第3話 修羅場

 道中いろいろあったが、どうにか目的地である空のコーヒーにたどり着いた。


 濃いコーヒーの香りと共に、ポップなクリスマスソングが二人を歓迎する。


 クリスマスイブという事もあってか、店内は軽く混み合っていて、数分の待ち時間を経て席に案内された。


「こちらへどうぞ」


 車椅子という事への配慮か、二人にしては随分広々とした席だ。

 大き目のテーブルには椅子が4つセットされている。


 一つしかないメニューを、二人でのぞき込んでいると

「ごめんね。私のせいで、いやな想いさせちゃったね」


 美惑は、必死で自分らしさを保っているかのような不器用な笑みを浮かべて、軽々とそんな言葉を口にした。

 ごめんね、私のせいで……なんて、とても美惑らしくない。


「なんで謝るの? 美惑のせいじゃないだろう」

 いつもなら、全くだよ、どう責任取ってくれんだよ、なんて軽口も出て来るところだが、痛々しい姿を目の当たりにしていると、つい腫れ物扱いしてしまう。


 多分、それが正解なのだと思った。


「帰りは父さんに迎えに来てもらおう」


 良太の言葉に対して、美惑は何も言わず、メニューを眺めている。


「うーんと、右手が使えないからなー、野菜サンドとスフレパンケーキにする!」

 元気よくそう言って、作り物の笑顔を見せた。


「俺は、ハンバーグとライスのセットにするわ」


 その他に、美惑はミルクティを、良太はホットコーヒーを注文した。


 無言の時間が訪れると、バスの中での出来事が頭をもたげて憂鬱を誘うが。


 幸いな事に、良太も美惑もスマホを持って来ていない。

 お陰で、今ネット上で起きているであろう騒ぎはまだ具現化していない。

 なので、しばし平穏な時間を満喫する事にしようと思う。


 手持無沙汰を胡麻化すように、メニューをペラペラと捲っていると


「双渡瀬君?」

 聞きなれた声が、突然頭上から舞い降りた。


 顔を上げると、いかにもクリスマスチックなデートコーデでばっちり決めた白川が立っていた。


「白川さん!」


 手には、赤いリボンが巻かれた白い箱。

 良太はそれがすぐにクリスマスケーキだとわかった。

 一週間前に予約しておいたクリスマスケーキはキャンセルせずに、テイクアウトにしてもらったのだな、と。


 白川は「こんにちは。偶然ね。たまたまケーキ取りに来たら双渡瀬君の背中が見えたの」と言った後、美惑に視線を向けた。


「あ、えっと……」

 なんて説明すればいいのだ?

 もごもごと口ごもっていると


「こんにちは。美惑さん」

 白川は、口元だけで笑顔を作った。


「こんにちは。白川さん」

 美惑は不敵な笑みを浮かべて、白川を斜めに見上げた。


 あれ? 二人は面識あったのか?


「ちょうど良かった。これ、一緒に食べない? 家は家でケーキを注文してて、一人じゃ食べきれないし。ご一緒してもいい?」


「はい? え??」

 慌てる良太を置いてけぼりにするかのように美惑がこう言った。


「どうぞ」


 白川は箱をテーブルに置くと、良太の隣に腰掛けて、店員を呼んだ。


「ホットコーヒー一つと、お皿を3ついただけますか?」


「かしこまりました。ケーキでしたら、切り分けましょうか?」

 店員が気を利かせてケーキの箱に手をかける。


「助かります。お願いします」

 白川は丁寧にお辞儀をした。


 店員が去った後

「私までもらっていいのかしら? 良太と二人で食べるつもりだったんじゃないの?」


 美惑がそんな事を言う。


 なんで知ってるんだ?


「そりゃあそうだけど、あなたがいるから。あなたの前で、双渡瀬君と二人だけで食べるわけにいかないでしょ。そんなに性格悪くないわよ」


「あ、そう」


「クリスマス限定のベルギーチョコがコーティングされたケーキなの。ね、双渡瀬君」


「へ? ああ、う、うん。あはは~」

 良太の干からびた笑いをクリスマスソングがかき消した。


 気まずいなんて物じゃない。

 これほどまでに、早く時間が過ぎて欲しいと願った事が、これまでにあっただろうか?



「酷い顔ね。美人が台無し」


 白川はそう言って、運ばれたコーヒーを一口すすった。

 美惑は、何食わぬ顔でサンドイッチを頬張る。


「悪手、悪手。あなたのやる事はいつも悪手で悪趣味」


「白川さん……」

 止めなければと思ったが、美惑も負けていなかった。


「ふふ。負け惜しみダサー。結局、いつも良太が選ぶのは私よ。これまでもこれからもずっとね」


「さぁ? それはどうだろうね?」

 白川が良太の顔を覗き込んだ。

 二人視線が突き刺さる。


 目の前には熱々の鉄板がじゅうじゅうと音を立て、デミグラスソースを焦がしている。

 その光景を前に、良太は腕組みをして目を閉じた。

 ひたすら早く時間が過ぎるのを願うばかりだ。


「良太。早く食べないと、ケーキ来ないと思うよ」


 美惑は左手で不器用そうにパンケーキにフォークを入れる。


「あ、そっか。いただきます」

 一口大をフォークで切り分けて、勢いよく口に放り込み咀嚼する。


 濃い味付けのハンバーグステーキが、水分を失った食道の壁を削りながらずっしりと胃へ落ちていった。

 グツッ!


 含みを持たせた笑みを湛える美惑。

 余裕なさげに目を尖らせる白川。

 何がどうなってるのやら。


 良太はひたすら、注文した料理を胃袋に収める。


 その時だった――


「あれれー?! 美惑さんと双渡瀬君! それに白川さんまでー! とっても不思議な偶然なのです!」


 これは新たな波風か? それとも救世主か?

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