第4話 運命はどっちだ?

「ねぇ、美惑。やっぱ、やめない? やっぱ危ないよ、帰ろうよ」


 髪を黒く染め上げて、さらにロリ化した美惑は、ダサ目のメガネと服で、見事にスターのオーラを消した。

 それでも、良太の不安は拭えない。

 通り過ぎる人が美惑に目をくれる事はないが、変装していてもガチ目のファンには美惑だと気付かれるんじゃないか。


 そんな事ばかりが脳裏を過る。


「大丈夫大丈夫。気分転換も必要でしょ? ほら見て見て。誰も私に気づかない」


 美惑はぴょんぴょんと軽やかなサイドステップを見せる。

 元気になった事は良かったんだけど……。


 クリスマス前の駅前通りは、やはり人通りが多い。

 すれ違う人をついつい目で追ってしまう。


 しかし、ショッピングモールは大体家族連れや中高生で賑わっている。危険なオタクが混ざり込んでいる確率は低いのかもしれない。


 そう前向きに考えつつ店内に入った。

 美惑はすぐに華やかなディスプレイに吸い寄せられていく。


 ざっと見渡した限りでは、危険そうな人物は見当たらない。


 更に、なんの変哲もないごく普通男子の良太が隣にいる事で、いいカモフラージュになっているようにも思えた。


「じゃあ、ちゃっちゃと買い物済ませよう」


 ファンシーなクリスマスコーナーができているショップに入り、飾りを物色する。


「ふわぁ。かわいい。これ、いいやん」

 赤や緑、黄色やオレンジの電球がチカチカと点滅している電飾を美惑が指さす。


「そうだね。じゃあ、これにしよう。そしてさっさと帰ろう」


「ちょっとー、まだ来たばっかりやん」


「長居は危険だろ」


「あー、これもかわいいー」

 美惑はゴールドの王冠やシルバーのトナカイを模したオーナメントのセットを持ち上げる。


「じゃあ、それも買おう」


「ちょっとー、もうちょっと色々見る」


「美惑ー。お前わかってんのかよ? 危険なやつに見つかったらどうするの?」


「大丈夫大丈夫。ほら見て。これもかわいい」


 アイドルのオーラを消したと言っても、美惑のリアクションは大きくて、無駄に目立つ。

 買い物客が微笑みながらチラチラとこちらに視線を向けて来る。


 良太は買い物どころではなく、周囲に目を配るので精一杯だ。


「ねぇ、良太。これどう思う? かわいくない?」

 美惑はサンタの着ぐるみを着たパンダのぬいぐるみを持ち上げて、顔の前でおいでおいでをして見せた。


「じゃ、それも買おう」


 その時だ。


 ショッピングモールには似つかわしくないチェックのネルシャツを着た連中が続々店内に流れ込んで来た。

 この寒空に上着も着ていない。


「え? なんだあいつら?」

 さすがの美惑も一瞬たじろぎ、良太の後ろに身を隠した。


「とにかく、会計して店をでようか」

 幸い、カウンターに並んでいる人はおらず、すぐにレジ操作が始まった。


「良太、これじゃない?」

 美惑がカウンターの横に、『クリスマス特別イベント』と書かれた貼り紙を指さす。


 見た事ない女の子のアイドルらしきグループが、笑顔でポーズを撮っている。


「夢きゅんフルーツ? 売り出し中のご当地アイドルか」


「そうみたい。そう言えば私、YouTubeで見た事ある。この頃割と人気が出て来た子たちだよ。みんな顔面偏差値高くて、パフォーマンスのクオリティも高いの。ここでイベントやってたんだ」


