この際、誰が探偵をやってもいい
この際、誰が探偵をやってもいい 1
【1】
事件は終わりを迎えようとしている。それを察知したかのごとく、さっきまで轟々と吹き荒れていた風は落ち着き、雨も小降りになっている。
「悪いね。急にみんなを呼び出したりして」
集まった一同の顔を見回しつつ、榎本が言う。
「ねぇ、イッ君。本当に彼に任せて大丈夫なの? イッ君にはイッ君なりの考えがあったりすんじゃない?」
蘭が小声で問うと、一同の中の1人となってしまっていた安楽が振り向く。
「一応、事件に関する俺の見解みたいなものはある。多分、あの人が犯人なんだろうなぁ……とか、あの事件はあぁなんだろうなぁ――なんて漠然としたものだけどね。ただ、その考えが彼と同じならなんの問題もない。別に誰が探偵をやっても同じだよ。真実はいつもひとつって、偉そうな眼鏡の小学生も言ってただろ? 世の中のことも大して知らんくせに」
このような場面においても、どうして彼は一言余計なのだろうか。どこかひねくれた偏見をミステリに対してだけ発揮するのは、やめたほうがいいと思う。
「それに、いざ犯人が最後の悪足掻きに出た場合、そのヘイトが探偵のほうに向く場合がある。だから、ここは大人しく彼の推理を聞くべきなんだよ。間違っていたら訂正するかもしれないけど」
安楽の人任せな考えに、蘭は呆れて溜め息も出ない。例えジンクスだとしても、安楽と蘭が旅行に参加したことで事件が起きてしまったのだ。もし、犯人が分からない。真相もいまいち分からないというのならば、他人任せになっても仕方がないのかもしれないが、安楽は安楽で答えにはたどり着いているらしい。だったら、榎本を押し退けてでも、探偵という役割は安楽がすべきだったのではないかと思う。
「そこの2人も、話を続けさせてもらっていいだろうか」
できる限り小声でやり取りしていたつもりだったが、それが悪目立ちしてしまったらしい。榎本は咳払いをひとつ。
「あぁ、続けて欲しい」
安楽が言うと、改めてもう一度咳払いをしてから「さて……」と切り出す榎本。
「これまでみんな不安を抱えて過ごしてきたと思う。でも、もう心配はいらない。あくまでも仮説に過ぎないが、犯人が分かったんだ。最初の事件から順を追って話していこうと思う」
麗里が殺害された事件から始まった惨劇。榎本の言葉に、自然と互いの顔色を伺う。この一連の事件の犯人が、この中にいるというのか。
「まず、第一の事件。あの時は男性陣と女性陣で別れて作業をしていた。まぁ、男性陣に御幸さんが加わってはいたが、それぞれアリバイがある状態だったんだ。そして、そこから1人で抜け出した神楽坂が、何者かによって殺害された」
第一の事件。あの時は麗里を除く全員にアリバイがあった。だからこそ不可能犯罪というか、誰にも実行できなかった事件ということになる。
「確かに、俺達全員にアリバイがあった。そこで、俺も考えたんだが――もしかして、自動的に彼女を殺すような罠が、あのリネン室には仕組まれていたんじゃないだろうか?」
榎本ばかりに格好はつけさせまいとばかりに、菱田が意見をする。それに頷きつつも、しかし最終的には否定する形になる榎本。
「ナタに結び付けられたピアノ線、その先は建て付けの緩い扉に繋がっていた。挙句の果てに、扉は嵐のせいで勝手に開くようになっていた。これらの条件だけを見ると、ピアノ線と勝手に開いてしまう扉を利用して、何かしらの仕掛けが作れるように思えてしまう。でも、よくよく考えてみると、これらにはいくつかの条件が必要になってくる。第一に、扉の建て付けの問題。もし、立て付けの悪い扉を動力にするのであれば、犯人は事前に勝手口の扉の建て付けが悪いことを知っておく必要があった。それに加えて、天候は必ず嵐で風が吹いていなければならない。これらの条件を満たすのは、普通に考えて難しいんじゃないだろうか? あまりにもご都合主義だと思うんだ」
