Episode7

第1話 美惑、出生の秘密

「サンタ社長ってさぁ、本当は私のパパなんじゃないの? 血のつながった実の父親?」


 友恵はガバっと起き上がり、美惑の顔を見つめた。


「どうしてそう思うの?」


 その顔は、正解と言っているような気がした。


「う~ん、そう思った理由はいくつかあるんだけど。キッズの頃、どんなイベントにも社長がいて、私を守ってくれてるような気がしたの。もちろんその時はサンタプロの社長だなんて知らなかったんだけど。

 中学の時、地下のライブの時もいつもいて、物販爆買いしてたんだよね。

 こっそりお小遣いくれたり……。

 もちろんそういうおじさんはたくさんいたけど、大概何かを求められるの。

 一緒に写真を撮ったりとか、抱っこさせろだとか、おんぶさせろだとか。

 でも、社長は何も要求してこないで、がんばりなさいよ。あなたには才能がある、って優しく頭を撫でてくれた」


「そう。イベントに来てたの……?」


「東京に出て来て、ロリプラ結成して、初ライブの時にもいたし。うちの事務所に来ないかって名刺もらった時は驚いたよ。

 サンタプロの社長だったんだーって。

 でも、社長は嘘ついたんだよね。

 イベントに来てたのは自分じゃないって。

 絶対、あれは社長だった。あんなに目立つ風貌であんな只者じゃないオーラを発してるおじさん、他にいるわけないもん。

 それに、今朝だって……」


 社長は泣いていた。

 瞼は腫れていて、目は赤く血走っていて。

 あれは間違いなく娘を心配する父親の顔だった。

 今日の配信の件も、寂しそうに『バカね。誰に似たのかしら』と言っただけだった。


「それにね、曖昧だけどパパが家を出て行く前に、美惑は俺の子供じゃないって誰かと話してるのが聞こえた」


「そう……」


「それから、関係者の話なんだけど、社長は昔はオネェじゃなかったって。三十代後半ぐらいから、突然オネェ口調になったんだって」


「そうね。紳士的な普通の男性に見えた」


 沈黙を守っていた友恵は、ぽつりと口を開いた。


「やっぱり、ママは社長と知り合いだったの?」


「ごめんなさいね。黙っていて。でも彼との約束だったの。絶対誰にも秘密。二人だけの秘密にしようって」


「私にも?」


「もちろんよ。寧ろ、美惑にバレる事を私たちは一番恐れてた」


「酷い!」

 一番信用していた母と社長に、ずっと裏切られていたような気がして、無性に悲しくなった。


「ごめんなさい。あなたを傷つけたくなかったの」


「全部話して! 私もう子供じゃない! ちゃんと理解して受け入れるから……だから」


「わかったわ」


 そう言って、母はベッドの上で座り直し、膝に置いた指先を見つめた。


「いつだったかしら。もう18年も前になるわね。私は27歳で、彼は36歳。ママにも夢があってね、夢を諦めきれなくて、しがみつくようにして、東京で路上で弾き語りをしてた。

 誰も足を止める人なんていなくて、目もくれずに通り過ぎて行く。

 そんな毎日だったんだけどね。

 ギターケースはいつも空っぽ。

 アルバイトはしていたものの、生活は苦しくてね。もうそろそろ諦めて、福岡に帰りたいなんて思っていた頃ね。

 私の歌に足を止めて真剣に聴いてくれてる人が現れたの。

 その人はギターケースに一万円札を入れてくれてこう言ったわ。

 君には才能がある。頑張りなさいって」


「それが、社長?」


「そう。それがきっかけで、よくライブに来てくれた。ライブって言っても路上だけどね。素敵なレストランに食事に連れて行ってくれたり、お洋服を買ってくれたり、まるでシンデレラになった気分だったわ。

お米を買ってくれたり、電気代を肩代わりしてもらったりなんて事もあったわね。」


 友恵はそう言って笑った。


「きっと、ママもあなたみたいに童顔で体も小さかったから、まさか27歳だったなんて思わなかったんでしょう。

 いつの間にか、ママは彼の事が好きになってね。

 身元を明かさないからてっきり既婚者だと思ってた。

 あの頃は苦しかったなぁ。

 禁断の叶わない恋だと思ってて」


 初めて聞く、母の恋バナに美惑はまるでドラマでも見ているような気分で、真剣に聞き入った。


「でも、社長は独身だったでしょ?」


「そう。でもね。女性を愛せない人だった。女性とは恋愛も結婚もできない、ゲイだと教えてくれた。だから、一度だけ、一度だけ抱いて欲しいってお願いしたの。それで何もかも諦めて、福岡に帰るって決めてね」


「それで、私が出来たの?」


「そうよ。彼の生涯で、たった一人抱いた女になれただけで、それで諦めようって潔く福岡に帰って来たの。それでパパと出会ったのよ」


「パパはその事知ってた?」


「もちろん、全部話したわ。お腹の子供ごと幸せにするって約束してくれたんだけど。ママはどうしても東京で夢を追いかけていた日々が忘れられなくてね。自分の夢をあなたに重ねていたのかもしれない」


「私が自分の娘だって、社長が知ったのはいつなの?」


「あなたが生まれる少し前ね。たまたま暇つぶしでブログを書いてたのよ。それを見かけたらしくて、DMをくれたわ。

 すごく驚いてたし、責任を感じていたけど、産もうって決めたのはママだったから。

 それに、もうパパがいたし。陰ながら見守ると約束してくれたわ。

 彼が芸能事務所の社長だったって知ったのはその時よ」


「パパとの離婚にそれは関係ある?」


「ないわよ。パパとママはいつも喧嘩ばかりしててね。美惑の将来について、パパもママも真剣に考えてたけど、意見が合う事はなかったのよ。ママは美惑をアイドルにしたかった。パパはさせたくなかった。それだけよ」


 そう言って友恵は美惑の頭を優しく撫でた。


「今はパパの言ってた事もわかるわ。ママのエゴだった。ごめんなさい。あなたには窮屈な世界だったわね。長らくご苦労さま。

 ありがとう。いい夢見させてもらった。何も心配いらない。思う存分恋しなさい」


 勝手に引退宣言しちゃって、責められると思っていたのに、母は優しく美惑の決断を肯定してくれた。



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