第5話 あたしの愛を甘く見んな!!

 ネットで調べた所、ピオンで行われる夢きゅんフルーツなるアイドルグループのイベントは午後3時から。

 その頃になると、オタク連中の姿は町から消えた。

 そのタイミングを見計らって写真館を後にした。

 先日撮った写真を、桃地が自慢げに見せびらかしたせいで、美惑の機嫌はすこぶる悪い。


 帰り道で。


「桃地さんて、かわいいね」

 美惑は棘のある言い方で思ってもなさそうな事を口にする。


「そうか? そんな目で見た事ないからわからないよ」

 と嘘を吐く。


 はっきり言って、桃地の見た目はアイドルにだってなれそうなぐらい、個性的で可愛い。

 美惑がキャンディなら、桃地は綿菓子と言った所だろう。

 淡くて甘そうな見た目だが、単純でくどくない甘さ。


「浮気はしないタイプだろうな」

 と本音が漏れる。


「私だってしないもーん」

 美惑はぷいっと良太から顔を反らし、前を向いた。

 ずんずんスタスタと家路に向かう。


 しないんなら、こんな事になってないだろう。

 そんな言葉を喉の奥に押し込んだ。


 不毛な言い合いに発展するに決まっている。

 美惑の口から本当の事を聞いてしまったら、クリスマスパーティを兼ねた誕生日会だって地獄に変わるのだ。


 両親の前で、本音を隠し、楽しそうに笑っていられるほど、良太はまだ大人じゃない。


 家に帰りつくと成り行きで、一緒にツリーの飾りつけをする事になった。

 白川には今日は予定が入ってしまって、買い物には付き合えない旨のメッセージを送った。

 既読は付いたが、返信はまだない。


 両親は、二人そろって映画に行くとかで、家には美惑と二人っきりである。


 リビングには、グリーンのツリーが用意してあって、雪に模した白い綿が置かれている。

 去年も使ったツリーで、高さは良太の背丈ほどある。


「すごーい。こういうの見るとクリスマスだなって思うよね」


「そだね」


「こんなに大きかったんだ。このツリー」

 そう言って、ツリーを見上げた。


「飾り付けしようぜ」

 イマイチテンションの上がらない声はおざなりに聞こえたかもしれないと、少し気になった。


「ふん」

 鼻から漏れるような返事の後、美惑は袋から買って来たばかりの飾りを出し始める。


「桃地さんとイルミネーション見に行ったんだね」

 やはり、美惑の機嫌は悪いようだ。

 声は笑っているが、目は一ミリも笑ってない。


「一緒にっていうか、たまたま……なんて言うか……写真を撮りに行っただけだよ。桃地ってフィルム写真が好きらしくて、自分で現像するらしいよ。すごくない?」


「良太も、あの子が好きと?」


「いや、そんな事ないよ」


「じゃあどうして、一緒にイルミネーション行って、写真まで一緒に撮ったわけ? しかも、私が大変な時にだよ」


「知らなかったし」


「ひどいよ、良太」


「はいはい、ごめん」


「認めたって事? 謝るって事は自分が悪かったって認めたって事よね。って事は浮気だよね」


「うるせーな。違うって言ってんじゃん。それに自分はなんなんだよ?」


「なに? 私がなんなの?」


「朱理? だっけ? あいつの家に上がり込んだり、あんな写真撮られて、俺が何も思わないと思ってるわけ?」


 美惑は額にピキピキと青筋を浮き上がらせ、小刻みに唇を震わせた。


「朱理さんの家に行ったのは、仕事だし、あの写真を撮られた時、私は意識がなかったの!」


「あいつの家で何してたんだよ」


「仕事だよ! 打ち合わせ! 声撮りする予定だったのに風邪気味で声が出なかったから、途中で帰ったの」


「そこからなんであんな写真撮られるに至るんだよ」


「それは……、けやき坂のイルミネーションがあまりにもきれいで、ちょっと寄り道してたら、急に具合が悪くなっちゃって」


「それで、俺に電話したの?」


「そう! そうだ! 思い出した! 助けてって言ったでしょう。どうして来てくれんかったと?」


「行ったよ! 行ったけど見つけられなかった。朱理にDM送って美惑の事聞き出して、六本木まで行ってそこら中歩き回って夜中まで美惑の事探したよ」


「へ? 本当? それ」

 美惑は急にトーンダウンした。


「ああ、本当。帰りは終電もなくなって、歩いて帰ってきた」


「朱理さんとDMやり取りしたと?」


「ああ、したよ」

 良太はその時のやり取りをスマホに映し出して美惑に差し出した。


「本当だ。っていう事は、この連絡で朱理さんは私が緊急事態だって知ったわけか」


「先回りされたのか?」


「でも、どうしてだろう? 先に見つけたなら良太に連絡してくれたらよかったのにね。どうして連絡してくれなかったんだろ?」


「知るかよ」


「でも、信じて! 私は寝ていただけで、何もなかったよ。朱理さんも何もしてこなかった。本当よ」


「いいよ別に、どうせ……」


「どうせ?」


「……どうせ……」


「どうせってなに?」


「なんでもない」


「何よ、ちゃんと言ってよ。そういうの気持ち悪いよ」


「じゃあ言うけど。どうせ、あいつだけじゃないんだろ」


「なにが?」


「大物芸能人とか、プロデューサーとか、そういう人達に抱かれて仕事もらってんだろ!」


 バッチーーーーン!


「ってーーー、何すんだよ!」


 ジーーーンと頬に弾かれたような痛みが走る。


「バカ!!! 良太のバカ!!」


「は?」


「大物芸能人とか、プロデューサーとかに抱かれて仕事もらってるだとー?? ふざけんな!」


 美惑の大きな目からボロボロと涙がこぼれだす。


「ずっとそんな風に思ってたの?」


「え、ち、違うのかよ……」

 美惑はガシっと両手で胸倉をつかんできた。


「私の愛を……甘く見んな! 私の気持ちを軽く見んな! そんな事しないと生き残れない芸能界なら、とっくにこっちから願い下げなんだよ!!!」


「…………」

 美惑の気迫に言葉を失う。

 美惑はさらに強く胸倉を引き寄せた。


「私は……私の体は、私の心は、全部全部良太でいっぱいで、良太しかおらんと!! それなのに……それなのに……酷いよ良太……。良太のばかーーーーー」


 そう叫ぶと、美惑はまたあの時みたいに、玄関に駆けて行った。


 カシャンとドアが閉まって、静寂が訪れる。


 床にこぼれた美惑の涙が、これまで以上に良太を心をざらつかせた。

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