第4話 クリスマスツリーの下で
「ただいま」
家の玄関を開けると、おかえりよりも先にパタパタとスリッパの音が近付いて来た。
「良太、ちょうどいい所に帰って来たわ」
法子が財布を片手に、立ち塞がった。
「お醤油買って来てくれない? 買い忘れちゃって」
「ああ、いいよ。どんなの?」
「九州カメマンの濃い口」
そう言って財布から500円玉を一つ取り出し差し出した。
「398円だから、おつりはあげる」
――子供のお使いかよ!
おつりは102円。きょうび、ジュース一本も買えない。
「わかった」
しかし、学食で、揚げたてコロッケが2個買える。
突然のプチ臨時収入にほくそ笑んで、かばんを玄関に置き、再び玄関を出た。
一番近くのスーパーまでは徒歩で15分ほど。
コンビニならすぐ近くにあるし、ポピュラーな銘柄なので売ってるのだとは思うが、定価だからな。
おつりが減るので、駅前通りのスーパーZAGINまで足を伸ばす事にした。
駅前通りは道行く人で賑わっている。誰もかれも忙しそうで、師走を肌で感じさせられる。
服から侵入してくる風は本格的な冬の到来を知らせていた。
美惑は随分寒そうなかっこうで出かけたが大丈夫か? と、にわかに心配になってくる。
カシャッ!
ジージーカシャ、ジーコジーコカシャッ! ジージーカシャッ!
突然、聞こえ始めた機械音に足を止め振り返った。
――誰もいない。
カメラのシャッター音のようだが、どこで誰が写真を撮っているのかわからない。
スマホのカメラにしてはシャッター音がやたら大きく感じた。
怪訝を抱えながら再び歩き出す。
カシャ、ジーコジーコカシャッ! ジージーカシャッ!
――まただ。
足を止め、振り返る。
誰もいない。
しかし、確かに人の気配は感じていた。
誰かが後ろから良太の写真を撮っているのではないか?
――気持ち悪いな。
次は正体を突き止めようと、ある作戦に出る。
再び歩みを進めると、案の定カシャ、ジージーカシャッ! ジージーカシャッ!
良太は振り向かず、ポケットからスマホを取り出した。
カメラを立ち上げて、インカメラに。
背後を映すと、緑色の使い捨てカメラを構えた女子高生が映り込んだ。
その姿をばっちり写真におさめて、ポケットに仕舞った。
今度は立ち止まらず、歩きながらいきなり振り返ってやった。
彼女は肩をビクっとさせて、その場に固まった。
「何やってるの? 桃地さん」
「はわっ。ご、おご、ごめんなさい。あの、これ」
そう言って、顔をかくすようにカメラを構えて。
カシャ!
「ちょっとやめて」
「写真、ダメですか?」
「いや、いいけど、隠し撮りとか趣味悪くない?」
「すいません。つい前方に見かけてしまったので」
「って言うか、スマホ持ってないの? なんで使い捨てカメラ使ってるの?」
「スマホあります! 連絡先交換しますか?」
「しません! 答えてほしい質問はそっちじゃないから」
「ほえ、カメラ?」
「そう、そっちの方が不思議だよ」
「私、写真が好きなんです。データじゃなくて……」
「スマホの写真も現像できるぞ」
「自分で現像するんです」
「えええーーー?? すげぇスキル持ってるね」
「はい。私の家、ひいおじいちゃんの代からの写真館なのです」
「え? この辺?」
「はい。あそこ」
桃地は背後を指さした。
「もしかして、桃池写真館?」
「はい。そうです」
桃地写真館は昔ながらの小さな居住付き写真館だ。
今もあるが、ずっとシャッターが降りていて、潰れたのだと思っていた。
「双渡瀬君は、どちらまで?」
「いや、もうすぐそこ」
そう言って100メートルほど先に見えている、スーパーZAGINを指さした。
「奇遇です。私も」
桃地は良太と同じ方向を指さした。
「じゃ、じゃあ、一緒に行きますか?」
そう言うと、桃地はうつむいたまま小さい歩幅でちょこちょことこちらに近づいて、良太の隣に並んだ。
まるで機械仕掛けの人形のような動きで。
スーパーに向かって歩き出す二人を、ドラッグストアからこぼれだすクリスマスソングが包み込んだ。
「なんで、俺の写真撮ってたの?」
「尊いからです」
「尊い?」
「はい。初恋の人は尊いのです」
「あのさ、昨日会ったばっかりだよね? そんな急に……?」
「はい。恋は急に始まるのです。それに昨日初めて会ったわけではありません」
「え? そうなの?」
「はい。小学校に上がるまで、私もこの街に住んでいたので」
「そっか。そう言えば写真館で七五三の写真撮ってもらったなー」
「その写真、今でもお店に飾ってあります。殿様みたいな金ぴかの袴と、王子様みたいなスーツの」
「うわっ。はず!」
「うふふ」
桃地は嬉しそうに肩をすくめて、手で口元を覆った。
「見に来ますか?」
「いいの?」
「はい。もちろん」
「写真は同じのがうちにもあるからいいんだけど、現像するところとか見てみたいな」
「大歓迎です。けど、あと3枚フィルムが残ってます」
「使いきらないとダメなの?」
「使いきらなくても現像はできますけど、もったいないと思ってしまうのです」
「じゃあさ、駅前広場のイルミネーション撮りに行こうよ」
「いんですか?」
「いいよ。せっかくだし、君を撮ってあげるよ」
桃地は、ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔を見せた。
「先にイルミネーション行こうか?」
「はい。そうします」
学校では隣の席なのにも拘わらず、あまり話をした事がなかった。
なんだか苦手なタイプだと思っていたし、そもそもよく知らない女の子との話題なんてそう簡単には見つけられない。
不意に意気投合した事が、不思議と楽しかった。
キラキラと人目を引き付けるように瞬いている大きなツリー。
背後には、おびただしい数の看板がムードをぶち壊してはいるが、あまり気にならない。
「カメラ、貸して。撮ってあげる」
「いえいえ、私は、その……。双渡瀬君を撮りたいです」
「いや、さっき何枚も撮ったでしょ」
「ツリーの下に佇む双渡瀬君を撮りたいのです」
「撮りましょうか?」
突然声をかけられて、振り返るとスーツ姿のサラリーマンらしき男性がこちらに手を伸ばしていた。
「え?」
「はわ?」
あれよあれよという間に、カメラはその男性の手に。
「さ、並んで」
二人の戸惑いなどお構いなしといった様子で、男性はなんだか嬉しそうにカメラを構えた。
「色々、懐かしいなぁ」
嬉しそうにそんな言葉をこぼすから、けっこうですとは言い辛い。
「じゃ、じゃあ」
良太は桃池の背中を押して、ツリーの前に一緒に並んだ。
「ハイ、チーズ」
カシャ。
突然切られたシャッター。
ジージージーとフィルムを巻き上げる。
「もう1枚。彼氏、もっと笑って」
――いや、彼氏じゃないし。
「彼女、もうちょっと彼氏に近寄って」
「こ、こうですか?」
肩と肩が触れて、ニベアみたいな甘い香りが鼻腔をくすぐる。
カシャ。
「いいねー」
そう言ってカメラをこちらに差し出した。
「ありがとう。こちらも楽しい気持ちになったよ」
「あの! もう一枚!」
桃地は突然声を張り上げた。
「え?」
「もう1枚、フィルムがあるんです。最後の1枚。撮ってください」
「オッケー」
男性は再びカメラを構えた。
桃地は、良太の腕を掴む。
「いいねー。青春だねー」
カシャ!
「ありがとうございました」
「いえいえ。とても可愛らしいカップルで、こちらまで幸せな気分になったよ。青春っていいな。彼女大事にしろよ。じゃあ」
男性はそんな事を言い残して、片手を挙げて、颯爽と立ち去った。
桃地は、赤いイルミネーションに照らされて、紅潮した顔でこちらを見上げて、幸せそうにはにかんでいる。
良太もなぜだか耳先が熱くなるのを感じていた。
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