第4話 学校は学校で・・・
学校に到着した時には、良太はもうふらふらだった。
アパートの敷地を派手に急発進した隆司の車は、路地の交差点で急ハンドル。
追手を巻くためではないが、家の前でたむろしている連中も目を丸くして「うおー」と吃驚の声を上げていた。
連中は車はないらしく、目の前を乱暴に過ぎていく獲物が乗った車をただただ茫然と眺めていた。
咄嗟に、動画は回せなかっただろうな。
隆司、グッジョブ! じゃないんだよ。
追手は来ないのに、隆司の運転が穏やかになることはなかったのだ。
何故なら隆司は、ゴールド免許を自慢するだけのペーパードライバーだからだ。
乗らないから捕まらない。結果ゴールド免許だ。
緊急用に購入していた自家用車が車庫から出て、動き出すのは、手入れの時だけである。
もやっと歪む視界とおぼつかない足取りで、教室の扉を開けた。
「双渡瀬君! おはよう」
清涼感溢れる声が、一瞬にして車酔いの不快感を拭い去った。
「白川さん。おはよう」
「1時限目、ホームルーム。体育館集合だよ。一緒に行こう」
キラリっと瞳を輝かせて、白川は筆記用具を手に、そう声をかけてきた。
美惑の事を気にかける素振りもなければ、聴きたげな雰囲気もない。
いろいろ察してくれているのだろうか。
「ああ、そっか。冬合宿の説明会だよな」
「そう!」
「うん、行こうか」
12月26日から3泊4日で軽井沢に冬合宿の予定なのだ。よほどの理由がない限りは、2学年全員が参加する。
最終説明会がこれから行われるのだ。
1時限目まではまだ20分ほどあるが、生徒たちはざわつきながら体育館へ移動を始めていた。
良太もバッグから筆記用具を取り出し準備をする。
白川は教室をぐるっと見回して、一点で視線を止めた。
視線の先には、桃地。
「桃地さん、今日のホームルーム体育館よ。一緒に行きましょう」
桃地は中途半端な時期に転入してきたためか、とかくぼっちになりやすく、クラスでは浮いた存在だ。
浮いてしまうのは、転入生だからというわけでもないのだが。
「はわっはいー。あ、わ、あわわ、私などに声をかけてくださりありがとうなのです」
こういう返しが女子にとってはドン引きなのだろう。
男子たちも、遠巻きに愛でるにとどまり、桃地に積極的に声をかけるクラスメイトは殆どいない。
そんな生徒を見殺しにしないのが、学級委員長である白川だ。
たたらを踏みながら立ち上がり、あたふたとバッグを漁る桃地。筆記用具が見当たらないのか?
その姿をあたたかい眼で見守る白川。
変な汗が止まらない良太。
「あれ? あれ?」
桃地が焦りを言語化し始めた時だ。
ドサっとバッグがひっくり返り、教科書やノートが床に散乱した。
「はわわわぁぁぁあ」
「大丈夫! 大丈夫よ、桃地さん。時間はまだあるからゆっくりでいいよ」
女神のような笑顔を湛えた白川は、散乱した教科書やノートを、桃地と共に拾い集める。
良太もそれに混ざり、ペンケースから散乱したボールペンやシャーペンを拾い集めた。
「あ、懐かしい。桃地さん、沼パンダ好きなんだ?」
昔流行った、闇落ちしたパンダのゆるキャラが載った大判はがきサイズのノートを白川が拾い上げた。
「私も好きだったなぁ、沼パンダ。ん? これ、メモ帳?」
「あは、それアルバムなのです」
「アルバム?」
アルバムだとー?
まずい流れだ。
アルバムの中には良太との写真が入っている可能性、大!
「あああーーーー!! あったあった。これメモ帳じゃない?」
渾身の軌道変更を試みる。
「はわ! これこれ! 探し物はこれです! 双渡瀬君、ありがとう」
そう言って、ピンクの手帳を受け取ると、沼パンダのアルバムをこちらに差し出した。
「これは、双渡瀬君の分。今度、ネガを現像するとこ見せてあげるね」
桃地はくだけた口調でそういって、首を45度に傾けた。
そう言えば、タメ口で話そうと提案したのは良太だった。
「あ、ああ、うん、そうだね」
「何なに? 現像ってなに?」
見えない会話を見ようとする白川の肩にポンと手を置いた。
「行こうか。体育館」
白川の興味を早いうちに削ぎ取り、廊下の方を指さした。
「へ? うん」
教室を出て体育館へ向かう。
「双渡瀬君と桃地さんて、仲良かったんだ?」
「え? ああ、家が近所で、その……」
「はい! クラスで一番の仲良しなのです」
桃地は良太の隣でスキップしながらそう言った。
「へぇ、そうなんだ。私も今は双渡瀬君が一番仲良しかな」
白川が不敵の笑顔を見せた。
「そう言えば、桃地さんは合宿のグループ、どこに入ったの?」
「ほわ? 桃地は合宿参加しません」
「え? しないの? どうして?」
せっかくの思いで作りに不参加とは?
「申し込み、間に合わなかったのです。10月までが締め切りで。なのでお留守番です」
お留守番でも全体説明会のホームルームは授業の一環だから、参加は不可避なのか。
「残念だな。せっかくみんなと距離が縮まるチャンスなのに」
「はい。残念ですぅ」
しゅんと項垂れる桃地。
「お土産買って来るね! 何がいい?」
白川が訊いた。
「ふ~んと、軽井沢のバターサンド! トッピングがパフェみたいにおしゃれでかわいくて、とってもおいしいのです。白川さんと双渡瀬君も絶対食べるべし! なのです」
「わかった! バターサンドね」
白川と桃地はなんとなく気が合うみたいだ。
このまま仲良くしてくれる事を切に願う。
体育館に入ると、普通科と特色科の生徒が見事にぱっかり別れてグループが出来ている。
同じ制服なのに、特色科の生徒たちはどこか違う人種に感じてしまう。
男子が女子のスカートを重ね履きしていたり、ブレザーの上着を極端に短くしてヘソをのぞかせている女子がいたりと制服の着こなしも、ヘアースタイルも個性的だ。
美惑はまだ来ていない様子。
あの中に混ざれば、髪を黒く染めた美惑は普通の女の子に見える事だろう。
そう、この合宿には、よほどの理由がない限り2学年全員が参加する。
つまり、その中に、美惑もいるという事なのだ。
始業のチャイムが鳴り
「私語を辞めて、整列してください。学級委員は各クラスの出席をお願いします」
と、マイクを通して教師の声が聞こえた時だった。
ガラガラガラっと中央扉が開き、美惑が入って来た。
最後の一人だ。
全生徒の視線が一斉に美惑に集中し、ざわざわとざわめきが起き始める。
それはスターを目の前にした興奮ではなく。
『うわぁ、よく学校来れたよね』
『無期限活動休止らしいよ』
『アイドルはもう無理だろうね』
『あんな写真撮られちゃったらねぇ』
『もう終わりでしょ』
『朱理に枕営業してたっぽいね』
『朱理があんな子相手にするわけないしね』
『お酒とかクスリとかやってそうじゃない』
『それな。人としても終わりじゃん』
明らかに陰湿な、ヘイト交じりの声だった。
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