第6話 君だけのモノになる!

 19時。


 美惑に言われた通り、良太は自室でパソコンの前で待機していた。

 画面には事前登録していた『美惑っちゃんネル』


『はーい! こんばんは~! みんな、久しぶり。聞こえてるー? 美惑っちゃんネルへようこそ!』


 美惑はメイクで完璧に無双した顔を画面いっぱいに映し出して、手を振った。

 しばし視線を画面の角に移して


『よかった。聞こえてる、聞こえてる? はーい、ありがとう』

 コメントの『聞こえてるよー』に反応を示す。


 良太の心臓は痛いぐらいにバクついていた。

 これから一体何が始まるのか??


『今ー、同接5万!?。すごい! 急だったのにたくさん集まってくれてありがとう。じゃあ、早速始めたいと思います。あー! 拡散もしてくれたんだー、ありがとねー。それではお話するので、聞いてくださいね』


 そう言って、笑顔を沈めた。

 視聴者の数はどんどん増えて行く。


 真剣な面持ちで画面を見つめる美惑。

 コメント欄は読み取れないほどのスピードで流れていく。


『今日で、このチャンネルは最終回となります』

 コメントに目を通して、『ごめんね』と言った。


『いつも、美惑の事、応援してくれるファンの皆様には、この頃イヤな想いばっかりさせちゃってると思うっちゃん。

 だから、先ずは、ごめんなさい』


 そう言って、つむじを見せた。

 正確には頭には包帯が巻かれているので、つむじは見えないのだが――。


『もう、みんな色々知ってると思うっちゃけど、んーと、大した事ない話からするね』

 そう言って冗談ぽく笑う。


『先ず、発端は。けやき坂での朱理さんとのお姫様抱っこ写真だよね。SNSを騒がせた。あの写真の真相をお話したいと思います。

 あの日は、結論から言うと、朱理さんとは何もありませんでした。

 まだ公には言えない事もあって、あ、もう流れるから言っていいのか? いや、ダメかな。

 とにかく、一緒にお仕事をする計画があって、その打ち合わせを朱理さんの家でしてました。

 その時、私は風邪で具合が悪くなっちゃって、先に帰ったんだけど、どうしても具合が悪くて、けやき坂のイルミネーションの下で意識を失っていました。

 そこをね、朱理さんが助けてくれたっちゃん。

 あの写真は意味深に見えるけど、私は殆ど意識がない状態で、気が付いたら朱理さんのマンションで寝てました。

 それだけなんよ。

 けど、あのシーンだけを切り取られたら、なんだか怪しく見えちゃうよね。

 だから、たくさんの人が大騒ぎしちゃったのは仕方ないのかなって思う』


 しばし、コメントを読み上げる。


『私が許せないのは、あの時、朱理さんが、ちゃんとみんなに向けて、説明してくれなかった事。ちゃんと説明してくれてたら、こんな事にはなってなかったと思う』


 そう言って美惑は下唇を噛んだ。


『そして、私は無期限活動休止となりました。

 えっと。ここからは大事な話。

 実は、私には大好きな人がいます。

 朱理さんの後に、SNSで話題になった人ね』


 コメントに目を通す。


『そうそう。一般人だし未成年だから、名前は言わないけど。うーんとね、多分、私は、産まれた時から彼に恋してた。

 彼に会うために生まれて来て、アイドルを目指して東京に出て来た……っちゃん。

 それを、みんなに……謝らないと……いけないよね』


 美惑は大きな瞳がゆらゆらと歪むほど、目にいっぱい涙をためた。


 ぽろりと大粒の雫が頬を伝う。


『ごめんなさい』


 蹲るように頭を下げた。


「美惑……」


 ぐずんと涙をすすりながら、再び画面に向き合って。


『大事な話をします。こうして、世間に、私は彼の事が好きですって言いたかった』


 再び蹲って、肩を震わせる。


『同級生がね、堂々と恋してるのが羨ましくて、私も堂々と大きな声で彼の事が大好きって言いたくて……いつも、苦しかった。ごめんなさい、本当に……』


 しばし、沈黙の後。


『更に、大事な話をします』


 真っすぐに画面を見据える。

 まるで、面と向かって美惑と話してるみたいだ。

 良太は、瞬きもわすれ、食い入るように画面を見つめた。


『本日を以ちまして、私のアイドル活動はお仕舞です。引退しようと思います。

 私は普通の女子高生になりたいんです。

 なので、私の事も、彼の事も、もうそっとしておいて欲しい。

 街で見かけても写真撮らないで。

 静かに女子高生としての暮らしをさせてほしいです』


 そして、深々と頭を下げた。


『今後、私が皆さんの前に顔を出す事は二度とありません。街で見かけてもそっとしといて欲しいの』


 コメント欄は割と好意的な文言が流れる。


『ありがとう』


 徐に顔を上げて、コメントに目を通す。


『彼にやめろって言われたの? 違う違う! 彼はずっと応援してくれてたし、この配信の内容も知らないよ。


 事務所との契約は大丈夫?

 んとね、実は契約は後2年残ってます。社長がどんな判断をするのかわからないけど、違約金とか発生すると思うっちゃん。それはこれから真面目に働いて、ちゃんと払って行こうと思ってます。心配してくれてありがとう。


 心配?

 大丈夫だよ。自分で決めた事だから、後悔はないよ。


 怪我は自殺未遂だったの?


 んとね。うん。そうかな。

 けど、正直に言うと、死にたかったって言うより、彼に傍にいてほしかった。

 これしか方法が浮かばんかった。


 もう大丈夫?


 うん。もう大丈夫。けっこう頑丈な体やったー。


 社長はこの配信許可してるんですか?


 あははー、してなーいって言うか言ってないし。

 けど大丈夫だよ。

 社長は、私に、ゲロ甘いから』


 美惑はそう言って、顔の横でピースサインした指をクイクイっと屈伸させた。



 美惑の長かったアイドル人生に幕を下ろす事になる配信は、およそ30分ほどで、あっけなく終わった。


 ・・・・・・・・・・


 Side-美惑


 双渡瀬家で夕食をご馳走になり、母友恵と二人アパートの自室に戻ったのは22時。

 良太の両親と共に配信を見ていたらしい友恵は心配半分、安堵半分と言った所である。

 もっと驚くかなと思っていた大人たちは割と冷静で、あまりその話題に触れる事はしなかった。

 だから、後になって配信を見ていたと聞いて、驚いたぐらいだ。


 こまめに痛み止めを飲んでいるお陰で、体の痛みはさほど感じないが、自由はきかない。

 友恵に介助してもらいながらお風呂を済ませて、早めに布団に入った。


 セミダブルのベッドはちょうど二人の体がすっぽりと収まり、久しぶりに母の温もりを感じている。

 二人の目線は天井で、お互いに何を話そうか思案しているみたい。


「ねぇ、ママ」

 美惑は先に口を開いた。


「なに?」


「サンタ社長ってさぁ、本当は私のパパなんじゃないの? 血のつながった実の父親?」




 Episode6 完

 Episode7に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る