第5話 緊急告知! 拡散希望!!

 見るべきか、見らざるべきか……。


 イブの夜。

 自宅には、美惑の母親が来ていて、一階のリビングで法子と二人、楽し気に話し込んでいる。

 娘の無事を見届けてまずは一安心といった所。


 美惑は良太のベッドに寝転がり、スマホゲームに夢中。


 良太は机で、広げたパソコンに向かって、腕を組んでいた。


「見ない方がいいと思うよ」


 良太を心の中を見透かした美惑がスマホの画面を見ながらそう言った。


「何? 何を?」


「リミッター見ようとしてるんでしょ」


「まぁ、そうだけど」


「燃えてるに決まってんじゃん。わざわざ検索してまで気分悪くなる必要ないっちゃない?」


「まぁ、そうだね」


 それでも、なんだか気になってしまうのが人間と言う物ではないだろうか?

 スマホには何度目かの通知。

 話題の書き込みが流れ込んで来るが、開けてはいない。


「ちょっとだけ……」


 そう言って、禁断のワードを検索窓に打ち込む。


『美惑 バス』


 そしてすぐに後悔する事になった。

 案の定、良太がおばあちゃんのスマホを取り上げている画像がいくつもアップされている。

 それは今にも殴り掛かりそうな雰囲気さえ醸し出していて、いかにも暴力的に見える。


 ――やっぱりかぁ。


『酷い! おばあちゃん怖がってる』

『暴力はいかんよ』

『お婆ちゃんには被害届を出す事をおすすめする』

『こいつ、美惑と一緒にいたやつだね』

『美惑の彼氏って事?』

『こんなDV男が彼氏なんて美惑大丈夫かな?』


 そういう類の書き込みが散見されるが

『おばあちゃんが写真撮ろうとしたのを阻止しただけじゃないの?』

 という擁護的なコメントもあった。


 しかし

『おばあちゃんがアイドルの写真なんか撮るわけないだろ。これは明らかにやり過ぎ』

 と言う憶測的発言に被せられる。


「なんなんだよ! こいつ!! 決めつけやがって」

 思わずドンっと机に拳を打ち付け、怒りを露わにしてしまった。


 ――俺はDVなんてしない。


「見てもないくせに、知ったような事言いやがって」


「だから見ない方がいいって言ったやん?」

 ちょっと見てしまったらもう止まらない。

 奥の奥まで掘り下げて、少しでも擁護的な発言を見つけては留飲を下げたが、このままでは明らかにまずい。


 良太は顔だけでなく家もバレているのだ。


「また家の前うろつかれたたまんないよなー」


「住人やおばさんやおじさんにも、また迷惑かけちゃう……か」


「美惑は心配しなくていい。気にするなよ」

 変に気を回して、卑屈な気持ちにはさせたくない。これは良太の問題なのだ。


「あのさ」


 唐突に美惑が口を開いた。

 その顔はなんだか、霧が晴れたような、吹っ切れたような顔にも見える。


「ちょっと部屋に戻りたいんだよね。手貸してくれる?」


「ああ、わかった」



 美惑の部屋は階段を上がって二階になる。

 車椅子では当然登れないので、良太が支えながら階段を通過し、部屋に入った。


「何する気?」

 またバカな考えを起こさないよう、目を離す事はできない。


 美惑は家主の留守で寒々と冷え切っている部屋にハロゲンヒーターを付け。

 ローテーブルの脇に座り、メイクポーチを取り出した。


 時刻は18時。


「今から出かける気?」


「ううん」


 美惑はまっすぐと何かへ向かって歩き始めたような顔つきで、顔の青あざをファンデーションで消していく。


「おっと、その前に。準備準備」


 そう言ってポケットからスマホを取り出し、何やら操作している。


「何するの?」


「ふふ。まぁ見ときぃよ」

 美惑がメイクをしている姿を見るのは初めてで、ついじーっと見入ってしまう。

 見る間に消えていく顔のあざに、驚きを隠せない。


 仕上げとばかりに、唇にグロスを引いて余所行きの顔が出来上がった時だった。


 良太のスマホが震えて、SNSの新着通知を知らせた。


 スクリーンに映し出された文字を見て、絶叫した。


「はぁああ??? どういう事これ?」


 美惑のSNSアイコンと共に並んだメッセージには、こう書かれていた。


『緊急告知! 拡散希望!! 急ですが本日19時から生配信します。一連の騒動を自分の口から説明させてください。コメントにも全部お答えします』


「通知来た?」


「来た。これ書き込んだの10分ぐらい前だよな? インプレッションがもう9000超えてる」


「まぁ、クリスマスイブだし同接2万行けば御の字ってとこかな」


「配信で何しゃべるの?」


「そこに書いてる通り。それと、今後の事」


「今後?」


 気絶しそうに心臓がバクつく。


「こんな事、勝手にやっていいのかよ? 社長に怒られるんじゃないの?」


「大丈夫だよ。社長はいつも私にだけ甘いから」


「けど、これはまずいんじゃないの?」


 美惑の目はもうまっすぐに先を見据えているかのようで、取りつく島はなさそうだ。


「よいしょ」

 と立ち上がり、足を引きずりながらクローゼットの前に立ち、服を物色している。


「良太、もう帰ってていいよ。家から配信見ててよ」


「ダメ。無理。一人にさせられない」


「大丈夫だから。お願い。着替えるし邪魔だから。出てって」

 そう言って弱っちい左手で良太の胸を押した。


「じゃあ、玄関の外にいるよ。スマホから配信見る」


「ダメ。外寒いし風邪ひく。それにうちのママが良太と話したがってたよ。ちょっとの間だけでいいから、相手してあげてよ。この配信は絶対誰にも邪魔されたくないんだ」


 美惑の目は真剣その物で、どんな意見も受け付けそうにない。


「わかったよ。無理だけはするなよ。後、危険な事も」


「わかってる。約束する」

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