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一部の男性陣が自然とバケツリレー方式をとり、荷物の運び出しが行われる。女性陣は自然と桟橋のほうへと集まる。それでも、あちら側の大学とこちら側の大学で分かれてしまうから不思議だ。
管理人から眼鏡、眼鏡から菱田へと荷物が手渡され、それを桟橋にいるデブが引き上げる。菱田と眼鏡の間にまだ距離があるから、そこに安楽が入ればスムーズなのであるが、どうやら安楽は麗里のグループに捕まっているらしい。桟橋のほうで楽しそうに会話しているのを見て、頭より先に体が動いた。
「イッ君。あんたも手伝いなよ! 荷物の運び出ししていないの、男の中じゃあんただけだよ!」
彼女達の輪の中に割り込む。もしかすると、麗里達と安楽が話をしているのが、いち幼馴染として面白くなかったのかもしれない。いきなり楽しい会話に首を突っ込んできた形の蘭を見て、麗里が「まぁ、彼は船酔いで体調が優れないのに――」と、明らかにうっとうしそうな表情を見せた。一緒にいた化粧が派手目な女性が、どこか苦笑いを浮かべているような気がした。小柄な女性は表情が見えなかった。
「じゃあいいです。私が代わりにやりますから!」
麗里の言い方に腹が立った蘭。安楽本人の意見を聞く前に、桟橋から船に飛び乗る。
「あ、私も手伝うよ!」
蘭に続いて、先ほどの化粧が派手目な女性が桟橋から船へ。化粧が濃いからといって、別にギャルというわけではないというか、格好はいたってカジュアルというか。これから島を歩くだろうに、ヒールの高い靴を履いてきている、どこぞのお嬢様とは大違いだ。女の勘というか、蘭の直感というか――どうにも麗里が気に入らない。ああいうタイプは、みんなでバーベキューをやっても絶対に肉は焼かない。
「先輩、私もやる」
菱田に向かって言うと、とりあえず眼鏡と菱田の間に入る。すると、その隣に化粧が派手目な女性が入ってきた。まだ荷物はあるようで、大きめなキャリーケースが眼鏡から手渡されるが、蘭達が入ったおかげか、スムーズに受け渡しができているようだ。
「いや、はっきり物事を言えるんだね。なんか見ててスッキリしたわ。あいつ、家が多少金持ちってのもあってさ、なんか調子乗ってんだよね」
荷物の受け渡しのタイミングにあわせるかのごとく、化粧が派手目な女が口を開いた。
「あ、私は
屈託のない笑顔で名乗られ、蘭も自然と名乗り返す。
「御幸蘭です。あの人、なんだか感じ悪いなって思ってはいたんだけど――」
別に文句をつけたのは麗里に対してではなくて、安楽に対してである。ゆえに彼女からヘイトを向けられるような覚えもないのだが、真美子からすれば麗里に意見したように見えたのであろう。
「そうそう。あいつ、変に大学でも影響力があってさ。気に入らない人間を見つけると、周囲の人間を使って追い込んだりするんよ。簡単に言えば、いじめとかさ、そういうことをさせて、自分の手は汚さずに排除しようとすんの。私もそうなったら困るし、たまたま同じミス研ってことで、表向きは仲良くさせてもらってるけどさ。ってことで、この話は本人には内緒でよろしく」
内緒と言っている割には、近くにいた菱田と眼鏡にも聞こえるような声量だった。それは本人も分かっているようで「
「別にあいつに媚を売ってポイント稼ぎみたいなことはしないさ。
どうやら麗里の評判はあまりよろしくないらしい。少なくとも、眼鏡と真美子は麗里のことが気に入らないようだ。どちらとも、それを表には出していないようであるが。
「あ、ちなみに小川ってのは、麗里と一緒にいた小柄な子のこと。
聞いてもいないのに、あちらのメンバーの情報が次々集まってくる。名乗りのタイミングだと思ったのか、榎本と呼ばれた眼鏡の男が軽く頭を下げた。
「あぁ、ちなみに僕の名前は
榎本に続いて菱田が周囲に自己紹介をする。一応、蘭も名乗っておいた。やはり、こういう二度手間三度手間を防ぐためにも、こういう集まりの時は、自己紹介をする場を最初に設けるべきだと思う。
互いの簡単な自己紹介が終わり、そして荷物運びも終了。荷物の運び出しをしていた面々も船から桟橋へと渡った。
器用にロープを桟橋から外す管理人の姿を目で追いながら、蘭はざっと頭の中を整理する。
こちら側の面子は蘭、スマホの電波が入らないことを愚痴っていた絵里、絵里と同じく先輩にあたる菱田。同じ学年の亜純、そして幼馴染で部外者となる安楽の5人。あちらは眼鏡の榎本、まだ名も知らないデブ、どうやら周囲からあまり快く思われていないであろう麗里、彼女に対してうまく立ち回っている真美子に、そして麗里の腰巾着だと揶揄された香純の5人。合計10人で、数日間同じ場所で過ごすことになる。まだ名前を知らない人間もいるが、大半の人間のことは把握できたようだ。
「よし、それじゃあ3日後の正午に迎えにくるからな。みんな、それまで存分に楽しんでくれ! 自分達の責任の範囲ならば、何をしてくれても構わないから」
出港の準備を終えたであろう管理人が、デッキから声を上げる。
「いや、ここで丸々3日間待っていてもらえないだろうか? ほら、空もちょっと怪しくなってきたような気がするし」
まだ諦めきれないのか、桟橋から管理人に向かって要望する安楽。管理人は緩く首を振った。
「多少荒れはしそうだが、3日後には回復するみたいだ。心配しなくても、ちゃんと迎えにくるから。それじゃあ、楽しんでな!」
管理人はそう言うと片手を上げ、操舵室のほうへと向かう。そして、クルーザーはゆっくりと桟橋から離れ、ゆっくりと島から離れてゆく。その姿を絶望した様子で見送る安楽。その落胆ぶりといったら大袈裟にもほどがある。安楽を誘う際、船には残ってもらうと宣った手前、なんだか気まずい。
「あのさ、イッ君。そんなに落ち込まなくても」
「蘭。空の様子を見ろ……これ、絶対に荒れるぞ。嵐になって、3日後まで迎えも助けも来なくなるやつだぞ!」
確かに空は少しずつ薄暗くなりつつあった。だが、これが嵐にまで発展するとは思えなかった。
「まぁ、程度は分からないけど天気が悪くなるのは間違いないみたいだ。どうやら砂浜での海水浴は明日以降にしたほうがいいみたいだな」
菱田は桟橋からまっすぐ伸びている道と、やや暗くなってきた空を見比べつつ呟く。
「私も今日は疲れたし、別荘行って一眠りしたら、予定通り交流会始めちゃいましょう。もう、ビールが飲みたくて仕方ないんだけど」
菱田よりも張り切っている様子なのが、同じくひとつ上の絵里だ。花より団子。ビーチよりもお酒といった具合なのだろう。
「じゃあ、早速別荘にむかいますかぁ」
榎本が眼鏡のブリッジに指を当てながら言うと、自然と一同は別荘に向かって歩き出した。
そう、この島に漂う殺意には全く気づかずに。
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