第6話 良太の涙

 Side-美惑


「んっ、んーーー」

 自分の唸り声で目が覚めた。

 白いふわふわのシーツと、厚手の毛布で包まれていて、服は出かけた時のまま。

 一瞬ここがどこなのか、理解するのに数十秒かかった。


 そうだ!

 けやき坂のイルミネーションが見たくて――。

 良太と一緒に見たくて、動画を撮っていたのだ。

 力尽きて、ベンチに伏せていた所、朱理が突然現れて――。


 その後の事も前の事も曖昧で、あまりよく覚えていない。


 そして、ここは――。


「あっ、美惑ちゃん、目覚めた?」


 朱理の部屋。


 ベッドから2メートルほど離れた場所にある、布張りのソファに寝転がっている朱理が、そのままの姿勢で話しかけてきた。


「すいません、私」

 急いで体を起こすと、激しい頭痛と吐き気が襲う。


「ケホ、ケホッ……」


「もう少ししたら薬が効いてきて、楽になると思うからゆっくりするといいよ」


 そう言えば、ここに連れて来てもらった時、頭痛薬を飲ませてもらった。

 朱理はおもむろに起き上がり、部屋の角にある小さい冷蔵庫を開けて


「はい、水分」

 ペットボトルのスポーツドリンクを差し出した。


「ごめんなさい、迷惑かけちゃって」


「ふふ、美惑ちゃん。そういう時はごめんなさいじゃないくて、ありがとうでいいんだよ。迷惑だと思ったらわざわざ見つけに行かないし、ここへ連れてこないよ」


「あ、ありがとう……ございます」


 朱理の手がにゅっとこちらに伸びて来て、額を覆う。


「へ?」

 柔らかくて、冷たい手。

 不意に触れた感触で心臓がどっくんと跳ねた。


「うん、さっきよりはマシになったけど、まだ熱いね」

 朱理はそう言って、捲れた布団を直してくれた。

 再び全身を毛布が包み込む。


 ふわふわとした温もりが心地よくて、自然と瞼が重くなり、意識を手放した。




 Side-良太


 時刻は深夜1時を過ぎ、もう終電もなくなった。

 良太は、美惑の姿を求めて、駅構内、六本木ヒルズ周辺をくまなく歩きまわったが全く見つけられない。

 けやき坂のイルミネーションはもう消灯されて、人もまばら。

 道行く人は、誰もかれも楽しそうで温度差に悲壮感が増す。


 街頭が寂しく照らすベンチに腰掛けて、再び美惑に電話をかけたが――。

 やはり繋がらない。

 一体どこにいるのだろうか?


 何度目かの通話リクエストを送っていると、SNSに新着通知が入った。

 タイムラインをにぎわせている書き込みがあるらしい。

 通知をタップして、良太は頭が真っ白になった。


 ――これはヤバい!


 色々、ヤバい。


 引用で拡散されている書き込みの文言に震えた。


『小悪魔系アイドルと大物シンガーソングライター。熱愛発覚!!』

 その文章の下には、イルミネーションに煌々と照らされた男女が写っている。

 美惑をお姫様抱っこする朱理。


 本物か? 人違いじゃないのか?

 無理にそんな疑問を浮上させるも、二人が放つオーラが本物だと教えている。


 場所は、ここ。

 今現在、良太がいる、正にここで撮られた写真だった。


 ふつふつと沸いてくる感情は、意味不明な怒り。

 小刻みに体が震える。


 ――俺はなんでムカついているんだ? なんでこんなに悲しいんだろう?


 およそ3時間振り回された結果がこれ。

 結局、朱理とよろしくやってるなら、良太の出る幕なんてなかった。

 散々心配して飛んで来たのに。


「くっそーーーー」


 いや、違う。

 そんな事にムカついているわけではない。


 ほんの数時間前、美惑は確かに言ったのだ。


 ――良太。大好きだよ。


 あの言葉が、声が、脳内に焼き付いて良太の胸を締め付けた。


 初めからわかっていたはずなのに。

 美惑とは棲む世界が違うなんて、ずっとわかっていたはずなのに。


 初めての喪失感に、押しつぶされそうだった。


「帰ろ」


 ふらっと立ち上がり、車道に向かって歩く。

 アイドルなんて、みんなビッチだ。

 みんな大物芸能人や敏腕プロデューサーとやらに抱かれて、仕事もらってるんだ。

 美惑が有名になれたのだって――。


 涙が頬を伝う。

 冷え切った風が頬を殴る。


 ――なんで泣いてるんだ?


 冬の夜はやたらと感傷的にさせてくる。


 これでよかったじゃないか。

 こっちから無理に別れ話なんてしなくても、これで終わりなのだ。


 白川と、堂々と付き合う事ができるじゃないか。


 そんな風に考えてみても、心は弾まない。

 足取りは重い。


 とぼとぼと新宿方面へ向けて、ひたすら歩いた。




 Side-美惑


 すっかり眠っていた。

 目を覚ますと、深夜1時。


 薬が効いてるのか、体も頭も随分軽くなっている。

 ソファの上で朱理は寝息をたてていて――。

 数時間前の会話を思い出す。


 そういえば、昨夜は徹夜だと言っていた。

 起こすのも申し訳ないので、そっと部屋を出る事にした。

 明日の朝にでも、お礼のメッセージを送ろう。


 マンションの前は空車のタクシーが一台停まっていて。

 近付くと快く後部ドアが開いた。


 その時――。


 カシャっとフラッシュが瞬いた。


「え?」

 カメラを構え、サングラスを頭に載せた、黒い革ジャンの男が近付いてくる。


「やだ……」


 急いでタクシーに乗り込み、アパートの住所を伝える。


 カメラを構えた男は、走り出すタクシーに向かって、何度もフラッシュを光らせた。


 ――もしかして、勘違いされた? 深夜に朱理のマンションから出て来た所って、まさに密会じゃない? どうしよう……。



Episode2 完

Episode3に続く。

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