第6話 新キャラ登場。そしてついに直接対決か?

 ――次の日の朝。


 良太は焦っていた。

 何故なら、いつもより15分も出かけるのが遅くなってしまったからである。

 ホームルームにギリギリ間に合うかどうか……。


「良太。ハンカチハンカチ」

 法子が、ビシーっとアイロンのかかったハンカチを片手に掲げて、玄関に降りてきた。

 それを差し出しこう言った。

「長引かなくてよかったわ。朝寝坊したけど、今日は学校に行けて、ママ……嬉しい」


「大げさだな」

 そんな母の愛情を鼻で笑い飛ばし、差し出されたハンカチをポケットをに押し込む。


「じゃ、行ってきます」


 小走りでアパートの敷地を出て、バス停を目指す。


 前方には見慣れない制服を着た、高校生らしき女の子の背中が見えた。

 

 ――どこの高校だろうか? この辺では見かけない制服だ。


 体は全体的に小さく、なで肩。

 髪は天然っぽいウェーブ。陽光に反射して黄味がかって見える。


 空は澄んだ青空が広がっているというのに、なんだか陰気な雰囲気だな。

 そんな事を思いながらバス停に向かってランニングしていると、薄いピンクのカードケースのような物が落ちていた。


 ふと足を止め、拾い上げる。


「定期ケース……」


 ケースにはもちろん定期券が入っていて、「モモチアンズ 様 16歳」と書かれている。


 しばし、前を歩く女子高生と定期に視線を行ったり来たりさせ


「すいませーん。ももちあんずさんですかー?」

 と声をかけた。


「はわっ!」

 という声を共に振り返った彼女は


「はわわわわぁ~」

 と、意味不明な声をあげながらグーにした手を口元で震わせている。


 ――大丈夫か?


 少々不安だが、これがないとバスに乗れないだろう。

 彼女にかけより、ケースを差し出した。


「これ、違います? あそこに落ちてたんですけど」


「はわっ、私のです。私がももちあんずです。桃色の桃に地面のち、杏は一文字。桃地杏です。はわぁあああありがとうございます」


 彼女はお餅みたいに柔らかそうな頬を、なぜか真っ赤にして、ペコペコと何度もお辞儀をした。

 人見知りなんだろうか?


