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「この辺りの事情も、前に披露してもらった推理通りさ。ただ、犯人は密室を作りたくて部屋に潜伏していたわけじゃない。拠点が欲しいから――雨風をしのぎながら、犯行に及ぶ環境が欲しいがゆえに、たまたま加能さんの部屋に潜伏したんだ」
これまでは神経を張り巡らせていたが、それが本土に戻ってきた途端ゆるんでしまったのであろう。英梨が瞳に大粒の涙を浮かべる。
「そんな――じゃあ、やっぱり亜純は」
その先までは彼女に言わせまい。食い気味に口を開いた安楽からは、そんな想いが伝わってきた。人のことに気を回せるくらいにはなったらしい。
「残念ながら、彼女に関しては運が悪かったとしか考えられない。たまたま犯人が潜伏していた部屋を、自分の部屋として割り当てられたから、殺害された可能性が高い」
安楽の言葉に菱田が小さく「くそっ!」と呟いて舌打ち。英梨の涙につられたのか、自分の瞳にも涙が浮かんでいたことに気づいた蘭。安楽がさらに続ける。
「現実なんてこんなもんだよ。行く先々で事件に巻き込まれる名探偵は、それぞれの事情にまで首を突っ込んだりはしない。友人を――大切な人を失ってしまった人達のその後は描かれないんだ。でも、俺はこう思う。あれは描かれていないだけで、きっとそれぞれのその後があるんだ。だから、俺もそれに準じて、あえて深くは触れないよ。そこからどんな【その後】を作るかは、その人次第だから」
「イッ君……」
あれ、やだ。なんかちょっと格好いいじゃない。もとからこんな気の利いたことを言えたタイプじゃなかったはずだし――なんてことを考えながらも、蘭には分かっていた。立ち直るには時間がきっと必要だと。
「だから、少し冷たいように聞こえるかもしれないけど、俺はあくまでも事件を事件として話すようにしたい。いいや、第二の事件に関しては、まともな神経じゃ話せそうにないんだよ。まぁ、言いたかったことは、ほとんど榎本さんが言ってくれたけど」
安楽が榎本のほうに視線をやると「僕はそこまで大したことはしていないさ」と一言。最初の印象では、やや気味の悪い眼鏡だったが、今ではインテリのイケメンに見えるから不思議だ。
「さて、さっきの続きだ。たまたま加能さんの部屋に割り当てられることになる部屋に潜伏した犯人は、おそらくベットの下かそこらに潜伏していたんだろうね。有名な都市伝説に、ベットの下の男という話があるけど、それを地で行った感じだね」
安楽の口調があまりにも淡々としているせいか、逆にその情景がありありと描写される。一歩間違えば、亜純のようになっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。管理人はとりあえず話が終わるまで待つことにしたのか、腕を組んで話に耳を傾けていた。
「そして、被害者が寝静まった頃を見計らって殺害した。この時点でも、自分の目的のために赤の他人を殺しているんだから、身勝手な犯行だと思う。でも、犯人はこれ以上のことをしたんだ」
犯人がやったそれ以上のこと。それは、亜純の体をバラバラに解体したということ。
「一見して猟奇的な犯行に見えたバラバラ殺人だけど、これには犯人なりの狙いがあった。それは、現場を凄惨に見せることで、拠点となる部屋に人を近づけさせないためだ。しかし、いざ被害者を解体してみてから気づいた。小柄な彼女をバラバラにしたところでインパクトが足りない。つまり、誰も近づこうとしない環境を作るには、彼女の遺体をバラバラにしたくらいじゃ足りなかったんだ」
安楽が管理人のほうに視線をやるが、特にリアクションらしいリアクションも見せない。助け舟とばかりに榎本が続いた。
「だから犯人はリネン室から神楽坂の遺体を運び込み、遺体をバラバラにしたんだ。その結果、凄惨なバラバラ殺人現場を作り出すことに成功した。加能さんと神楽坂の生首をベットの上に置くことで、親しい人間の無残な姿は見たくない――という、僕達の心理を上手く利用したと思う。まぁ、普通の人なら、赤の他人でも、人のあんな無残な姿は直視できないだろうけど」
菱田は窓側から入ろうとしたが断念。榎本が部屋の中に足を踏み入れたが、親しかった人間の無残な姿なんて見たくなかっただろう。その後、部屋の扉の隙間から中を見てしまった細川が嘔吐までしている。そんな部屋、できることならば近づきたくないと思うのが普通なのではないか。
「こうして、誰も近づけない環境を拠点にした犯人は、結果的に密室殺人もやってのけたわけだ。まぁ、最初からずっと部屋の中にいて、俺達が駆けつけた時もベットの下あたりに隠れていただけなら、そりゃ表向きは密室殺人になるわけだ。しかも、やっぱり肝となってくるのが、犯人は内部の人間ではなく、外部の人間だったということ。この単純な事実が見えなかったがゆえに、不可解な密室が作り上げられてしまったんだ」
これは第一の事件にも言えることだが、外部の人間が犯人だったとすると、なんでもありになる。どれだけ内部の人間にアリバイがあっても、犯行が成り立ってしまう。なぜなら、犯人は外部の人間だから。実にシンプルではあるが、しかしなかなかたどり着けない部分でもある。多少なりともミステリのお約束というものを知っているミス研のメンバーが集まっていたからなおさらだ。
「……それで、ここまでの話が君の想像であることは分かったよ。でもね、君の想像の話だよね? なんだか、犯人だと決めつけて話が進められているみたいだけど、他の可能性だってあるじゃないか。可能性のひとつでしかないのに、俺を犯人だと決めつけるのはどうなんだい?」
これまで、だんまりを決め込んでいた管理人が言う。安楽がたどり着いたのは、幾つもある可能性のひとつに過ぎず、他にも可能性がある限り、全ての可能性を考えるべき――とでも言いたそうだ。さらに管理人は続ける。
「それに、この店は馴染みの店でね。店員はもちろんのこと、客もほとんどが顔馴染みだ。こんなところで根拠もなしに人を侮辱して、もし間違っていたらどうするもりだ? 責任は取れるのかい?」
続いて管理人の口から出たのは、なかば脅しに近いものだった。ここが管理人の馴染みの店で、しかも安楽から殺人犯扱いを受けている。当然、間違っていれば彼の信用問題にも関わっててくる。言われて辺りを見回すと、屈強そうな男達に取り囲まれていた。いいや、みんなテーブルについているだけで、取り囲まれているように見えるのは蘭の思い込みのせいだろう。
「もちろんですよ。なぜなら、決定的な証拠がありますから。そう、あの細川さんが残してくれた決定的な証拠がね」
一歩も譲らず、管理人の言葉にも動じていない安楽。おそらく、いや間違いなく彼には決定打があるのだ。そうでなければ、ここまで落ち着いてはいない。そして、細川が残したものといえば――ダイイングメッセージだ。
「さて、おさらいもかねて、みんなとも第三の事件を振り返っておきたい。彼は地下室で見つかった。その直前、アリバイがあったりなかったりする人がいるんだけど、この際、アリバイなんて考える必要はない。だって、犯人は外部の人間なんだから」
やたらと【外部】という言葉を強調する安楽。嵐の孤島で、実のところ犯人が外部の人間だったというのは、ミステリとしてはいささかナンセンスなのかもしれない。
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