勝手口の扉の建て付けが悪かったのも、風が吹き荒れる嵐となったのも、たまたまの偶然であって必然ではなかった。それを頼りに自動的に人を殺す装置なんて作れるわけがない。
「じゃあ、ナタに意味深に結びつけられていたピアノ線は――。あれこそ、犯人がなにかしらをした証拠になるんじゃないの?」
そこで口を挟んだのは真美子だった。
「そう思わせることが犯人の狙いだったとしたら? アリバイのある人間が、なにかしらの仕掛けを施して神楽坂を殺した。そう思い込ませるために、意味ありげにピアノ線でナタと勝手口を繋いだんだとしたら?」
人間は意味のないことを嫌う。だから、そこに意味をつけたがる。特に、人が殺された現場に残された意味深な痕跡には、なにかしらの意味を見出したくなるだろう。
「ここに集まるのは、ミス研の人間ばかり。それくらいは事前に知ることができたはずだ。だから、あそこで、それっぽい小道具……ピアノ線や建て付けの悪い扉を見た時点で、なにかしらの仕掛けがあると勘ぐってしまったわけか」
菱田がぽつりと漏らすと、榎本が力強く頷いた。
「えっと、私達全員にはアリバイがあった。でも、仕掛けなどを施して、麗里が遠隔で殺害されたわけではない。となると――結局、私達には誰一人として麗里を殺せなかったってことにならない?」
状況を整理したいのか、妙に口調がゆっくりな真美子。隣にいる香純は真美子に合わせて頷くだけだ。ここに来てから、ほとんど言葉を交わしていないし、本人も言葉を発していないのではないか。いや、そんなことはないのだろうが、それくらいに香純の影が薄く思えた。
「いるじゃないか……たった1人だけ」
榎本はここぞとばかりに言葉を漏らし、そして何事もなかったかのように「さてと」と話を次に移した。
「可能性という意味なら、1人だけじゃないと思うけどなぁ」
近くにいる蘭にしか聞こえないくらいの声で呟く安楽。
「……言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ」
まるで蘭に代弁を頼んでいるようなら態度に、思わず声を荒げてしまった蘭。榎本が咳払いをしたことにより、なんとなく話が流れてしまった。
「それじゃあ、第二の事件について考えてみようか。現場となったのは――加能亜純さんの部屋だった。扉は内側から施錠されており、窓にいたっては鍵がかかっていたことに加えて、さらにその外から板が打ち付けられていた。考えるまでもなく密室だったわけだ。この、一見して不可能に見える犯行なんだが、ある人物からすれば、さほど密室を作り上げること自体は難しくなかったはずなんだ。そして、その人物は、第一の事件で神楽坂を殺害できた人物と同一人物ということになる」
榎本の中ではすでに事件が完結してしまっているのだろう。こちらの理解が追いつく前に、次へ次へと進まれてしまうものだから、頭がこんがらがってきた。
「ちょっと待って。密室を作り上げるのは難しくない――なんて言うけど、だったら実際、どうやって密室を作り上げたの?」
英梨の反論は、おおよそ想定の範囲だったのであろう。眼鏡のブリッジを指で押し上げると、榎本は言い放った。
「そんなの簡単さ。犯人は部屋が密室となる前から部屋の中に潜んでいただけなんだ」
自信有りげに放たれた榎本の決定打であったが、ある意味それは拍子抜けの推理だった。
「ここの各部屋は、中からツマミを回して鍵をかけるタイプで、外から鍵をかける手段はない。部屋割りを決めて、それぞれが部屋に向かった時、当たり前だけど部屋の鍵は開いていたはずだ。だから、それ以前に部屋に入り、潜むことは充分に可能だ。後は目的の相手――加能さんを殺害すれば、密室殺人現場のできあがりだ」
そこですかさず手を挙げたのは菱田だった。安楽は首を傾げたりはするものの、基本的に榎本の推測を黙って聞くスタイルを貫いている。
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