3

【2】


 安楽達が出て行ってからしばらく。残された蘭達は、とりあえず簡単な夕食をとることにした。本当なら安楽達のことを待って、全員で食べるべきなのであろうが、ここまでの移動などで疲れが見え隠れしている人間の姿が見られた。そして、えてして疲れている人間の口から出るは、決まって不満や愚痴だ。一部からお腹が空いたとか、シャワーを浴びたいとか、人が死んでいると思えないほど平常運転な愚痴が出た時、改めて日本は平和なのだなと思った。


 菱田のように断定してあおるつもりはないが、この中に麗里を殺した犯人がいるかもしれない――とか思わないのだろうか。それとも、自分は犯人に殺されることなどなく、当たり前のように日常と同じ時間が流れるとでも思っているのであろうか。良くも悪くも、いくつもの事件に安楽と共に巻き込まれてきた蘭は知っている。これまで無事だったのは、本当にたまたまであるということを。面白半分で安楽を連れてきてしまったことを、多少なりとも後悔している。


 人が死んでいることもあり、食事は残った人間全員が、自然と食堂に集まって食べることになった。別荘に備蓄していた食糧も、地下に向かえばあったのであるが、それぞれがクルーザーに乗り込む前に買い物をしており、そこからそれぞれ食料を捻出するような形になった。その結果、蘭はどこのメーカーかも、味さえも曖昧なインスタントヌードルを食すことになったのだが。酒類は各々の自由であるが、さすがに飲んで騒ぐなんて雰囲気ではなく、どちらかといえばお通夜のごとく、厳かに時間だけが過ぎていった。


 みんな疲弊していた。といっても、ここに来て特別何かをしたわけではないし、菱田と安楽のように、嵐の対策をして回っているわけでもない。ただ、日常に死体という非日常が混じっただけなのに、変に気疲れしている。今日はさっさと寝てしまいたいというのが本音ではないだろうか。


 げっそりとした様子の安楽を連れ、かろうじて真っ暗になる前に菱田が戻ってきた。2人で行動を共にしていたということもあり、2人共無事だった。まぁ、彼らを除く全員が食堂に集まっていたのだから、当然といえば当然なのであるが。


「とりあえず1階の目に着く窓は全部外から板を打ち付けてきた。客室の2階を使う人間は、仕方がないから我慢してくれ。男達が必然的に2階の部屋を使う形になるな」


 食堂に入ってくるや否や、雨合羽を抜き捨てながら指示を出してくる菱田に、外に出る出ないで揉めていた細川が、明らかに嫌そうな顔をする。


「なんだよ。自分でやるって言い出したにしては、中途半端な仕事をしたんだな」


 自分は外にも出ず、買ってきたパンとお菓子をむさぼっていただけだというのに、菱田に対してきつく当たる細川。菱田が反論したげに足を前に踏み出すが、それを安楽が制して細川に説明した。


「みんなが思っている以上に嵐が酷い。立っているだけでも厳しいくらいなのに、とてもじゃないがハシゴを使って2階の窓を塞ぐことは危なくてできない。とりあえず1階の窓全部と、リネン室の勝手口には板を打ち付けてきたよ」


 雨に濡れた2人を見てか、英梨がキッチンのほうに引っ込んだ。おそらくだが、蘭から見てもデキる女の英梨は、菱田と安楽に暖かいスープでも振る舞うのであろう。


「え? なんでリネン室まで?」


 嵐の対策として、窓に板を打ち付けるのは分かる。しかし、勝手口となるリネン室の扉にまで板を打ち付けるとは何事だろうか。空いていた端っこの椅子に座ると、菱田が答える。


「あそこの扉は建て付けが緩いみたいでな。俺と安楽君が行った時、扉が開いていて、風にあおられていたんだよ。ちょうど外開きの扉みたいだったし、そのまま壁と扉とで打ち付けてきたんだ」