「いえいえ、じゃあ」


 急がないと、バスが来る。

 彼女をその場に置いて、良太はバス停に向かって小走りした。

 およそ1分ほどでバスが到着。


 車内は混んでいるわけではなかったが、座れる座席は少ない。

 後方の一つだけ空いていた二人掛けの座席に座った。


『ドアが閉まりまーす』

 運転手の声でプシューっとドアが閉まりそうだったその時。


「ちょっと待ってー、乗りまーす」

 躓きそうになりながら駆け込み乗車して来た客がいた。


 見ると


「あ! さっきの!」

 桃地杏がハァハァと息を切らしながら乗り込んで来た。

 おどおどときょろきょろしながら通路を一歩ずつ踏みしめているところで、バスが発車。


「はわーっ」

 遠心力によろめいて、ストンと良太の隣に腰掛ける形になった。


「はわっ!」

 良太の顔を指さして、驚いた顔をしている。


「あ、さっきは、どうも」

「どもども、あの、どうも……」


 なんかめんどくさそうな子だなと直感し、良太は視線を車窓に移した。


 降りる予定の停留所に到着するまで、終始彼女は硬直したようにじっとしていたが、『南鳥学園前ー、学園前ー』という、運転手のアナウンスにすっくと立ちあがった。


「あれ? ここで降りるの?」


「はいー! こここここで、降りるのです」


「偶然ですね、俺もこ……」

 いや、やめておこう。

 めんどくさそうだ。

 何しろ、あと3分でホームルームが始まる。


 急がなければ。


「じゃあ」

 そう言って、彼女にお辞儀をくれ、校門まで猛ダッシュ。



 ガラガラっと教室のドアを開け「おはよー」と、いつもの癖で片手を挙げたが、すぐに引っ込める。

 良太を一瞥して、冷たい色に変わる視線にはやはりメンタルを抉られる。


 一日休んだからと言って、結局何も変わらないのだ。

 良太はできるだけ周りを見ないようにして、窓側の自席に向かった。


「双渡瀬君! おはよう!!」

 そう声をかけてくれたのは、やはり――。


「白川さん。おはよう」


 彼女は良太にかけより


「よかった。今日も逢えて」

 そう言って、長い黒髪をサラっと揺らした。


 リーーンゴーーーーンとチャイムが鳴り、教師が入って来る。


「起立。礼」

「おはようございまーす」

「着席」


 ガタガタと椅子を引きずる音の後、静けさが訪れる。


「えー、先ず大事なお知らせが」

 と教師が言葉を発した時だった。


 ガラガラっと後方のドアが開いた。

 その音に、クラス全員の視線がそちらに向かう。


「は?」

「あ!」

「あれ……」

「ヤバ」


 そんな呟きが教室に充満する。


 うっすらと笑いを浮かべながら、教室に入ってきたのは、全校生徒、誰もがその顔を知る黒羽美惑だったのだから。


 校内で芸能人を見かけても、騒がないとうのがこの学校の不文律だ。

 それをもってしても、そのオーラに誰もがそわそわを隠せない。


 教師すらも、何事か? という疑問符を顔に貼り付け、口をあんぐりと開け、美惑を眺めている。


「ちょっと失礼しまーす」

 そんな事はお構いなしといった様子で、美惑はずんずん教室に侵入してくると、いきなり良太のロッカーを開けた。


 そして、あのズタズタの制服を取り出したのだ。


「こんな所に私の制服がー!! 一体だれがこんな事?」

 わざとらしく、そんな声を上げた。


 もう大人しくしていられないクラスメイト達はどよめき始める。


「なんちゃってーー。んふふ。超普通の男子がー、自分のロッカーにー、女子の切り裂かれた制服が入ってたら、どんな表情を見せるのかーー!!っていう検証でしたー!」


「はぁ? ふざけんな」


「ほら、ここにカメラ」

 美惑はそう言って、ロッカーから小さなカメラを取り出し、良太に差し出した。


「気付かなかった? カメラ」


「きづ、かな、かった」

 いや、なかった。そんな物は絶対になかった。


「ドッキリ大成功ーー!」

 美惑はクラスのみんなに向かって、両手で大きく丸を作ってみせた。


「うぉぉぉぉーーーーー!!」

 と盛り上がる教室。


「双渡瀬、いいなー。今度は俺に仕掛けてくれ」

「ドッキリ大成功!! 美惑ちゃん最高!!」


 良太一人、困惑。


「じゃあ、お騒がせしましたー。それじゃあみんな美惑チャンネルよろしくねー! 見てね~」

 そう言って、にこやかに手を振りながら教室を出て行った。


 その後、ホームルームであるにも関わらず、ざわめきはなかなか収まらない。

 クラス中の男子が良太を取り囲み、羨望の拳をぶつけてくる。


「お前ー、ずるいぞ」

「いいなー、美惑ちゃんの制服なら一度ぐらい匂い嗅げばよかった」

「どんな匂いだった?」

「いい匂いに決まってるだろ! な、そうだよな? 良太!」


 とにかく、クラスメイト達の手のひら返しはエグかった。




 Side-美惑


 ――まったく世話がやける。やっぱり私がいなきゃ全然ダメじゃん。良太のバカ。


 ついでに、時間割もチェックしてきた。

 2限目、体育。


 もう一仕事して終わり。


 これは絶対に誰にも見つからないようにやらなきゃ。



 1限目の授業の後。

 美惑は女子更衣室に向かった。


 あの日盗んだ白川いのりの制服を、誰にもバレずにそっと戻しておくのだ。

 制服がなくなったのは、白川の勘違いで、実はこんな所にあったって話になっちゃうと、彼女の株は一気に下がるはず。


 勘違いのせいで、良太は疑われ、不登校にまで発展したのだから。


 さすがに良太も呆れるでしょ。

 本当は、美惑がズタズタに引き裂いた制服を、白川が自分のだと勘違いして、良太から離れていくっていうシナリオだったのだけど、予定変更。



 生徒たちが体育館に向かうのを確認して、そっと更衣室に侵入した。

 カチャっとドアが閉まったと同時に、静寂が訪れる。


「ふー」

 ――どこにしようかな?


 紙袋から制服を取り出し、しばし目を泳がせていた。

 一つだけ扉が付いているロッカーがある。


「ここにしよう」


 ギーーっと扉を開けた

 その時だ。


 カチャ。

 という音と共に、びくんと肩が跳ねる。

 外の陽光が真っすぐに差し込み、美惑を包んだ。


 ――まずい! バレた。


 カツ、カツと足音が近づき


「初めまして。黒羽美惑さん」


 その声に振り返ると、あの女が腕組みをして仁王立ちしていた。


「白川いのりです。あ、知ってるよね? 私の事」



 Episode1 完

 Episode2に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る