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【2】


 上陸してからしばらくすると、空が明らかに怪しくなってきた。木が鬱蒼と生い茂った森を抜けて別荘へとたどり着いた頃には、雨が辺り始め、風が出てきていた。時間や距離を計ったわけではないが、おそらく1キロ程度は歩いただろう。山へ続く道は鬱蒼と木が生い茂っているイメージが強かったのであるが、まさか別荘に向かう道中も木々のトンネルをくぐることになるとは思わなかった。島の全体像は見えていないが、どうやら島全体が森に覆われているようだった。山の麓に佇む形になる別荘もまた、森の中に建っている印象が強い。別荘の周囲は森が拓けていたのだが。


 別荘に到着した一同は、玄関をエントランスに置いたまま、手分けして別荘の中を見て回った。エントランスは吹き抜けになっており、一角にはソファーやテーブルが置いてある。そこには本格的な暖炉や、最近の型であろうテレビが置いてあった。察するに、そこがみんなで集まる談話室のような役割をするのだろう。天候も天候だったから、海に行こうと言い出す者はいなかった。


 エントランスから入って真向かいに扉があり、そこを開くと大食堂となっていた。キッチンも併設されていたこともあり、そこが交流会の会場となるのは自然の流れだった。食糧や飲み物はあらかじめ別荘のストッカーに揃えてあるとのことで、そちらに向かうことにした。本当は荷物をさっさと自室に運んで、昼寝でもしたいところなのであるが、そうはいかない理由があった。理由はいたってシンプル。夜までに発電機を動かす必要があったからだ。


 絶海の孤島ともなれば、インフラなんてほとんど揃っていないだろう。電気もきていなければ、水道だって出ない。テレビだって映るのか怪しいところだ。電気は地下にあるストッカーへと設置されている発電機を動かすことで、別荘の各部屋を賄う程度の電力は得られるらしい。管理人から詳しい話を聞いていたらしく、ここは眼鏡の榎本と、デブの細川が率先して動いてくれた。ちなみに、別荘に到着するまで名前すら不明だった肥えた体の彼の名前が、衝撃の細川嶺緒ほそかわ れおということを知った。名は体を表すなんて嘘だ。


 この頃には雨も本降りとなり、風に加えて雷も鳴り始めていた。安楽が嫌そうな顔をしていたのは記憶に新しい。嵐が近づいているなら、なおさら発電機の一刻も早い稼働が求められる。


 ぞろぞろと発電機の起動に向かっても仕方がないということで、手分けをすることにした。ここは別荘とはいえ、客をもてなすような場所ではない。管理人はあくまでも別荘を貸してくれる最低限のお膳立てをしてくれただけであり、手入れが行き届いているわけではなかった。ゆえに、交流会の会場となるであろう大食堂とキッチン、ついでにエントランスまで、簡単に掃除をすることにした。部屋は各々が掃除をするということにして、共有スペースを掃除するということで意見が一致。こうして、掃除班と発電機起動および、食糧調達班が作成されることになった。


 蘭は自らの希望で発電機の起動に同行することにした。別荘の地下にあるストッカーにも興味があったし、発電機という響きにロマンさえ感じた。他の女性陣は掃除を希望したため、男性陣に蘭だけが混じる形で地下へと向かった。エントランスの左手のほうに、大食堂のような両開きの扉に比べると質素な扉があり、そこを開けると長い廊下に出た。扉がいくつも並び、どうやらそこが客室のようだった。また、リネン室もあるらしく、少しだけ覗いてみると、洗濯機や乾燥機が見えた。リネン室の先にも扉があり、俗にそこは勝手口というやつで外に続いているらしい。


 廊下を真っ直ぐに進むと螺旋状に階段が伸びていた。2階もあるらしく、1階と同様に、2階も客室が並んでいるそうだ。こちらのほうは、嫌でもあとで確認することになるだろうから、あえて見には行っていない。


