第2話 分岐

 Side-良太


 日曜日。

 早くから目は醒めていたが、昼までベッドの中でごろごろと惰眠を貪り

「んっあーーー!」

 やっとベッドから降りて、天井に向かって体を伸ばした。

 カーテンの隙間から外を覗くと、美惑の部屋のカーテンが揺れている。


 部屋には、いるみたいだ。


 結局、美惑とは丸一日連絡が取れなかった。

 ネットでは、美惑と朱理の熱愛スクープで燃えている。


 美惑のアイドル生命もヤバいが、朱理はもっとヤバいだろう。

 下手したら、未成年淫行なんていうゲスなレッテルを貼られてしまう。もっとも、美惑が訴えればの話なのだろうけれど。

 詳しい法律はわからん。

 シンガーソングライター生命は大丈夫なのか?

 まぁ、活動拠点はYouTubeだし、音楽活動にはさほど支障はないのか。

 にしたって、美惑のファンからの攻撃は恐ろしいだろうな。

 殺されるかもな。


「まぁ、俺には関係ない。さてと」


 シャワーを浴びて出かける準備をする。


 先ほど、白川からスマホにメッセージが届いていた。

 ショッピングモールに買い物に行くので、付き合ってほしいらしい。

 もちろん、OKする予定だ。

 ちょうど良太も、法子からリビングを飾るクリスマスツリーの電飾を買って来るよう頼まれていた。


 12月25日は、クリスマスであると同時に、良太の誕生日でもある。

 そして、美惑も同じ日に誕生日。

 同じ日に17歳を迎える。

 法子は、この家で美惑の誕生日も一緒に祝う計画らしい。


 机の上に裸で置いてある一万円札を財布に押し込んで、リュックに仕舞った時。


 コンコンとノック音。


「入るわよー」

 法子の声と同時にドアが開いた。


「何だよ」


「ちょっと、美惑ちゃんの様子見てきてくれない?」


「は? なんで俺が?」


「美惑ちゃんのお母さんから電話が来て、なんか美惑ちゃんの様子がおかしいらしいのよ」


「え? おかしい? どういう事?」


「それがね、昨日、事務所の社長さんから電話があったらしいのよ、美惑ちゃんと連絡が取れないって。緊急事態だって。内容は知らされてないらしいんだけど」


「緊急事態?」


「そう。それで、今朝、連絡着いたらしいんだけど、何があったのかはっきり言わないらしいの。美惑ちゃん本人は大丈夫って言ってるらしいんだけどね」


「本人が大丈夫って言ってんなら大丈夫じゃないの?」


「うーん。でも母親っていうのは子供の異変には敏感だから。なんだかやっぱり気になるらしくて」


「母さんが行けばいいじゃん」


「私が行ったって同じ事よ。こういう事は子供同士の方がいいのよ。あなた達は同じ病院に同じ日に生まれた、兄妹みたいなものじゃない」


「は?」


「あんたの方が5分早く生まれたんだから、あんたの方がお兄ちゃんでしょ」


「無茶苦茶な事言ってんな」


 そりゃあ、初めて美惑がこの家に来て、そんな過去があった事を知った時は、なんだか運命みたいな物を感じて、胸の奥がムズムズと変な感覚に襲われた。


 同じ年なのに、美惑は身長も150㎝で童顔。小学生ぐらいに見えた。

 それなのに、やたら自信に満ち溢れてて、堂々としていて、はきはきと自分の意志を表現して、グイグイ距離を縮めて来て――。


 良太はいつの間にか、心も体も美惑の物になっていた。


 それなのに、美惑は決して良太のものにはならない。

 近くにいても、肌を重ねていても、美惑はいつも遠くで輝く星のような存在に感じていた。


 その星を、ため息つきながら指を咥えて見ている連中となんら変わらない位置にいるのだと、いつも心の片隅では自分たちの関係を俯瞰して見ていた。


「とにかく! 様子だけでも見て来てあげてよ。難しい年ごろだし、昨日も若い女の子が電車に飛び込んだってニュース入ってたじゃない」


「まさか、美惑はそんな事しないだろう」


「そんな事わかんないじゃない。人の心なんて見えないからさ。何かあってからでは遅いのよ。だから、ねっ!」


「ああ、もうわかったよ。行って来る!」


 半ばヤケクソで、ドアの前に立つ法子を押しのけた。


 何があったのか大体想像がついてしまう良太にとって、今はできれば美惑には逢いたくない。

 ただ一つだけ、良太にとっても気がかりな事があった。


「たすけて」

 という、美惑からの電話の声。


 美惑が良太に助けを求めているのは、確かな事のように思える。

 頭の中を整理しながら、歯磨きをして、顔を洗い、適当なジャンパーを羽織って外に出た。


「良太! これ持って行って」

 法子はアルミホイルで包まれた食料を手渡した。


「サンドイッチ作ったから」



 外は、真上に上った太陽が、冷たい風を和らげている。

 電話もせずに突然部屋に行って大丈夫だろうか?

 そんな不安がにわかに押し寄せたが、法子が渡した大義名分(サンドイッチ)が良太の足取りを軽くした。


 階段を上り、美惑の部屋のインターフォンを押す。


 ピンポーン。


 暫くすると、そっとドアが開き、美惑が顔を出した。

 顔色はかなり悪い。


「良太!」

「美惑、大丈夫?」


 美惑はうつむいて首を横に振った。


 法子の言った通り、美惑は母親には言えなかった「大丈夫じゃない事」を、一瞬のうちに良太に伝えた。


「入ってもいい?」

 そう言うと、美惑はドアを広げて良太を中へ促す。


 ガシャンとドアが閉まった瞬間、美惑は良太の胸になだれ込み、胸元をぐしゃっと握った。


「良太…………。助けて……」


「何が……あった?」

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