7
「細川君が部屋にいなくて――今、手分けして探しているんだけど」
蘭が返すと、安楽の顔が険しくなった。
「手分けってのは良くない! ゾンビ映画でも、ようやく人と合流できたのに、どうしても効率を重視して手分けをしようとするだろ? その結果、何人か死ぬんだよ! やっぱりこういう時に手分けは良くないな!」
手分けをして効率を重視することは決して悪いことではないだろう。その結果、ゾンビ映画などではろくな結果にならないだけであって、そのあるあるを現実世界に引っ張り出すのは無理がある。
「それで、私達はどこを探せばいいの?」
真美子と香純のほうが、よほど安楽より協力的なのではないだろうか。さて、そもそもそ協力してもらうとして、どこを探してもらえばいいのか。まさか、いきなり外に出ろとは言えない。どうしたものかと思っていたら、菱田達もやってきた。
「安楽君! 俺達は外を探すぞ! 確か、地下室にまだ予備の雨合羽があったはずだから、申し訳ないけど女性陣から2人ほど、俺達に同行して欲しいんだ。榎本君は中を探すほうに残ってくれ!」
部屋を一通り調べ終えたが、どこにもいなかったのであろう。エントランスに飛び込んでくるなり、細かい指示を飛ばしてくる菱田。中に男性を残さないわけにもいかないから、その役割を榎本に任せるのであろう。その代わり、女性陣から2名を選出し、そして外を探すらしい。これには、お互いに様子を伺いあってしまう蘭達。仕方があるまい――このような状況を招いてしまった責任の一端は自分にもある。
「私、外に行くよ」
蘭はそう言って手を挙げたが、稲光が差し込んだせいでひるんでしまう。この嵐の中、外に出て細川を探す。もちろん、外に出られないという天候ではないが、やはり嫌なものは嫌だ。ふと、台風が来た時に、中継で今にも飛ばされそうなキャスターの姿を見て、自分が安全な場所にいることを実感したことを思い出す。そのキャスター側に蘭はなろうとしているわけだ。
「蘭がやるって言うなら、私がやらないわけにはいかないよね」
たかだか歳がひとつ上というだけで、急にお姉さん風を吹かせてくる英梨。彼女だって外に出るのは嫌だろうに、蘭に続いて立候補する。それを見ていた真美子と香純は「うちらも外に出るべきじゃない?」との言葉を交わす。外と中で綺麗に大学が分かれてしまうから、さすがにこちらの負担が大きくなってしまうと考えたのかもしれない。もはや、どの大学がどう――なんて話ではないと思うのだが。
「借りを作るとか、貸しを作るとか、普段の大学生活にありがちな考えからは離れたほうがいい。今はとにかく、彼が無事に見つかればいい。外に探しに出るから偉いわけじゃないし、中に残るから楽というわけでもない。俺達は今チームで動いているんだから」
ここにきて、ようやく彼本来のリーダーシップを発揮する菱田。前からそうだが、このような時に他人を励ましたり、勇気づけたりするのは本当に上手いと思う。それ以前にワンマンになってしまう時があるから上手くいかないのだが。
「だったら、私達は雨具をとってくるよ。地下室って、螺旋階段の下にあるんだよね?」
菱田の言葉により、真美子達はやるべきことの方向性をシフトチェンジ。どうやら、中で自分達ができることを見つけたらしい。となると、必然的に外に出るのは蘭と英梨ということになるのか。自然と溜め息が出てしまった。
真美子と香純が廊下のほうへと姿を消すと、雨合羽姿の菱田が言う。安楽はいまだに手間取っているらしく、合羽のズボンが履けていない。
「外に出たらチームを組む。俺と天野、安楽君と御幸でそれぞれ1チームだ。壁に沿って、時計回りと反時計周りで周囲を探して回るぞ」
