第5話 悪魔の証明
学校に行かなかった一日は、こんなにも長いのかと今さらながら思う。
リモートでの授業は、カメラもマイクもオフにして、巷で話題になっているパズルゲームに没頭していた。
暇つぶしにはちょうどいいスマホアプリだが、退屈でつまらない一日だった。
そんな一日に、ようやく帳が下りようしている。
授業は録画しているので、ゆっくり見直せばいいや。
どうせ明日も暇だ。
「ふぁ~あ」
憂鬱を吐き出し、両手で後頭部を支え、天井を仰げば、白川の顔がチラついた。
それを押しのけるように、美惑の顔がカットイン。
美惑は人一倍寂しがり屋で、甘えん坊だ。
幼い頃からキッズアイドルとして、変態たちの目に晒されながら大きくなったのだ。
何かしら歪むものなのかもしれない。
そんな話を両親がしていたのを耳にした事がある。
それが原因で、美惑の両親は離婚したんだ、とも……。
そのせいで、昔から、両親は美惑の活動をよく思ってはいなかった。
もちろん、美惑の母親伝てで法子が聞いた話を又聞きする形なので、存分に法子バイアスがかかっているのだとしても。
常に人目を気にして、たくさんの人に愛されるよう振舞わなければいけないわけで、幼い女の子が、本当にそんな環境を望み、楽しんでいたのだろうか?
と、良太は疑問に思う。
美惑の父親もきっとそんな懸念があったのだろう。意見の食い違いでよく両親は喧嘩していたと聞く。
「はっ!!」
いかんいかん。つい美惑の事を考えていた。
そして、良太は自分に向けられた好意がエスカレートして、美惑がしでかしてしまった事だとしたら、なんとなく美惑に対して怒る気にはなれずにいた。
原因はあいつなんだけどなぁー。
と頭を抱え、くしゃっとかき混ぜた時だった。
トントン、トントン。
遠慮がちにドアがノック音を鳴らした。直後――。
「良太ー。開けてー」
随分と機嫌がよさそうな法子の声。
晩飯かな。にしては、早いな。
そう思い立ち上がり、ドアの内鍵を回した。
キィと小さな軋む音と共にドアが開いて、思わず「えっ!」と声を上げ、固まった。
「双渡瀬君。こんにちは」
そそと笑う白川の姿が、真っ先に視界に飛び込んで来たのだから。
「こ、こんにち……は」
「お客さんよ。さぁ、白川さん、汚い所だけどどうぞ入って」
法子が余計な言葉と共に白川の背中をそっと押した。
「あ、どうぞどうぞ」
慌てて、乱れたベッドを整え、その隣に置いてあるローテーブルに促した。
「お邪魔します」
白川がそこに座ると
「じゃあ、お茶でも持ってくるわね」
法子はそう言って、そっとドアを閉めた。
「ごめんね、突然」
「ああ、いや、全然」
白川は持っていた紙袋をテーブルの上に置いた。
「余計なお節介だと思ったんだけど、ノートとプリント持って来た」
「ありがとう、わざわざ」
「リモートだと、黒板の文字見辛いでしょ」
「うん、確かに。ノート本当助かるよ。ありがとう」
「ねぇ、聴いてもいいかな?」
「うん? なに?」
「どうして学校休んだの? やっぱり制服の件で」
「あああ! ちょっと待ってね」
被せるように白川の言葉を遮った。
その問いに答える前にやるべき事がある。
良太は立ち上がって、部屋のドアを勢いよく開けた。
「うおっ!!」
「やっぱり」
スリッパの音が聞こえなかったから怪しいと思ってた。
母親とは、息子の成長が気になる生きものなのである。
法子がうぉの形のまま固まっている。
ドアに聞き耳を立てていたのだ。
しっしとジェスチャーで追い払い、再びテーブルに戻った。
「あ、ごめんごめん。さっきの続きなんだけど……。考えすぎなのはよくわかってるんだ。みんながみんな敵じゃないって事も」
「うん」
「でも、やっぱり嫌なんだよ。どんなに否定しても俺の言葉を信じないヤツが必ず数人はいて」
「うん」
「信じてくれてる人は絶対いるから、それでいいって思おうとしたんだけど」
「うん」
「全校生徒の中に、一人でも疑ってる奴がいたら、やっぱり……辛い」
「そっか」
「全てすっきり疑いが晴れたらいいよね」
「うん。でもそんなの無理でしょう。やってない証拠は出せないし、証明は不可能。せめてクラスメイトぐらいは信じてくれてもいいのになって思うけど、みんな冷たい気がして」
「みんな自分が一番かわいいから。火の気には近づきたくないって思ってるだけだと思うよ」
「火の気?」
「そう。問題なのは双渡瀬君自信じゃなくて、起こっている出来事。みんな面倒ごとはいやなんだよ」
「面倒ごとか……」
「こう考えたらどうかな? 双渡瀬君は悪くない。面倒ごとを嫌がって関わらないようにしようとしているクラスメイトは薄情だし、かっこ悪いって」
「白川さん……」
「少なくとも、私はそう思ってる。双渡瀬君は何も悪くないよ」
「ありがとう」
「実は、私もね、いつも一緒にご飯食べたり、休み時間におしゃべりしたりしてた友達から、ちょっと遠ざけられてる」
「え? 本当? それ」
「うん。私も面倒ごとみたい」
白川は陶器のような真っ白い歯を見せて、笑った。
「でも平気。私は悪くないもん。みんなと同じ制服を着ていないだけ」
白川は無理やり口角を上げて、眩しく笑った。
しかし、小さくできたえくぼは震えていて、なんだか儚く見える。
「でもね、今日は寂しかった。それでね一つわかった事があるの」
「そう、なに?」
「私、一人でいる事が寂しいんじゃなくて、双渡瀬君がいない事が寂しいんだって」
「……白川さん」
「私、彼女じゃないから、口実がないとここへも来られないし、学校でしか、堂々と君に逢えないから……」
そして、頬をほんのり桜色に染めた。
「なんか、俺……ごめん。いろいろごめん」
白川は軽く首を横に振り、尊く笑う。
「俺、明日は学校行くよ。俺も、白川さんに会いたいから」
「双渡瀬君……」
視線が触れ合って、見つめ合い、絡み合い、じんわりと熱を持ち始めた。
――俺も、君が好きだ。
と、心の中で叫び、彼女の手を握ろうとした。
その時だ。
トントンというノック音により、弾かれたように定位置に戻る。
気まずい雰囲気は払拭しきれないまま―――。
「お茶持ってきたわー。味ご飯もね、おいしく炊けたから、おにぎり作ってきたわー」
味ご飯とは、炊き込みご飯の事である。
味ご飯が美味しく炊けた日の母はすこぶる機嫌がいい。
って、おい!!
——いいとこだったのにぃぃぃい!!!
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