入ってるね」
「桃地はぁ、これを皆さんに持ってきました!」
透明のセロファンに包まれたフォトスタンドを取り出し、顔の前に掲げた。
「え? ちょっと待って。写真がもう入ってる?」
「はい! この前イルミネーションの下で撮った双渡瀬君の写真が、もれなく全員のフォトスタンドに入っています!」
「すごーい、いい感じに撮れてる。エモいね」
写真を嬉しそうに眺める白川。
「はい、これは美惑さんの」
ナチュラルな木製のフレームに写真の雰囲気がよく合っていて、意外にもセンスの良さを見せつける。
「皆さん、双渡瀬君の事が好きですもんね! 喜んでくれるかなって思って」
桃地には、ライバル心とかないのだろうか?
相手を蹴落としてまで手に入れたいなんて思惑は微塵も受け取れない。
案外こういう娘が最後に笑うのかも知れない。
「え? 俺のは桃地さんとのツーショット?」
良太が写真を見て驚きを見せる。
「はい。いつでも見れる所に置いてくださいねっ」
案外したたかだ。
桃地のルームシューズにも蝋を塗っておくべきだったかしら。
良太が法子に作ってもらったクッキーをさらっと配った所で、美惑もペーパーバッグからプレゼントを取り出した。
「私はこれを二人にー!」
「わぁ! 何それ? かわいい」
桃地と白川は花が咲いたような笑顔を見せた。
「こっちが白川さん、こっちが桃地さん。フローリング冷えるから早速使ってー」
「わぁ、ありがとう」
ガシャガシャと包装を解き、ぬいぐるみみたいなルームシューズに足を突っ込んでいる。
「かわいいー。ありがとう、大切にするね」
白川はすっかりわだかまりを失くした顔で、美惑に微笑んで、足元のウサギを撫でた。
その姿に少しだけ胸が痛む。
「滑らないように気をつけて」
うっかり口が滑ってしまった。
「うん。ありがとう」
「さぁ、食べようぜ」
良太が、それぞれの皿にトングで料理を取り分ける。
「あ、私やる」
白川がそのトングを取り上げた。
こういう所、きっと男は好きになっちゃうんだろうな。
良太が白川を見る目は、優しかった。
「ケーキも切り分けるね。お腹いっぱいになる前に食べて欲しいな」
白川は持参したプラスチックのナイフで、ケーキをど真ん中から二つに切り分けた。
それを更に二等分にしていく。
小分け用の皿に盛りつけて、それぞれの前に置いた。
「じゃあ、いただきまーす!」
良太が元気よくフォークを突き刺し、口に運んだ。
「うんまー。蕩ける。口の中でしゅわしゅわ蕩けて、もうなくなっちゃった」
嬉しそうな顔がムカつく。
美惑も一口食べてみた。
確かに、舌に乗せた瞬間溶けていくみたい。
控えめな甘さでいくらでも食べてしまいそうに美味しい。
「こんなケーキ、自分で作れるなんてすごいね」
素直にそんな感想を口にした。
あっという間に食べてしまい、すっかり冷めてしまっているチキンやピザも体内に収めていく。
朝から何も食べておらず、空腹が限界だった。
「何もかも美味しい~」
口々に料理の味を表現して、宴は盛り上がる。
肝心のルームシューズは白川の脇に置かれていて、完全に滑らせるタイミングを逸している。
怪我してもらわないと困るんだけど――。
そんな事を思いながら、オレンジジュースを一口飲んだ。
その時だ。
不意に視界が歪み始めた。
ふわっと体が宙に浮くような感覚の後、どうしようもなく瞼が重力に逆らえない。
不思議な感覚が襲って来た。
「あれ? 私、どうしちゃったんだろう?」
「なんだか、お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃいました」
そう言ったのは桃地だ。
桃地はフォークを持ったまま既に目を閉じている。
まるで、今にも夢の中に引きずり込まれそうな雰囲気だ。
「私も……なんだか……す、ごく……ね む 」
Side-白川
「二人ともきっと疲れてたのね。すっかり寝ちゃったね」
計画通りだ。
ケーキの半分に、睡眠薬を仕込んでおいた。
上手く二人だけ眠らせる事に成功した。
「こんな所で寝たら風邪ひくぞー」
良太は何の疑いも持たず、そんな言葉を二人にかけていた。
「いいんじゃない? きっと30分ぐらいで目覚ますと思う」
「え? そうなの? ってかなんで?」
「ううん、なんとなく。それよりちょうどよかったな。二人っきりで話したかったから」
「そんなの、いつでも呼んでくれればいいのに」
「美惑さんがいたらなかなか難しいでしょ。昨日の配信観たよ」
「あ、ああ。うーん」
相変わらずの煮え切らない態度。
「私も、改めてちゃんと言っておこうと思って」
「え?」
「双渡瀬君に彼女がいても、私の気持ちは変わらないから。気持ちだけなら私だって負けてない」
良太は重たそうに俯いた。
「それだけちゃんと伝えたかったんだ」
「俺は、その……美惑の事、色々勘違いしてて、勝手に美惑の気持ちを軽く考えてたんだ。最近になってこんなに本気だったんだって知って――」
「別れる気、なくなった?」
「なくなったっていうか、別れづらくなったって言うか……」
「そうだよね、あんな事されたら別れづらいよね」
本当にズルい!
いのりは、こたつに潜ってスヤスヤ眠る美惑の顔を睨みつけた。
そして準備しておいたプレゼントを差し出す。
「これ、誕生日プレゼント」
「え? いいの?」
「開けてみて」
良太は戸惑い半分、嬉しさ半分といった表情で包装を解く。
「あ、ネックウォーマー!」
「合宿の時、使ってくれたら嬉しいなと思って」
「ありがとう、大切に使うよ」
いのりは良太の手からネックウォーマーを取り、首にかけてやった。
不意に手が頬に触れた。
「「あっ、ごめ……」」
その時。
我慢しきれなくなった良太がいのりを抱きしめてキス……の予定だったが、彼はやはり何もして来ない。
睡眠薬は、母の薬箱から見つけたけど、媚薬は持っていない。
みじめな気持ちを押し殺して笑顔を見せる。
「私、これで帰るね。塾があるんだ。二人によろしく」
「そっか。うん、わかった」
「じゃあ、明日」
美惑がくれたルームシューズを履いて玄関に向かおうと一歩踏み出した瞬間――。
「うわぁぁぁーー」
一瞬、視界がグルっと回って天井が見えた。
刹那。
良太の腕の中にいた。
「危なかったね」
「ありがとう」
初めて直に感じる彼の温もりに包まれて、そのまま胸の中に頬を沈めた。
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