Episode5
第1話 火事だぁー!
「はぁ~あ~あ~あ~あ~~~~ぁぁああ。ふぅ~う~う~う~う~~~~」
スマホを片手に、ボイストレーニングさながら、ハミングしてみるも。
う~ん、喉の調子は、やっぱりまだイマイチだ。
けど、このままネットでの騒ぎが大きくなってしまったら、ソロシングルリリースの予定も遠のいてしまうのか?
そんな事を考えたら、やっぱりやるせない気持ちが押し寄せる。
朱理から楽曲提供の話が来た時、社長はとても喜んでいた。
多くのアイドルが、弾けては消えていく世界で、卒業後も安定して仕事が取れるタレントはなかなかいないってね。
社長は美惑の将来にも期待してくれているのだ。
「ど~しよっかな~」
【行きます】or【今日はやめときます】
乙女ゲームみたいに、脳内に二つの選択肢が浮かび上がる。
カーソルを行ったり来たりさせては、「う~~ん」と唸り声をあげていた。
その時だ。
『ねぇ、双渡瀬君。イブの日、またここで一緒にお茶しない?』
『うん。いいよ』
スマホから、良太と白川の声が流れて来た。
こちらの音声はオフで、良太のスマホと通話が繋がっているのだ。
よって、向こうの会話は丸聴こえ。
因みに、良太のスマホを、自分のスマホのように操作する事だってできるが。
あまり派手な事して見つかっちゃうと、今後の計画が台無しなので、チャットルームに書き込みしたりなんて下手な事はしない。
あくまでも見てるだけだ。
『クリスマスケーキ、予約しておこうよ』
『ああ、いいねー。どれにする?』
12月24日といえば、恋人たちの本番ともいえる聖夜だ。
そんな日に、カフェデート……。
「ぶっ殺すけんな、お前」
レコーディングどころではない。
朱理どころではなくなった。
カーソルを【今日はやめときます】にぴったり合わせて『決定!』
朱理にメッセージを送った。
『まだ喉の調子がイマイチなので今日はやめときます』
送信。
そして【空のコーヒー】をネットで検索した。
公式サイトにアクセスして、【電話する】をタップ。
クリスマスデートなんて、絶対に阻止してやるんだから!
Side-良太
テーブルの上は、空になった皿がすっかり片付けられ、少しぬるくなったコーヒーをちびちびと飲みながら、白川と他愛ない会話を弾ませていた。
窓に映る街並みは、ポツポツとネオンを灯し始めている。
クリスマスイブまであと一週間。
そんな時期に話題と言えば、やはりイブの計画についてだろう。
25日は家で誕生会を兼ねたクリスマスパーティをする予定なので、白川とデートできるのは必然的に24日のみという事になる。
何の問題もない。
美惑には、補講だとかなんだとか言って、適当に胡麻化せばいい。
テーブルの上に置かれたポップにはクリスマス限定の特別メニュー。
小ぶりの可愛らしいケーキに白川は見入っている。
「どれにしようかな。双渡瀬君はどれがいい?」
選択肢は、チョコ、クリーム、フルーツの三択だ。
「えっとねー、俺はチョコがいいけど、白川さんが好きなの選んでいいよ」
「本当? じゃあ、チョコにしよっかな」
「要予約だから、予約しておかないとね。しかも予約受付、今日までだよ。ラッキーだったね」
良太は、レジカウンターの前に佇む店員に手を上げた。
「すいません」
その時だ。
「お客様の中に、双渡瀬様いらっしゃいませんか? 双渡瀬さまー、双渡瀬さまーーー」
慌てた様子の女性店員が奥から出て来た。
「え? はい! 僕ですけど」
店員は良太の顔を確認し、慌てふためきながら駆け寄った。
「大変です。ご自宅が火事で。すぐに帰って来るよう今しがた電話がありました」
「ええええ???? 自宅が火事? 本当ですか」
自宅が火事と聞いて真っ先に放火が脳内を過った。
スキャンダルに怒り狂ったオタク連中が火を放ったのだ。
こうしてはいられない。
良太は急いでバッグを担ぎ、立ち上がった。
「白川さん、ごめん。そういう事だから、俺帰るわ」
会計とか、イブの予約なんて、他の事は一切考えられなくなっていた。
店を出て、一目散に最寄のバス停に向かう。
ちょうど、目的のバスが到着して、急いで乗り込んだ。
脳内でゴーゴーと音を立てながら燃え盛る実家。
座席に座った物のなかなか落ちつかない。
アパートに燃え移ったりしないだろうか?
住人に怪我をさせたら大変な事になる。
美惑は上手く逃げただろうか?
今頃、黙々と黒煙を上げているであろう我が家の方に、しきりに目を凝らしていた。
目的地に到着し、バスを降りると、数歩で我が家だ。
自宅周辺には野次馬の人だかり……。
のはずだが、静かなものだった。
警察車両が一台停まっていて、警察官と何やら神妙な顔つきで話をしているのは隆司だ。
「お父さん! 大丈夫か?」
「おお、良太おかえり」
呑気な態度に、狐につままれたような感覚に襲われる。
「あれ? 火事……どこ?」
「火事?」
「家が火事なんじゃないのか?」
「何を言ってるんだお前は。火事はお前のリミッターだろ!」
警察官は半笑いである。
「はぁ? なんだそれ?」
火事だと聞いて急いで帰ってきたのに。
首を何度も傾げながら、家に向かう。
「良太! 迷惑なユーチューバーどもは全部警察がマークした。動画は全部削除されたぞ」
そんな父の弾んだ声を背中で受け流し玄関を開けると、ピンクのクロックスもどきが鎮座している。
美惑が来ているみたいだ。
「ただいまー」
「おかえりー」
と美惑の声。
リビングに入ると炬燵に入ってみかんを剥く美惑と法子。
「あら、おかえり。みかん食べる?」
肩に担いでいたバッグが、ドサっと床に滑り落ちた。
そういえば、おかしい。
色々おかしい。
そもそも火事の知らせがなんで店に来る?
普通はケータイだろ。
美惑はバカにしたような顔でミカンをひと房口に放り込んだ。
「どうしたの? 釣られた魚みたいな顔しちゃって」
釣られた魚?
まさか、釣られたのか。またこいつに。
いや、そんなはずはない。
美惑があの店にいた事を、知るはずなんてないのだから。
しかし、一体、誰がなんのために??
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
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