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島はもちろんのこと、例の別荘も管理人の持ち物である。ゆえに、事前になにかを仕掛けることなど容易だ。準備をする時間はたっぷり合ったことだろうし。
「当日、俺達を島へと送っていく役割を買って出て、島へと俺達を送り届けた。この時、俺が島に残ってくれ――なんて言い出したものだから驚いたんじゃないですか? なぜなら、あなたは最初からそのつもりだったのですから」
3日後に迎えにくる。その言葉に安楽が噛み付いたのは記憶に新しい。あの時、安楽は何の気なしにミステリあるあるを回避しようとしただけだったのであろうが、管理人からすれば、まるでこれからの行動を見透かされているようで気味が悪かったことだろう。
「とにかく、俺達を置いて島を後にしたあなたは、ある程度島から離れると、島の北側へと舵を切った。そして、接岸。島の北側は危険だからと事前に俺達には忠告していたから、船の姿を見られる心配もない。こうして、改めて島に上陸したあなたは、島の北側から森を抜けて別荘のほうへとやってきた」
嵐の孤島で起きる殺人事件。辺りは絶海であり、島の外に出ることはもちろん、島に上陸することもできない。俗にいうクローズドサークルというミステリにおける環境。まさか、犯人が名前も知らない管理人だったなんて、誰が思うだろう。いいや、少なくとも安楽はたどり着いたのだから、それなりの根拠はあるのだろうが。
「盗聴機で俺達の動きを把握していたあなたは、運良く神楽坂さんが1人になることを知った。そこであなたは、リネン室の勝手口から別荘の中に入り込み、リネン室に彼女を引き摺り込んで殺害したんだ。でも、盗聴している限りでは、どうやら彼女以外の人間はそれぞれ固まって動いているらしい。このままでは、誰も彼女を殺せなかったことになる。しかし、このタイミングを逃してしまえば、次のチャンスはいつになるのか分からない。いいや、そのチャンスが来るとも限らない。だからこそ、あの場でピアノ線を小道具にすることで、ありもしないトリックの存在を俺達に示そうとしたんだ」
安楽はコーヒーを飲み干すと、カップをテーブルに置きつつ小さく溜め息を漏らす。これだけ延々と喋り続ければ喉も乾くことだろう。
「単純に彼女が悲鳴を上げたのは、リネン室に引き摺り込まれる時と、殺害された時だったということか――」
おそらく、安楽に頼まれて、偽りの解決劇を演じることになった榎本が、納得するかのように何度か頷く。
「まぁ、そういうことになるね。さて、この時点で外はかなり荒れ始めていたはずだ。この嵐は犯人にとっても想定外のものだったと思うんだ。きっと、犯人としては、外で野宿でもしながら犯行を繰り返すつもりだったのでしょう。しかし、嵐は次第に強くなり、とてもではないけどビバークで誤魔化せるようなものではなくなってしまった。おそらく神楽坂さんが殺害された時点で、嵐もかなり酷くなっていたはず。そこで犯人にはしなければならないことが出てきた。それは――拠点の確保だ」
拠点の確保。それがなにを意味しているのか、蘭にはピンと来なかった。まさか犯人候補から真っ先に外れてしまうような人間が、実は島を離れておらず、そして殺人を繰り返していたなんて――やはりにわかには信じがたい。
「外でずっと過ごすわけにはいかない犯人には、どこかゆっくりとできる拠点が必要だった。そうか――だから神楽坂の遺体は、第二の事件現場まで運ばれたんだな?」
榎本と安楽のキャッチボールが続く。やはり榎本は頭の回転が早いらしく、安楽の推理のペースに遅れを取らない。
「あの時、聞かせてくれた推理。第二の事件に関しては、おおむねあれで合っていると思うんだ。ただ、潜伏していた人間が違うというだけでね――」
安楽の言葉に榎本が頷き、そして菱田が首を傾げる。
「えーっと、当初犯人だとされていた神楽坂さんは、その……管理人さんに殺されたんだよな? で、彼女の部屋に潜伏したと思われていた神楽坂さんが実は殺されていたということは――」
菱田の言葉に続いたのは安楽だけではなかった。榎本までもが、口裏を合わせたかのごとく見事なハーモニクスを見せた。
「潜伏していたのは管理人さんだったってことになる」
そう、当初犯人だと思われていた麗里が潜伏していないのだとすれば、あそこに潜伏すべきは……潜伏する必要があったのは、拠点が必要だった管理人ということになるのではないか。
「じゃあ、今度は神楽坂さんを殺害した後、犯人がどう動いたのかを考えてみようか」
事件のあらましは、一度榎本が時系列に沿って話してくれている。あの解決劇はどうやら安楽と榎本が企てたものだったようだが、こうやって今一度事件のことを掘り返すとなると、予習ができたようでありがたい。
「神楽坂さんを殺害し、あたかも内部の人間の仕業であるかのようにピアノ線で細工を施した犯人――いいや、これもしっかり調べていないだけで、ピアノ線ではなくてテグスだったりするのかもしれない。あらかじめ用意してたというより、たまたま携行していて、思いつきでやった感じが強いから。テグスなら、漁師の管理人さんも持ってるだろ?」
あの時、現場に残されていたものをピアノ線だと最初に呼んだのは誰だったろうか。蘭の記憶が正しければ、榎本だったような気がする。後になって安楽がミステリにおけるピアノ線の扱いについて愚痴を漏らしていたが、そもそも犯行に使われたものがピアノ線だという確証はない。もしかすると、管理人が普段使いしているテグスの可能性もゼロではないだろう。
「いや、これだけ事前に準備をしていたんだ。なにかに使えるように、実際にピアノ線を持ち歩いていた可能性もある。凶器だって、わざわざ現地調達なんてしない。事前にどこかに仕込んでおくか、小さなリュックみたいなのに入れて持ち歩いていたか。とにかく、犯人には準備の時間が充分にあったと考えると、犯行のための道具は持ち歩いていたんだと思う。でなければ――彼女達もあそこまでバラバラにされなかっただろう」
テグスのことをピアノ線と言ってしまったことを認めたくないのか。榎本が言い出した時こそ、そんなことも考えたが、しかし話を聞いてみると、その考えには根拠がしっかりとあるようだ。
「第二の事件については、そこまで詳しく部屋の中を調べていないが、まさか各個人の部屋に、人をバラバラに切り刻む凶器となり得るものが置いてあるとは思えない。となると、凶器は犯人が持ち込んだということになる。なるほど、印象としては行き当たりばったりのイメージが強いけど、用意周到な部分もあったらしい」
安楽は全てが分かったからこそ、こうしてみんなの前に立っているのではないか。それなのに、榎本をはじめとするみんなから指摘が入ると、そちらのほうに合わせるような発言をする。大体、渋々と推理をしたり、しきりに帰りたいと連呼してみたりと、はっきり言って安楽には探偵の資質がないと思う。仕方がないから、懸命になって降りかかる火の粉を払っているだけ。残念な探偵ではなく、探偵である時点で残念。とにかくむいていない。むいてはいないが、これまでもいざという時は必ず事件を解決に導いてきたのだ。
「あの、ちょっと話が脱線してない? 犯人が麗里を殺した後に、具体的になにをどうやったのか――それを説明している最中じゃなかった?」
逸れつつあった話を元に戻したのは真美子だった。外はこれまでの嵐が嘘だったかのように晴れている。肌寒ささえ感じていた頃が懐かしい。
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