5
【3】
風の音。風が窓を覆った板を叩く音。定期的に繰り返されるそれが、風が窓を叩く音ではないことに気づいた蘭は、ゆっくりと瞳を開ける。見たことのない天井。そこが別荘の客室であることに気づくのには、そこまで時間はかからなかった。自然と枕元に置いてあった腕時計に視線をやる。午前3時。まだ外は暗いし、起きるには少し早い。
中途半端に寝たせいか、妙に頭がぼんやりとしている。思考がまとまらず、思わず二度寝をしそうになってしまった。それでも、定期的に響くノックの音が、辛うじて蘭をベッドから引きずり落とした。
「はーい、こんな時間にどうしたの?」
まだ夢の中に半分足を突っ込んだままだった蘭は、眠い目をこすりながら扉のほうへと向かう。化粧は完全に落としており、俗にいうすっぴんだった。しかし、それすらも気にならないほど、眠気のほうが勝っていた。
「ごめんね、こんな時間に……」
相手を確認する前に、無意識で鍵を開けようとしていた自分に気づかされる。扉の向こう側からした声は聞き覚えのあるもの。英梨だった。
「どうしました? 怖くて眠れないとか?」
この時の蘭には、まだ冗談を言える余力があった。扉の向こう側が英梨だということもあり、なんの疑いもなく鍵を開ける。扉を開けると、そこには英梨だけではなく、真美子の姿もあった。派手目な化粧がなりを潜めていたから、一瞬誰かと思ったが。珍しい組み合わせというか、別々の大学の英梨と真美子がセットになっているというのは、なんだか違和感があった。
「いや、その――ちょっと隣の部屋から変な音が聞こえてさ。ね?」
真美子の言葉に英梨が頷く。
「えっと……2人の隣の部屋って」
正直なところ、他人の部屋割りまで把握していない。なんとなく、英梨が角部屋ということを覚えているくらいだ。
「亜純。さっき、なんか変な音が聞こえたっていうか、なんだか争っている音? とにかく、妙な音がずっと聞こえていて、それで、どうしようかと思っていたら、こちらの方と廊下でばったり会って」
呼び方がよそよそしいことから、おそらく英梨は真美子の名前すら、しっかりと把握できていないらしい。ますます、夜中に揃って起こしにくるには不自然な組み合わせだ。
「私、中々寝付けなくてさ。やっとうとうとし始めたと思ったら、隣から変な音がし始めたんだよね。それで、直接部屋に声をかけに行くにしても、私は彼女とあまり面識ないし、どうしようって廊下に出てみたら、たまたま一緒になって――」
英梨と真美子が聞いた奇妙な音。英梨は争うような音と表現し、真美子は変な音と表現した。とにかく、両者共奇妙な音を聞いたということか。それも、2人の部屋に挟まれた亜純の部屋から。
「一応、私達で部屋の中に声をかけてみたんだけど、返事もないし……かといって、あんなことがあったあとだから気になってさ。どうしたもんかなって思って」
なるほど、つまりは道連れということか。なにが起きているのかは確認したいが、しかし2人だと心もとない。だから、こんな時間に起こしにきたわけだ。
「分かった。それじゃ、私も一緒に行く」
すでに麗里が何者かに殺害されているから、本当ならば廊下に出るのだって警戒したほうがいいだろう。その辺に気が回らないのは、やはり寝ぼけているからだろうか。
「――いっそのこと、彼女も道連れにしちゃおうか」
こうなってしまったら、全員を起こしてやろう。女子特有の道連れ根性が顔を覗かせる。蘭は相談もせずに香純の部屋の前に向かうとノックする。しばらくすると、先ほどの蘭と同じように、眠そうな目を擦りながら香純が出てきた。時間が時間だし、みんなぐっすり眠っていたようだ。
「どうしたの? みんな揃って」
「実は……」
香純にも事情を説明する。香純はすっぴんを見せたくないということで、一度部屋に引っ込もうとしたが、しかし時間が時間であるし、男性陣を起こすわけでもないからと、部屋から引っ張り出した。
女子4人。亜純の部屋の前に集まる。誰がノックするのか。互いに無言の牽制があったのであるが、最終的に蘭がノックをする流れになった。同じ大学だし、同い年だし――という理由で
「おーい、夜分遅くごめんねぇ」
そもそも、この部屋で異音がしたからこそ、こんな時間に起こされることになってしまったわけだが、表向きだけでも気を遣う蘭。しかし、部屋の中から返事はない。
ふと、外が明るくなったと思ったら、大きな轟音が地を這った。雷だ。思わず4人揃って悲鳴を上げるが、それでも亜純は反応しない。一応、ドアノブに手を伸ばしてみるが、鍵はしっかりとかかっているらしい。
雷鳴に驚いた4人の悲鳴は、安否を確認したい亜純ではなく、他の人間を起こしてしまったらしい。螺旋階段から菱田が顔を覗かせた。
「どうした? なにかあったのか?」
「あ、実はね――」
蘭達の元へとやって来た菱田に事情を説明すると、彼はすぐに動いた。亜純の身になにかあったら……という思いが、即行動力に変換されたのであろう。
菱田が亜純のことを気に入っているのは、なんとなくだが空気で察している。というか、菱田が分かりやすい性格のため、亜純本人も薄々気づいてはいるのだろう。
「加能さん。僕だ、菱田だよ。なにかあったのかい?」
扉を何度もノックしつつ、扉の中に向かって声をかける菱田。しかし、やはり返事はない。
「何事もなければ、それでいいんだけど」
異変を真っ先にキャッチした英梨と真美子からすれば、ちょっとしたプレッシャーではある。何事もなければ、それがもちろん一番だが、ここまで大事になってしまって、あとから問題ありませんでした――というのもどうかと思う。
「鍵はしっかりかかっているか……」
鍵がかかっていることを確認すると、菱田は食堂のほうへと向かい、外に出た時に脱ぎ捨てたままだったであろう雨合羽を着て戻ってきた。
「外に回り込んで中の様子を見てくるよ。女性の部屋を覗くような趣味はないが、打ち付けた板をはがせば中の様子くらいは確認できるだろう」
こんな時、探偵小説などでは、容赦なく体当たりで扉を破壊したりするが、現実はそうならないだろう。万が一にも、扉をわざわざ破ったというのに、何事もなかったら、謝るだけでは済まないだろうし。大体、体当たりごときで壊れる扉なんて、とんでもない手抜き建築なのではないか。
「何事もなければいいんだけど……」
待つことしばらく。慌てた様子の菱田が戻ってきた。そのまま蘭達の前を駆け抜けると、螺旋階段のほうに向かう。
「先輩、どうだったんですか?」
蘭の声に振り返った菱田の顔は、まさしく顔面蒼白だった。彼は螺旋階段を駆けのぼりつつ「大変なことになった。大変なことになった」と言葉を漏らす。
菱田が叩き起こしたのであろう。しばらくすると細川、榎本、そして安楽が螺旋階段をおりてくる。飛び降りんばかりの勢いで螺旋階段を駆けおりてきた菱田との温度差が激しかった。
「外から窓を割って入ったほうが早い! 裏手に釘抜きを置いてあるから、そいつで中に入ろう。安楽君!」
一体、何が起こっているのか。ろくな説明もせずに、安楽を引き連れて食堂のほうへと向かった菱田。起こされるだけ起こされて、おそらく置いてきぼりとなってしまったであろう細川と榎本は、事情を全く聞いていないのであろう。榎本が「一体、なにがどうなっているんだよ?」と苛立った様子で問うた。
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