第3話 印象操作
事件はその日の夜に起きた。
夕飯と風呂を済ませ、学校用バブッターをチェックしていた時だ。
バブッターというのは、生徒会が運営する呟き型SNS。
学校の生徒しか入ることができない特殊なサイトだ。
先生はいないので、割とみんな自由に学校での愚痴や、先生の悪口なんかを書き込んでは、ストレスのはけ口にしている。
そこに、無視できない一枚の画像が流れてきた。
「なんだこれ」
紺のブレザー。
南鳥学園の男子の制服。
まとまりのないくせ毛。
顔は見えないが、良太にはそれが誰の姿なのかはっきりわかる。
同じクラスの生徒なら全員がわかるだろう。
思わず頭が真っ白になり、スマホを暗くして机に放り投げた。
そのまま頭を抱えて、うずくまる。
――あれは、あの時の……
朝のホームルームが始まり、全員が自分の席に戻り始めた時。
例のズタボロになった女子の制服を、ロッカーに仕舞ってる所だ。
その姿がばっちり写っていた。
うずくまっている場合じゃない。
良太は再びスマホを拾い上げて、書き込みにアクセスした。
他の情報が切り取られているこの画像では、いかにも良太は怪しく見える。
——これじゃあまるで俺が変態の犯人みたいだ。
画像はリバブされ、リプライ数はどんどん膨れ上がっていく。
見た人が、これをどう判断するのかなんて、火を見るより明らかだ。
一体誰がこんな画像を――?
引用元を確認すると、よく知っているヤツのアイコンとハンドルネーム。
並野だ!
「あいつーーーー!!!!」
しかも
正義ぶった注意喚起まで書き込んでやがる。
『女子更衣室には鍵をつけるべき! 学校の生徒に危険人物がいないとは限りません』
いやいや、ちょっと待て!
白川はあの時確かに『私の制服じゃない』と言った!
並野は一番近くでその言葉を聞いていたはずじゃないのか。
白川の制服が盗まれた件と、良太のロッカーに女子の制服が入っていたのは別の話のはずだ。
その書き込みにどうしてこの画像を使った?
すごい勢いでイイネが押されて、返信が書き込まれていく。
『生徒会役員です。注意喚起ありがとうございます。更衣室に鍵ですね。早急に対応します』
『怖いね。気を付けます』
『これって犯罪じゃないの? 警察に届けた方がよくない?』
『これって誰ですか?』
『これは2年の……』
ほらほら特定されてきたぞ。
全校生徒に変態認定されるのは時間の問題だ。
否定しておかないと大変な事になる。
Side-美惑
「あらら。良太ったら可哀そうに」
「ん? 美惑? どうしたの?」
つい心の声が漏れてしまって、メンバーの片岡翼に気づかれてしまった。
「ふ? なんでもなぁい」
撮影終了の打ち上げで、メンバーやプロデューサー、スタッフさんたちとバーに来ている。
六本木にあるおしゃれなバーを貸し切って、軽く打ち上げパーティ。
ノンアルコールのカクテルで乾杯した後、スマホの通知をたどって見つけたバブッターの書き込みで、良太が制服泥棒の犯人にされていた。
――そんなつもりじゃなかったのにな。クラスメイトに見つかっちゃうなんて、ドジね。
遡る事2日前。
ちょうど2限目が始まる頃登校した美惑は、普通科の生徒が更衣室から体育館へ移動するのを見かけた。
その集団の中に、あの女を見つけたのだ。
「白川! これ頼む。マットと跳び箱を出しておいてくれ」
体育教師が体育館倉庫の鍵を渡す所に出くわした。
「わかりました」
さも当たり前のように鍵を受け取り、体育館の方に足早に消えて行った。
――白川さんねー。
教師が鍵を託すほど信頼している人物なのか。
それともお節介なの?
昨日、良太に傘をさしかけて、タオルで顔や頭を拭いてやっている姿を思い出し、胃の辺りがムカついた。
悪さなんてするつもりはなかったのだけど、しんと静まり返った校舎に棲む魔物が美惑にささやく。
――更衣室に行けば、白川の事がもっとわかるかも。
更衣室のドアノブを回すと、音もなく開いた。
こっそり忍び込んで、扉のないロッカーから白川の制服を探した。
苦労する事なく、2つ目のロッカーで探し当て、通学リュックに押し込む。
家に帰った後、ポケットの中を漁ってみたが、どこも空っぽで。
体のサイズと、『白川いのり』というフルネーム以外、何の情報も得られなかった。
――なーんだ。つまんない。
しかし、月明かりにてらされた薄暗い部屋で、ベッドの上に広げたその制服を眺めていたら、ふつふつと昨日の光景が蘇り。
イライラが止まらなくなってしまった。
ベッドの下の引き出しから、ナイフを取り出し振りかぶり。
ドスッ!!
思いっきり振り下ろした。
Side-良太
――まずいまずいまずいまずい。このままでは本当に犯人に仕立て上げられてしまう。
しかし、やはり成す術はなく、机に置いたスマホの前で頭を抱えていた。
視線はバブッターの動き。
見なきゃいいのに、クラスメイトの書き込みを追いかけてしまう。
誰か一人ぐらい否定してくれるだろう。
『女子の制服って確か15万ぐらいするよな』
『弁償じゃすまないでしょ。白川さんの気持ちとか考えたら罪は重いわよね』
『けど、あいつなんであんな事したんだ? 白川とけっこう仲良くなかったか?』
『サイコの考える事はわからんよ』
『ヤバいサイコほど見た目は普通って言うしな』
乗っかるんかーい!!!
ギリギリと歯噛みしながら悶えていた時だった。
『それ、私の制服じゃないって言ったよね。この悪意とも受け取れる書き込みはさっさと消しなさい』
白川だ!
『双渡瀬君のロッカーに入っていたのは私の制服ではないし、彼のロッカーにそれが入っていたのもきっと何かの間違いよ。誤解を招く引用や書き込みは今すぐ消して!』
いつになく、いや、いつも通りの正義感と正論に、バブッターは静けさを取り戻したようだった。
次々に書き込みが消されて、良太の心臓のバクバクもそれに伴い通常運転を始める。
――よかったー。さすが、白川さん。
これで疑いは晴れた。
はぁーっと盛大にため息を吐いて、ベッドに倒れ込み。
清々しい朝を迎えた。
しかし――。
いつも通り登校して、教室に入り。
「おはよー」
いつも通り片手を挙げて挨拶したが……。
誰一人、その声に答える者はいない。
話し声や笑顔が充満する教室。それらが良太に向けられる事はなかった。
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