第2話 四面楚歌は突然に

「うわ、あいつマジか」

「信じらんなぁい」

「酷い事するな」

「あれって白川さんの制服?」

「双渡瀬、ガチでヤバいやつじゃん」

「私同じ委員会……最悪」

「まじめなヤツだと思ってたのに……」

「人は見かけによらんな」

「いやいや、いつかこんな事するんじゃないかって思ってたよ」


 床に尻もちをついたまま、良太は悪夢の中にいた。

 夢だよな? 夢としか考えられないんですけどー。

 見る間にクラスメイトの目つきが変わっていく。こちらに向けている顔が、ゲシュタルト崩壊していく。


 吉井? 田中? 英明? 山内? 岩井? 波野まで……

 ――俺をそんな目で見るな。

 今まで仲良くしてたじゃないか。

 お前らが苦手な数学や物理、教えてやっただろ?


 そうだ。言わなきゃ。ちゃんと言わなきゃ……。


「おっ、俺、じゃない。俺、知らない」


「じゃあ、なんでこれがここに入ってるんだよ!」

 並野がズタボロになったスカートを、目の前に突き出した。


「し、し、知らん!」

 じりじりと後ずさりしながら、ふるふると首を振る。


 その時だった。


「双渡瀬君じゃないわ」

 凛と澄んだ声が教室に響き渡った。

 白川だ。

 彼女の姿だけが輪郭と色を保ったまま、良太の目の前に浮き上がる。

 ツカツカとこちらに歩み寄り、並野の手から制服をひったくった。

 鋭い視線でマジマジと眺めている。

 並々ならぬ緊張感が漂う。


 白川は、こわばらせた表情をふっとゆるめてこう言った。


「双渡瀬君は3日間熱で学校を休んでたじゃない。双渡瀬君に犯行は不可能よ」


 しんと静まり返る教室。

 しばし間を置いて。


「仮病かもしれないじゃん」

 ぼそりと誰かが言った声で、教室は再びどよめき始める。

「そうだそうだ!」

「ずっと家にいたって証言できる人、いるのかよ?」


 ヤバい。通常なら親がいる。

 しかしこんな時に限って、日頃は一日中家にいる両親が、この三日間だけ旅行に行きやがった。

 よって、良太が3日間外出してない事を証言できる人は、いない。


 再び、白川の声がどよめきを切り裂く。


「それに!! この制服、私のじゃないわ」


「え?」


 違うトーンで、再びどよめく教室。


「この制服のスカートは7号。私、5号だし。ブレザーは内側に刺繍で名前が入ってたはず。このブレザーには名前が入ってない」


 刺繍の名入れは確かオプションか……。


「お前、誰の制服盗んだんだよ。こんなズタズタにしやがって。どっちにしたってサイコパスだな」


「だから俺じゃ……」


 ――俺じゃない!! 嵌められた! 嵌められたんだ!!

 しかし、嵌められたと言えば、今度は嵌めたヤツは誰だ? となってしまう。


 もしも、美惑の仕業だったとしたら、結局のところ原因も責任も良太にあるわけで。

 口をつぐむしかなかった。


 リーーーーンゴーーーーンと救いの鐘が鳴り、朝のホームルームを知らせる。

 良太を取り囲んでいたクラスメイト達は、蜘蛛の子を散らすように各々自分の席に着く。

 良太は一旦その制服をロッカーに仕舞い、重い足取りで席に戻った。


 窓に視線を向けると、校庭を挟んで向こう側にそびえる特色科棟が見える。

 窓の向こう側で、華やかに行き交う生徒たち。それを無意識に睨んでいた。


 美惑なのか? 美惑の仕業なのか?

 今朝のあの清々しい笑顔はしてやったりの笑顔だったのか?


 ただでさえ鬱々としていた思考は、更に拍車をかけて泥沼へと転がっていく。


 ――もう終わりだ。平穏で生ぬるかった俺の青春は詰んだ。


 これからは変態というレッテルを背負って生きていく事になる。

 この先ずっと女子の制服をスーハーしてナイフでめった刺しにした変態野郎という汚名を着たまま大人になり年を取り、死んでいくのだ。


 この時、良太は生まれて初めて、死にたいと思った。




 時が止まった状態だった白川とのチャットルームが再び動き始めたのは、その日の昼休みの事だった。


 良太を避けるようにくっつき出す机。

 そこで、いつもと変わらない談笑をしながら昼食を始める生徒たち。

 良太はそんな彼らから、目を背けるようにして学食に向かった。

 学食なら、お一人様用カウンターがある。

 これまで利用したことなかったばかりか、まさか自分が利用するようになるとは思ってもおらず、心の中でバカにしていたお一人様達。

 そんな世界へ、いざデビューを果たす。

 

 食券を買って、おばちゃんに渡して、ミートパスタを受け取る。

 運よく一席あいていたカウンターに座った。


 その時だ。


 スマホが通知を知らせたのだ。


 ――白川!


 白川:大丈夫? 今どこにいるの?


 急いで返信を打ち込んだ。


 双渡瀬:学食にいるよ。


 白川:1人?


 双渡瀬:うん。


 白川:行ってもいい?


 双渡瀬:いいよ。


 ワクワクなのかそわそわなのか、わけのわからない感情に支配される。


 お一人様カウンターは両脇を白いボードで区切られている。

 よって、二人用の空いているテーブルに移動した。


 ほどなくして現れたジャージ姿の白川。

 すぐに良太を見つけて対面に腰掛け、手に持っていたお弁当箱をテーブルに置いた。


 正面からまっすぐに良太の目を見つめてこう言った。

「双渡瀬君。私は信じてるから。双渡瀬君がああいう事するなんて私は思ってない」


「ありがとう。本当に絶対に俺じゃないよ。嵌められたんだ」


「うん。わかってる。私が絶対に汚名を晴らして見せるから」


「いや! いいんだ。このままで」


「え? どうして?」


「俺が悪いんだ。だから……」


「庇うの?」


「え?」


「違ってたらごめんなさい。黒羽美惑」

 ――やっぱりわかってたかー。


「彼女の仕業なんじゃないの?」


「あの、それ、誰にも言わないでほしいんだ」


「けど、このままじゃあ双渡瀬君が……」


「いいんだ。これで」


 白川は寂しそうな顔でうつむいた。


「やっぱり、私は邪魔だね」


「え? いや、違う。そんな事……」


「諦めようとしたの、双渡瀬君の事。だって、彼女がいるんじゃしょうがないし、それに……私なんてあの子に勝てるわけないし」


「それで、DM返信してくれなかったの?」


 白川はこくっと頷く。


「白川さんは気にしなくていいよ。俺と彼女の問題なんだ。別れようって何度も言おうとしてるのに、なかなか話を聞いてくれない。俺の気持ちは……」


 やっぱりまだ言えない。

 君が好きだなんて、このタイミングで言っちゃダメだ。


「いや、なんでもない」


 白川がわかってくれればそれでいい。


 それだけでいいはずだった。

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