外に出るといっても、探すのはせいぜい建物の周囲程度になるのだろう。むろん、それでも見つからなければ、探索する範囲を広める必要がある。ここから波止場に向かう道、全く縁がなくなってしまったビーチへの道と、海の荒れ具合によってはビーチまで探しに出たほうがいいかもしれない。島の北側に広がる山々の中までは、さすがに探索できないだろうが。
「改めて考えてみると、私達この島のことあんまり知らないよね……」
ぽつりと呟くと、英梨が外の荒れ具合に溜め息。
「この嵐が全部を台無しにしてくれたからねぇ」
あえて、殺人事件が……とは言わない辺り、英梨なりに気を遣ってくれているのだろう。確かに、嵐のせいでビーチでのバカンスは潰れてしまった。けれども嵐だけで済んでくれたら、もっと有意義で楽しい旅行になったのだろう。その時はその時で、外に出られないことや、ビーチで遊べないことをなげいていたのであろうが。
ふと、一瞬時が止まったかのごとく、激しい雷鳴が差し込んだ。ほんの一瞬の間を置いて、轟音が辺りに響く。これまででもっとも大きい雷だったのかもしれない。その轟音の中、蘭は聞いたような気がした。そう、それは女の悲鳴。
「……今、何か聞こえたような気がする」
まだズボンを履くことに奮闘していた安楽が動きを止める。菱田も宙に視線をやりながら呟いた。
「どうやら、俺の聞き間違いじゃないらしいな。しかも1人の悲鳴じゃなかった」
蘭達は互いにアイコンを取る。真っ先に動いたのは、中に残る予定でこの場にとどまっていた榎本だった。それに続いて蘭達も駆け出す。
「雷に驚いての悲鳴くらいだったら可愛いんだが……」
榎本と並んだ菱田が言うと、榎本が首を横に振る。
「残念ながら、あの2人はもう少し肝が据わっているよ」
エントランスにいたのは安楽、菱田、榎本、蘭、英梨の5人。エントランスを離れて地下室に向かったのが真美子と香純の2人。この状況で蘭達が聞いた悲鳴。その発信源は、真美子と香純以外に考えられない。
地下室の入り口までたどり着いたのであるが、階段はせいぜい1人が通れる程度の広さしかない。ゆえに、降りる前に菱田が中に声をかける。
「おーい! なにかあったのか?」
菱田の声が地下室で反響して返ってくる。まるでこだまのように反響する声の中に、慌てた様子の声が混じった。
「ちょ、ちょっと降りてきて! これ、やばいって!」
この時点で、蘭よりも警戒度が上がっていた安楽。なにかを察知したのか、菱田を押し退けるような形で地下に降りていく。一度地下には降りたことがあるのだが、かなり狭かったはず。これだけの人数が降りるとなると容易ではない。安楽と入れ替わる形で真美子と香純が出てきたのを見て、今度は菱田と榎本が地下へと降りた。真美子と香純は顔面蒼白で、香純にいたっては両腕をさすりながら震えてさえいる。今にも泣きそうな表情だ。
「細川……多分、死んでる」
真美子がぽつりと漏らした。この言葉がなかば予測できていたことに、蘭は大きく溜め息を漏らした。もうこれ以上、犠牲は出て欲しくない。犠牲が出れば出るほど、安楽を連れてきた責任を感じてしまうから。一刻も早く、この事件を解決してしまわねば。しかし、事件を解決するだけの知識もなければ頭脳もない。こういう時に頼るべきは――やはり安楽しかいない。
「頭を殴られたんだと思う。血が出てた。私達が何度呼びかけても返事はなかったから――」
声を震わせる香純。このほんの数日で、親しかった人間が次々と殺されたのだ。その精神的ストレスと恐怖はかなりのものであろう。
一体、誰がなんのために、こうも人を殺すのであろうか。そして、自分達は無事に帰ることができるのであろうか。
蘭の不安をさらに際立たせるかのごとく、轟音が血を這っては、地下へと降りていった。
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