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「なんであの子があんな目に遭わなきゃいけなかったのかな――」


 ややうつむきながら英梨がぽつりと呟いた。安楽は宙に視線をやると「それもそうなんだよなぁ」と漏らし、さらに続けた。


「殺害された神楽坂さんと加能さんは別々の大学だった。ちなみになんだが、これまでお互いのミス研同士にどれくらいの交流があったんだ?」


 安楽が気にしたのは動機の件だろう。蘭は自然と英梨のほうに視線をやる。なぜなら少なくとも蘭は、今日を迎えるまで、あちらのミス研の人達とは面識がなかったからだ。もしあらかじめ交流があるとしたら、歳上の英梨や菱田くらいしかいないだろう。


「――元々、ネットのSNS繋がりってだけなんだよね。相互してるだけみたいな」


「それで、そんな稀薄な関係だった両ミス研が、なぜ一緒にこんなところで合宿を?」


 間髪入れずに問う安楽。彼は完全に部外者であるから、当然ながらここまでにいたる事情を知らない。もっとも、蘭とて同じだったりする。ただ、菱田からそのような話をもらって、二つ返事でオーケーしたのだった。まさか、準備に色々と手間取るとは思ってもみなかったが。


「実際にやり取りをしたのは菱田だから、その経緯は良く分からないけど、提案をしてきたのは安曇野大学のほうだったみたい。なんでも、毎年この時期になると、管理人さんに誘われて遊びに来ているとかで」


 英梨の言葉にやや考え込むような仕草を見せつつ、安楽はふと顔を上げる。


「大学生にしては、随分と派手な遊び方だね。たまにはいいかもしれないけど、毎年ともなると、交通費だけでも馬鹿にならないだろうに」


 確かに、安楽本人には言っていないが、ここにいたるまでの交通費はかなりかかってしまった。安楽を同行させるために蘭が負担すると言ってしまったわけだが、今でもおおいに後悔をしている。確かに、数年に一度程度ならば問題ないが、毎年となると厳しい。やはり医大に通うような人達は、家もまたそれなりに裕福なのだろうか。まぁ、この辺りは蘭の偏見になってしまうが。


「とにかく、今回の一件について、お互いの大学はほぼ初対面だったということか」


 それは、なんとなく安楽も空気で分かっていたことだろう。互いに妙によそよそしいというか、どう考えても互いのことを知っている仲――という風には見えなかっただろうから。事実、お互いにほぼ初対面であることは確かだ。


「そういうことになるね……」


 英梨の答えに、安楽は分かりやすく「うーん」と唸ってみせる。


「だとしたら、犯人の動機はなんなんだ? 最初に殺害されたのは神楽坂さん。安曇野大学側の人間。そして次に殺されたのが加能さん。蘭と同じ大学の人間。お互いの大学のミス研はSNSで繋がっている程度で、面識はなかった。だとしたら、なぜ面識のない2人が立て続けに殺されなければならなかったんだ?」


 言われてみればその通りである。もちろん、中には無差別で殺人を犯すような人もいるだろう。しかし、もしそのような猟奇的な思考を持っている人間がいたとして、わざわざこんな孤島で殺人を繰り返すだろうか。ただ人を殺したいのであれば、疑いがかけられる心配の薄い、まるで見知らぬ人を、通り魔的に殺害したほうが良さそうだが。


「蘭、もしかして、このメンバーの中に、生き別れの兄弟がいる人とかいないだろうね? 確率的には低いけど、ミステリの動機としては良く見るから」


 あぁ、またちょっと変な方向にスイッチが入ってしまっている。こればかりは仕方がないのかもしれないが、いちいち脱線されていたらたまらない。


「いや、イッ君がどうしても気になるなら、榎本さん達にも聞いてみるけど」


 少なくとも、こちらの大学側に、そんな経歴を持っている人はいない。むろん、蘭の知る限りということになってはしまうが、さすがにそれはないだろう。


「あぁ、あとでいいから頼む。さて、動機については後に回すとして、第二の事件で解決しておくべき問題がある」


 安楽はそう言うと「部屋は同じ構造のようだから、蘭の部屋で話そう」と、リネン室を後にする。いくら幼馴染とはいえ、そして間借りしている部屋だとはいえ、乙女の部屋に入ろうとするとは何事か。


「……密室よね?」


 廊下に出るなり英梨が問い、安楽は満足そうに頷いてみせた。


「ご名答。状況的に見てみれば分かるんだが、あの部屋は間違いなく密室だったんだ。まぁ、余計な前提が加わってくれたから、結果的に密室になっただけだろうけど」


 断りもなにもなく、当たり前のように部屋へと入ろうとする安楽。地下にもっとも近い部屋だから覚えやすいというのもあるのだろう。それにしたって、検証の場として使っていいなんて言っていないし、断りくらい入れて欲しいものだ。


「まず、前提から。菱田さんの提案で、事件が起きる前に俺は彼と部屋の窓の外側に板を打ち付ける作業を行った。手分けして回るのも危険だったから、2人で一緒に作業したんだ。その時、間違いなく現場となった部屋の板も打ち付けた。俺自身が打ち付けたんだから間違いない。そして、彼女の様子を見に行くために部屋の外に向かった時は、確かに板は打ち付けられたままだった。それにくわえて窓には内側から鍵がかかっていたんだ。つまり、外から部屋に出入りすることは不可能だ」


 随分と回りくどい言い方になっているが、すなわち窓の鍵が内側からかかっていたのであれば、外から部屋に侵入することは不可能だったことになる。


「そして、部屋には鍵がかかっていた。こいつは部屋の中からツマミを回して施錠するタイプのものだ」


 当たり前にことを安楽は言っただけ。でも、思わず蘭は口にする。


「窓と扉には鍵がかかっていた。だとしたらどうやって犯人は部屋の外に出たの?」


 あまりにもテンプレートな密室に、つくづく安楽の巻き込まれ体質を心配する。なぜ、彼はこうも、ザ・ミステリと言っても過言ではない状況に巻き込まれてしまうのか。


「確かに密室の件も気にはなるが、それ以上に気になっていることがある。それは――どうして神楽坂さんの遺体が部屋に移されていたかだ。犯人には、わざわざ神楽坂さんの遺体を部屋に運び、しかも加能さんの遺体と同様にバラバラにする必要があった。一体なぜだ? なぜ、そんなことをする必要がある?」


 安楽は部屋のツマミを眺めつつ、そしてベッドのほうを一瞥する。ベッドの上には、残念ながら蘭の荷物が散乱していた。正直、あんまり散らかっていても気にはならない。


「いや、待てよ。可能性としては――それもあり得るか。そう考えると、一応筋は通ってしまうけど。それも考慮して考えてみるべきなのかもしれない」


 安楽は自分で自分を納得させるかのごとく呟き落とすと、英梨と蘭のほうへと向き直る。


「一度、みんなのところに戻ろうか。ちょっと確認しておくべき事柄が出てきた。みんなにも意見を聞きたいし、それに……こんな時でも腹が減るから困るな」


 人というのは単純なもので、そう言われてみると急にお腹が空いたように思えるから不思議だ。英梨と顔を見合わせると「彼の言う通りだね」と英梨。


 安楽と共に部屋を後にすると、食堂へと向かう。菱田の提案により、蘭達を除く全員が食堂で待機しているはず。なにやら雲行きが怪しくなってきたのは、エントランスに出た時のことだった。

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