 確か、一同が麗里の死体を発見した時も、扉は開いたままで風にあおられていた。その原因は、どうやら建て付けの緩さにあるようだ。


「あの菱田さん、それって1日に1本しか吸わないとか、変な習慣ないよね?」


 煙草を取り出して火を点けようとしていた菱田を見て、隣に座った安楽が問うた。


「いや、確かに1箱あれば数日はもつけど、さすがに1日1本はないかな」


 菱田が苦笑いを浮かべつつ返すと、安楽は安心したかのように「えぇ、是非1日に何本でも吸ってください。島田潔しまだきよしじゃあるまいし、縁起悪いですから」と、人名らしきものを口にした。誰だ島田潔って。


「それで、お疲れのところ申し訳ないけど、部屋割りはどうしようか? 今日はもう、みんな休みたいと思うんだけど」


 案の定、インスタントであろうがスープを菱田と安楽のところに持っていく英梨。亜純が先を越されたといった表情を浮かべた辺り、どうやら安楽を狙っているというのは冗談でもなんでもないようだ。


「客室は全部で10室あるみたいだ。1階が5室、そして2階が5室だ。現在、女性陣が5人で男性陣が4人だから、とりあえず女性陣全員に1階の部屋をあてがうことができる」


 いつの間に調べたのかは不明だが、榎本が部屋の数を調べて回っていたらしい。もしかすると、事件が起きる前に調べて回っていたのかもしれない。簡単にだが、みんなと別荘の中を見て回っていたわけだし。


「じゃあ、細かい部屋割りは女性陣で振り分けてくれ。男性陣も別にこだわりがなければ、適当に部屋を割り振ってしまおう」


 1階の部屋は窓が板で打ちつけられているため、強風によって窓が割れたりすることはない。2階の部屋との差はそれだけであるが、ここはまず間違いなく男性陣が譲るべきだろう。こういう時、女で良かったと蘭は良く思う。


「ねぇ、部屋割りどうしよう……」


 亜純が心配そうな表情で聞いてくる。現状、男性陣では菱田がリーダーシップを発揮しているが、女性陣にはそのポジションの者がいない。自然と年が上の英梨がそこに落ち着くだろうと思ったのであるが、どうやらそうではないらしい。


「私はどこでもいいんだけど……。なんとなくリネン室に近い部屋は嫌だなぁ」


 亜純も同意見だったようで「私も、それは避けたいんだよねぇ」と一言。そこに蘭はは


「あっちの大学の人達がどう考えているか分からないけど、こっちの要求は伝えてみようか」


 部屋割りについて話し合いたかったのは、蘭と亜純だけではなかったようで、自然と少し離れたところにいた真美子と香純の両人と目があった。


「あの、部屋割りの件、今決めちゃわない?」


 こちらが声をかけるよりも先に真美子のほうから声をかけられた。そのやり取りを見ていたのか、英梨が「あ、部屋割り決めちゃう?」と駆け寄ってきた。男性陣も菱田を中心に部屋割りを決めているようだった。


 話し合い――いや、厳選なるじゃんけんの結果、英梨がエントランス側の角部屋、その隣が亜純、真ん中……リネン室の向かいの部屋は真美子が使うことになった。こればかりはじゃんけんの結果であるがゆえに仕方がない。その隣には香純、そして螺旋階段の近くが蘭ということになった。地下室で発電機の駆動音を聞いている蘭からすれば、地下室にもっとも近いであろう部屋は、もはや完全にハズレの部屋だった。それでも、リネン室の真ん前よりかはマシだ。じゃんけんの神は蘭には微笑まなかったが、軽く嘲笑あざわらいはしてくれたようだ。


 男性陣も部屋割りが決まったらしく、もう夕食を終えていたこともあって、自然と各自の部屋に戻る流れになった。そこで、菱田が手を叩いて一同の注目を集めた。


「聞いてくれ。みんなで一通り辺りを調べて回った時に気づいた人もいるだろうけど、各部屋は中から鍵をかけることができるようになっている。今夜は念のために鍵をかけて寝るようにしてくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る