Episode4
第1話 朱理VS良太
Side-朱理
「うちの事務所においで。君には音楽の才能がある。僕が君をプロデュースする」
朱理の言葉に、美惑は絶句している様子。
「騒ぎが落ち着くまでは、ウェブでの活動に徹してファンを繋ぎとめる。1年後を目途に本格的にアーティストとしてのソロ活動を開始する。グループ活動と違って、ギャラは総取りできる。ウェブ配信での収益は事務所と折半だ。悪い条件じゃないと思うけどね」
「ソロなんて……、私にできるのかな?」
美惑はつぶやくようにそう言った。
「できるさ。僕がついてる。それに君は十分実力もある。もし、この移籍を決めるなら、あの日は体調の悪くなった君を事務所で介抱していただけで、世間を騒がすような事など何もなかったと、公にこちらから声明を出すよ」
「え? もしも移籍しなかったら?」
「もしも移籍しないのなら、だんまりを決め込む」
美惑の愛らしい目が、汚らわしい物を見るような目に変わった。
いい目だ。たまらないねぇ。
その顔、大好きだよ。
「返事は急がなくてもいい」
どうせ、答えはもう決まっているも同然。
このまま芸能界でやっていくには、こちらの事務所に移籍する以外、方法はない。
「自分の意志で決断するんだ。いつでも連絡待ってるから」
引き締まった足首を包帯で固定し終わり、朱理は立ち上がった。
「じゃあ、タクシーを待たせてあるから、帰るよ」
安っぽい1K の部屋をぐるっと見渡し美惑に背を向けた。
「都心にオートロック付きのマンションも用意しよう」
そう言って、玄関に向かった。
キャメルブラウンのチャッカブーツに足を差し入れている所で
ピンポーーン。
インターフォンが鳴った。
誰かが訪ねて来たらしい。
小さなドアスコープから向こうを覗くと、黒いパーカーを着た高校生ぐらいの男の子がキョロキョロしながら立っている。
「誰ですか?」
美惑がその様子を見ながら訊ねて来た。
「くせ毛の男の子。黒いパーカーに細身のジーンズを履いてる」
「良太だ!」
美惑は、弾かれるように立ち上がり、足を引きずりながら玄関までやって来た。
この状況でドアを開けて大丈夫か?
にわかに心配になるが、美惑はそんな朱理の胸の内などお構いなしにドアを開けた。
「うおっ!」
男の子は一瞬驚いたように仰け反り、こちらの顔をまじまじと眺めて
「あ、あー! あんた……朱理だな」
そう言って人差し指をこちらに向けた。
「なんだお前、挨拶の仕方も知らないのか? 中坊か?」
「俺は高校2年! 私立南鳥学園普通科進学コースの双渡瀬良太だ。このアパートの大家の息子で、美惑とは同級生で幼馴染でもあり、身内のようなもので、そこに住んでる」
そう言って、自分の背後を指さした。
情報量多いな。
「ああ~。一昨日の夜DM寄越して来たヤツか」
「あんた、何しに来たんだよ!」
「お前には関係ない。仕事の話だ」
「美惑は活動休止中のはずだってのに、仕事の話をわざわざ自宅までしに来たのかよ?」
「もう帰る所だ。どけ」
双渡瀬を押しのけて外に出ようとした時。
「朱理さん!」
美惑の声に振り向いた。
「何?」
「あの日、良太より先に私を見つけたのに、どうして彼に連絡してくれなかったんですか?」
「ああ~、ごめんごめん。忘れてた。何か問題でもあった?」
「大ありなんだよ。俺はあの後、終電がなくなるまでずっと美惑を探してた。あんたが先回りして余計な事しなければ、こんな事にはなってなかった」
「ふっ、心配するな。結果オーライだ」
そう言って、口角を上げて見せた。
「は? なんだと?」
あの日、美惑をさらう所を一般人に撮られたのは計算だ。
このご時世、その写真はすぐにネットに上げられ拡散される。
それを見た本職の雑誌記者が即座に動き出す。
朱理はわざと群衆に見せつけるようゆっくりと歩きまわり、通行人に写真を撮らせたのだ。
美惑を無期限活動休止に追い込むために――。
「あの日は金曜日の夜。六本木駅周辺は多くの人出で賑わっていた。お前が彼女を先に見つけて抱きかかえて帰っていたとしても、写真を撮られて拡散されるのは避けられなかったはずだ」
「っう……」
双渡瀬は返す言葉が見つからないらしい。
「僕は彼女に対して責任を取る事ができる。お前はどうだ? ネットや週刊誌である事ない事書きたてられ、行き場を失った彼女を助けてやれるのか?」
「そ、それは……」
「できないんだよ。お前には何も。せいぜいこれ以上騒ぎを大きくするな。それがお前にできる精いっぱいの事だ」
そう言って、双渡瀬の脇をすり抜けて、外に出た。
「おっと、言い忘れてた」
そう言って、再度美惑に向き直る。
双渡瀬のような冴えないガキが、現在も未来も美惑の彼氏なわけないし、未来永劫そんな事態は訪れるはずもないのだが、一応釘を刺しておく。
「うちの事務所も未成年は恋愛禁止だから。もし発覚したら芸能界には二度と戻れない」
美惑は色の悪くなった顔でこちらを見据えている。
「それじゃあ、いい返事待ってるよ」
朱理は、軽く片手を挙げて、路肩でハザードを点滅させているタクシーへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます