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自分達以外いないはずの島で、まさか警戒を促されるようになるとは思わなかった。しかしながら、菱田の言っていることは間違いではない。事実、麗里は誰かに殺された。あれが自殺のようには、どう考えたって見えない。つまり、注意が必要だ。警戒するに越したことはない。
この別荘の客室には、ツマミ式の鍵がついていた。鍵穴はなく、あくまでも中からのみ施錠できるタイプだった。造りとしては心もとないが、施錠をしないよりかは遥かにマシだろう。
「――明日からどうする? 外は絶賛嵐だし、こんなことになっちゃったし」
英梨が菱田に問うた。間違いなくバカンスのつもりで島にやってきた一同。嵐は仕方がないとしても、まさかこんなことが起きてしまうなんて、誰が予測できたろうか。人が殺されている以上、切り替えて楽しもう……という気にはなれない。むしろ、明日から楽しもうなんてポジティブなことが言えるのは、人として欠如している部分があるとしか思えない。
「とりあえず時間が時間だし、朝の9時くらいに食堂に集まるようにしようか。今後のことは、その時に話し合おう。さすがにバカンスを楽しむなんて流れにはならないだろうけど」
菱田もほぼ蘭と同じ意見のようだ。ふと腕時計に視線を落とす。蘭の腕時計は、もうじき午後の9時半になろうとしていた。
「あのぉ、時間が時間って言ってるけど、今大体何時くらい?」
少しばかり恥ずかしそうに手を挙げたのは亜純だった。菱田はスマートフォンを取り出して「午後10時半だが」と返す。亜純は「じゃあ、明日は9時に集合ね」と、スマートフォンを取り出した。電波の届かないここでは、その機能がスケジュール帳などにしか活用されない。文明の利器を持っていながら、なんともアナログである。それよりも……。
「先輩、私と時間が1時間ずれてるみたいですけど――」
腕時計に改めて視線を落とすと、菱田はスマートフォンに視線を落としつつ「俺のは定期的に自動調整されるやつだから、時間を間違うことはないと思うけどな」と言った。蘭だって、時計を合わせたのはつい最近のことだが。首を傾げながら、時間を菱田に合わせた。
「……ちょっと地下室から酒とかを持って来たいから、誰か一緒に来てくれないか?」
菱田の音頭によって解散の流れになる最中、細川が提案する。菱田の視線に「部屋で酒を飲むくらいいいだろ?」と一言。本来ならば、この時間帯は交流会で酒でも飲み交わしていたはずだ。交流会自体は中止になってしまったが、個人が部屋で酒を飲む分には問題ないように思える。酒でも飲まないとやっていられないというか、それ以外の娯楽というものが見当たらない孤島において、事情が事情であっても、それくらいは許されるべきだ。
「あ、私も行きます」
地下室にはお酒もツマミも山ほどあった。蘭はそこまで酒を飲むわけではないが、毎日飲む程度には依存している。昨日は事情があって飲めなかったが、それだけでも酒に対する欲求が強く出ている。いや、こんな状況が、なおさらに飲酒欲求を強めているのだろう。
「だったら、僕も行こうかな」
「私も……」
考えることは誰でも同じなのだろう。見ず知らずの土地で起きてしまった殺人事件。しかも殺害されたのは見知った仲間内の人間だ。そして、犯人もまた仲間内にいる可能性が高い。このような状況で飲酒など危険極まりないが、しかし施錠をした部屋の中で、気絶するほど飲みすぎなければ、時として酒は良薬になるのではないか。結局のところ、ほとんどの人間が地下室に酒を取りに行くことになった。
「ねぇ、安楽君。私、多分怖くて眠れないから――」
それぞれ、部屋に持ち帰る分の酒を選んで抱える。安楽はついて来ただけのようで手ぶらだ。そこに亜純が猫撫で声を出す。それに気づいた蘭が視線を飛ばすと、亜純は言葉をひそめた。残念ながら「安楽君の部屋に行ってもいい?」という文言は、しっかりと耳に届いたのであるが。
「やめておいたほうがいいと思うよ。そいつ、馬鹿みたいにお酒弱いし、1杯でも飲もうものなら寝ゲロするから。その辺りも含めて考えたほうがいいと思う」
別に誰が安楽の部屋に遊びに行こうが勝手ではあるが、状況が状況なのだ。今日は大人しく部屋にいたほうがいい。それに、安楽が酒に弱いのは紛れもない事実だったはず。昼間の船酔いを見ているから、連想するのは簡単であろう。
「あ、だったら今日は遠慮しておこうかなぁ」
亜純も安楽の世話まではしたくないのであろう。他の人達がどうするつもりなのかは分からないが、しかし今日みたいな日は、それぞれ個室で過ごしたほうが確実に安全なのではないか。
「――別に誰かと一緒に飲みたければ、そうすればいいと思う。俺達は大人なんだし、それくらいの自己判断はできるだろ? もちろん、なにかがあったら自己責任だけどね」
安楽の部屋に亜純が行くのを諦めたことで、自分にもチャンスが回ってきたと思ったのか、それぞれの部屋で集まっての飲酒を否定しない菱田。極論から言ってしまえば、菱田の言葉に収束してしまう。誰かの部屋で集まって飲むのは結構だが、なにかがあった時は自己責任。新たなる犠牲者が出たとしても、その責任は当事者達にある。リーダーシップを発揮する菱田が認めたものの、しかし全員が大人しく部屋に戻ったようだった。少なくとも螺旋階段をのぼった女性陣はいなかったし、螺旋階段をのぼらなかった男性陣もいない。とりあえず蘭が確認できた時点での話にはなってしまうが。
一同はお酒などを自分の部屋に運び入れたのち、いまだにエントランスに置いたままだった各々の荷物を取りに向かった。疲れているせいか、誰も口を開こうとはしなかった。
「それじゃあ、おやすみなさい」
辛うじて声が出たのは、それぞれ自分の部屋へと戻ろうとする女性陣に向かって挨拶をした時のことだった。それぞれ「おやすみなさい」「また明日」などの返事が返ってきた。
部屋の中は思っていたよりも小綺麗だった。窓のそばに大きな鏡台があり、壁際にはベッドが設置されていた。一人部屋なのにシングルベットを2つ並べたダブルベットだ。布団らしきものが見当たらないから、おそらくベッドのマットレスに寝転がって寝ろという意味なのだと、やや捻くれた解釈をする。
まず部屋に入って、真っ先に扉のツマミを捻った。鍵がかかったことを確認する。荷物を部屋の片っ端に放ると、右手にある扉に向かう。
「――いかにもって感じね」
そこはユニットバスと呼ばれる形式のものだった。真正面に洗面台が置いてあり、右手にはトイレが、そして左手にはシャワールームがある。水回りをひとつにまとめることで合理的な設計ができるのかもしれないが、蘭はできることならば、トイレとお風呂は分けて欲しい派である。もちろん、それはもう叶わないが。
「確か、雨水を使ってるんだっけ――」
正直、シャワーを浴びることには抵抗があったのであるが、いざ蛇口をひねり、湯気のたつお湯が出てくるのを見ると衝動に駆られた。いざシャワーを浴びてみると、思いのほか悪くない。その日の疲れを洗い流すと、寝巻きに着替えてベッドに倒れ込み、サイドテーブルに置いたビールを開ける。それを一気に飲み干すと、改めて蘭はベッドで大の字になった。
こうして、激動の一日が終わっていくが、まだ蘭は知らない。翌日もまた、激動の一日となるということを。
ゆっくりと微睡に落ちていくる彼女に、知る由などなかったのである。
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