安楽樹は渋々推理する

安楽樹は渋々推理する 1

【1】


 港のそばにあるレストランということで、メニューには海産物が多かった。どんなものが出てくるのかメニューだけでは想像できないため、菱田が管理人さんと話し合ってみんなのメニューを決めてくれた。大きな円卓のようなところに通され、しばらくすると料理が運ばれてきた。


 料理は当たり障りのないものばかりで、大皿から取り分けるスタイルのようだった。ここで率先して女性陣が取り分けたのを見て、管理人は少し驚いていたようだ。合コンなどでよく見る光景であり、これはある種の女子アピールのようなのものなのであるが。


「さて、食事も終わったところで、みんなに聞い欲しい。安楽君からみんなに話があるらしい」


 食後に頼んだコーヒーを飲み、一息をついたところで榎本が切り出した。あの孤島から解放され、すっかり気の緩みが出てきていた蘭は、思わず口を開く。


「――事件の話はやめてよ。あの事件は、榎本さんが解決に導いてくれたじゃない」


 実のところ、あの後の安楽と榎本のやり取りがずっと気になっていた。含みのあるやり取りというか、なにか企んでいたかのようだった。


「そうだよ。犯人は麗里で決まり。本人はどこかに姿を消したんでしょ? これから警察が島に向かうみたいだし、見つかるのも時間の問題だと思うよ」


 この事件の一連の犯人は神楽坂麗里である。それは、榎本がみんなの前で結論付けたものだった。すると、榎本が小さく頭を下げる。


「みんな、すまない。あれは、僕と安楽君で事前に打ち合わせた、偽物の解決劇だったんだ。だから、多少の嘘もつかせてもらった」


 頭を下げる榎本とは違い、立ち上がって一同を見回す安楽。


「実際、彼女――神楽坂さんの生首はね、例の部屋で確認されているよ。でも、どうしても犯人を作り出さねばならない状況だったからね。彼女には申し訳ないけど、犯人の役をやってもらったのさ」


 死人に口なしとはいうが、どうしてそこまでやる必要があったのか。麗里に罪をなすりつけるような真似をする必要はなかっただろうに。


「どうして犯人をでっちあげる必要があったのか。その理由はいたってシンプル。俺達がこうして無事に、あの孤島から戻ってくるためさ。どんな形であれ、事件は解決しなければならなかったんだ。それが嘘偽りであってもね」


 言っている意味がいまいち分からない。そこをさらに追求する前に、菱田が口を挟んだ。


「だったら、最初の事件。神楽坂さんの自作自演じゃなかったとしたら、誰がどうやって殺したんだ? やっぱり、ピアノ線を使った仕掛けが施してあったとか?」


 本当ならば安楽のペースで話が展開するのであろうが、菱田の突っ込みによってややペースアップする。安楽は頭をぽりぽりとかきながら「いきなりそんな核心に行っちゃうのか――」と呟いてから、さらに続けた。


「いいや、あのピアノ線については前の推測通り。何者かがそれらしいトリックを仕掛けた――と俺達に思い込ませるために残されたものだったんだよ。さて、ここで根本的なことについて考えてみよう。この段階で疑われるべき人間は一人もいなかった。だから犯人はアリバイがあっても犯行が可能だったと思わせるために、ピアノ線を残したんだ。これ、逆説的に考えると、こうならないかい?」


 安楽はある人物のほうへと視線を向けた。自然と安楽の視線の先に全員が視線を向ける。その先にいた人物は意外にも……。


「つまり、犯人はあの時間にアリバイのない人間――部外者だった。犯人は内部の人間の仕業に見せかけるためにピアノ線を残したのさ。ほら、これでアリバイの件もクリアだ。俺達男性陣は、蘭をプラスして地下にいた。そして、女性陣は食堂にいた。ゆえに、一人でそこから抜け出した神楽坂さんは殺せない。ただ、頭数に入っていない部外者ならば話は別だ。そうですよね?」


 体のてっぺんから爪先に向かって、冷たいものが一気に落ちていく感覚に陥った。あぁ、だから偽りでもいいから事件を解決させる必要があったのか。そうでなければ、そもそも迎えが来なかったのかもしれないのだから。


「管理人さん――。俺はあなたが犯人だと思っているんです」


 決定的な一言を放った安楽。その場の空気が凍ったように思えた。管理人は首を小さく傾げると、食事のために外していたサングラスを改めてかける。


「へぇ、面白いことを言うな。俺が孤島での殺人事件の犯人だって? 考えてみてくれよ、俺は君達を島に送り届けた後、本土――こっちのほうに戻ってきていたんだ。そんな俺が、どうやってあの島で事件を起こすんだい?」


 管理人は怒っていないようだったが、しかし口調はかなりきついものになっていた。


「あの日、あなたが本土に戻ってきたという証拠は? この辺りの誰かに聞いたら、証言してもらえますか?」


 安楽の追撃に、管理人はただ苦笑いを浮かべた。


「証明できませんよね? なぜなら、あなたは俺達を送り届けたあと、本土になんて戻っていなかったから。途中で引き返して、島の北側――崖になっているから近づくなと俺達に忠告した方面に着岸したんだ」


 ミステリで良くある話。船はすでに去ってしまい、挙句の果てに嵐になってしまった。そこで起きた殺人事件。犯人はこの中にいる――という、クローズドサークルのお手本のような状況に、あの孤島もなっていたと思われる。まさか、送ってきてくれた管理人が、島に戻ってくるなんて思いもしないだろう。


「嵐が起きたのも、あなたにとって追い風になりましたよね? 嵐のおかげで、あの島はまさしく孤島となった。外部からの干渉を受けられない、孤立した場所となってしまったんだ。まさか、それ以前に部外者が上陸しているなんて、誰も思わなかったでしょう」


 急に管理人が手を叩いて笑い出した。周囲のお客も、何事かと視線を向けてくる。


「あっはっはっは! 面白いジョークだね。それで、俺が君達に気づかれないように殺人を犯して回ったわけか。だとしたら、俺には才能があるのかもしれない。なんせ、君達の誰からも姿を見られなかったのだから」


「それは、あらかじめ盗聴器を仕掛け、俺達の動きを逐一チェックしていたからでしょう? あの島はあなたの持ち物だし、俺達がやってくる前に島にきて、あらかじめ盗聴器を仕掛けておくことくらいできるでしょうよ」


 安楽が反論すると、その表情から笑顔が消える管理人。サングラスをかけていても、その下の表情が無であることが分かる。


「どうやら、なにがあっても俺を殺人犯にしたいみたいだな」


 普段は尻込みしがちな安楽であるが、なぜか犯人と直接対決となると妙に強気になる。管理人の脅しとも解釈できる言葉に、安楽はさらりと返す。


「えぇ、だってあなたが犯人ですから。それを前提に、あなたの動きを追いかけてみましょうか?」


 安楽はそこで言葉を区切ると、大きく深呼吸をする。やはり、彼にとって今の状況は負担でしかないのだ。仕方がなく解決しようとしているだけで、内心ではやめたくて仕方がないに違いない。


「まず、俺達が島にやってくることを知ったあなたは、今回の計画の下準備として、別荘に盗聴器を仕掛けて回った。島は携帯電話の電波は飛んでいないけど、代わりに盗聴器の電波は飛び交っていたわけだね。後は、北側に接岸できるように桟橋を作ったのかも。それとも、断崖絶壁ってのが嘘で、簡単に接岸できる地形だったのかもしれない。この辺りは島の持ち主だから、どうとでもできたでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る