 螺旋階段の下に入り込むと、その床には重厚な鉄の扉があった。その扉を榎本が持ち上げようとしても開かず、安楽もすぐにギブアップ。菱田と細川の2人がかりで、ようやくその思い鉄扉を持ち上げた。たかだかストッカーへの出入り口だ。そこまでしないと開かない設計にする必要があったのか。なんなら、螺旋階段がそのまま地下に突き抜けていたほうが洒落ているようにさえ思える。


 鉄扉の先には石造りの階段が伸びていた。地下ということもあり、どうにも閉鎖感が強い。もちろん、地下にも電灯があるのだが、まだ発電機が動いていない状態だ。ゆえに、鉄扉の近くに備え付けてあった懐中電灯の明かりを頼りに下へと潜る。思いのほか階段が狭いということもあり、代表で菱田と榎本が発電機を動かしに行くことになった。細川もついて行こうとしたが全力で止めておいた。階段で詰まったら大変だ――とは、さすがに本人には言えなかったが。


 安楽はいまだに船酔いの気持ち悪さが残っているのか、意外にも大人しかった。ただ、地下に降りなかったのに理由があるらしい。なんでも、地下などの暗いところは当然ながら犯人に狙われることが多いらしい。これは、顔を見られる可能性が低く、また恐怖心を適度に煽ることができるためとのこと。もう、犯人がいること前提で動いている辺り、連れてきた張本人である蘭でさえ、若干ひいていた。


 暗闇で菱田達が襲われることなどなく、また電気の線が切断とかされていることもなく、ややすると低いエンジン音とともに電気が点いた。


「おーい、適当に食べ物と飲み物を運び出すから、手伝ってくれ!」


 地下へと続く階段にも明かりが灯る。こうしてみると、何の変哲もない石階段だ。細川が先に地下へと降りようとして、ちょっとだけ引っかかりかけたのを見逃さなかった。地下がどれくらいの広さなのかは分からないが、全員が降りても余裕はあるのだろうか。


「イッ君。あなた、男でしょ? 先に行ってよ」


 細川が下に降りたあと、ごく当然とばかりに蘭が降りるのを待っていた安楽に対し、先に降りるように促す蘭。それに合わせて外では雷鳴が鳴り響く。屋根を雨が叩く音は、さらに大きくなったように思える。


「いや、下手をしたら犯人の手によって鉄扉が閉じられ、上から何かで固定されてしまうかもしれない。そうなったら俺達は全滅だ。ここで見張っているよ。しかもほら、外は嵐っぽいし」


「いや、どう考えたって、そんな展開にはならなくない? 万が一にも、そんなことになったとしても、掃除している誰かが気づいてくれれば、それで助かるわけだし」


 安楽の警戒しすぎるところは、本当に良くないと思うし、嵐は関係ない。確かに、蘭と安楽でどこかに行こうとすると、その先々で何かが起きてしまうわけだが、それは単なる偶然にすぎない。いいや、良く考えてみると、どこかに出掛けなくとも、それなりに何かが起きていた気がする。いつしか、テスト勉強かなんかで蘭の家に安楽がやってきた時は、蘭が楽しみにしていたプリンを何者かが食べてしまうという、実に凄惨な事件が起きた。まさか、プリンだと思って買ったものが杏仁豆腐だった――という驚愕の大どんでん返しには、当事者の蘭も驚いたものだ。ちなみに、この事件を解決したのも安楽だ。なんせ、自ら解決に導かねば、安楽が疑われてしまうような状況にあった事件なのだから。そのような星のもとに生まれたのかもしれない。


「あのな、そういう展開にならないと思ってたら大間違いだぞ。蘭だって何度も経験してるだろ?」


「いや、だとしたら一度に数人閉じ込められて、その全員が死ぬってことはないでしょ?」


「た、確かに……ミステリとしては1人ずつじっくりと殺されていくのが主流ではあるが」


 こちらが揉めている声が聞こえたのか、それともなかなか降りてこないことに業を煮やしたのか。菱田の声が飛んできた。


「おーい、早く降りてきて手伝ってくれ!」

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