 美惑は目を輝かせてそんな事を言った。


「危険じゃん」


「そっか。そうだよね」


「メンバーズカードお持ちでしょうか?」

 店員が訊いてきた。


「いえ、ないです」

「お作りいただくと、今日から使えるクーポンが……」


「けっこうです。急いでるので、ごめんなさい」


「か、かしこまりました」


 会計が終わり、丁寧にレジ袋を渡してくれる店員さんには悪いが、乱雑に受け取って

「急げ、美惑」

 美惑の手を引き、できるだけ連中から遠ざかる。


 しかし――。


「あ! あれ、美惑じゃね?」


 そんな声が聞こえて来る。


「まずい。見つかった。美惑走れ」


 一階の出入り口に向かって、突っ走る。

 店を出たが、数人の男たちに気づかれたらしく、スマホを構えながら追いかけて来る。


「え? 美惑? 美惑がいるぞ!」


 できるだけ美惑を隠すように、体で彼らの視界を遮り、家の方向に向かって走る。


 しかし、男たちの情熱もすごい。

 何が目的なのか、しつこく追って来る。


 芸能人とはいえ、大の大人が未成年の女の子を追い回す行為が犯罪に当たらないなんて、なんて理不尽なんだ。


「どこまで追いかけて来るんだ? あいつら」


「わかんないよ」


「まずいな、このまま家に帰ったら、家バレする」

 一旦、商店街の細い路地に入り、身を隠した。


 その時。


「はわ! 双渡瀬君じゃないですか!」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


 振り返ると紺のトレンチにふわっと広がった白いスカートを履いた女の子がこちらを覗いている。


「桃地!」


「何かトラブルですか?」


 異変に気付いたようで、心配そうな表情を見せている。


「あ、そうだ! ちょっとお願いがある」


「ほわ! 双渡瀬君のお願いならなんでもどうぞ」


「ありがとう。ちょっと匿ってほしい」


「はわわ?」


「この子わかる?」

 美惑を差し出す。


「はて? どなたでしょう?」

 桃地はアイドルには詳しくないようだ。テレビもあまり見ないんだろう。


「同じ学校の芸能コースの、アイドルなんだけど」


「ほわー! あ、アイドルさんでしたか」


「うん。けっこう有名な」


「ほわわー」


「ファンに見つかっちゃって追っかけられてるんだ」


「それは大変です」

 桃地は辺りをキョロキョロしたのち、慌てた様子で手招きをした。


「こっちです」

 見上げると、桃地写真館の古びた看板が見えた。


 桃地は着ていたトレンチを脱いで、美惑を覆ってくれた。


「ありがとう」


 連れが良太から桃地に変わり、コートで美惑を覆った事で、上手く追手の目をくらませる事に成功し、無事、写真館に入る事ができた。


 腰をかがめてやっとくぐれるほどのシャッターを通過すると、古いインクの匂いが充満していた。

 

「懐かしいなぁ」


 思わずじっくりと店内を見回してしまう。


 美惑も物珍しそうにガラスケースを除いている。


「古い写真。誰?」


「お客さんです。昔の、ですけど」


「へぇー」


「双渡瀬君! これこれ!」


 桃池は壁に貼りだされている写真を指差した。

 金ピカの袴姿。幼少時代の良太がそこにいた。


「うわぁ、はっず!」

「あー、わかる! これ、良太だよね? この写真の年賀状私持ってるよ」

 美惑が嬉しそうに良太の腕にしがみついた。


「は、あ、桃地は、あの、この写真の、ネガ持ってます。あ、あと、王子様みたいなスーツの写真も、あるのです」


 ――対抗してる?


「私、良太が赤ちゃんの時の写真も持ってる」


 ――おい、やめろ。


「そ、そういえば、百日のお参りの写真、神社に出張撮影した写真が、ど、どこかに……あった、はず」


「私、赤ちゃんの時、一緒に写ってる写真持ってるもーん」


「はわぁ、は! 桃地は、イルミの下で一緒に撮った写真があるのです」


「は?」

 美惑のオーラがどす黒く変色していく。


 身の危険を感じる。

 それは、まずい。


「さっき、現像が終わったのです。とっても、とってもエモい写真ができたのです!」


 桃地の勝ち誇った声が、写真館に響き渡った。


「あんた、良太の事、好きなん?」


 美惑の鋭い声が桃地を襲う。


「はい! 桃地は、双渡瀬良太君が、好きです!! これは運命の初恋なのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る