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事情――蘭と安楽による化学反応については、自分の大学のミス研メンバーにしか話していなかった。ゆえに、眼鏡の反応に対して、蘭のひとつ上で、スマホの電波が入らないことに文句を垂れていた女性が、得意げに言った。彼女の名は
「それが、起きるかもしれないんだなぁ。なぜなら、この幼馴染コンビ……、あ、蘭と安楽君なんだけどね、なんと行く先々で事件に巻き込まれてんの」
蘭からすれば単なるジンクスに過ぎず、安楽との化学反応など信じてはいない。ただ、安楽は蘭ほど気楽に構えてはおらず、事件を全力で回避しようとする。今回の一件は、旅費を持つことに加え、安楽の気持ちをやや悪用させてはもらったが、安楽に証明してやりたい気持ちもあった。別に一緒に行動しても、何も起こらないことを。これまでがたまたまであって、偶然はそう続かないだろう。
「へ、へぇ。行く先々で事件に巻き込まれるなんて、まるでシリーズものの探偵小説の主人公みたいじゃないか」
今度はデブのほうが口を開く。それを聞いた安楽は、なにかに気づいたかのごとく、管理人のほうへと詰め寄る。ただでさえ狭い客室内を、今にも吐きそうな男が、人をかき分けて操舵室へと向かおうとする。これはこれで軽いホラーだ。小学校低学年くらいまでの子なら泣く。
「そ、そうだ。ついでに聞いておきたいんですけど、これから向かう島にわらべ唄的なものがあったりしませんか? なんか無駄に3番くらいまであるやつ」
安楽の問いかけに、管理人は首を傾げた。もう苦笑いから笑いが消え、苦さだけが残っていた。訝しげな表情というべきか。
「――わらべ唄?」
その反応に安楽は言い直す。伝わっていないと思ったのであろう。
「あぁ、その土地に伝わっている歌みたいなものです。なければないで問題ありませんが」
「いや、そんなものは聞いたことがないなぁ。そんなに歴史や伝統がある島でもないし」
その言葉に胸を撫で下ろす安楽の仕草は、きっと冗談とかではないのだろう。
……これから事件が起きるかもしれない。そんなジンクスを聞いてしまったせいか、やや船内の空気が重くなった。それを払拭するかのごとく、管理人が声を上げる。
「ほら、見えてきたぞ。あれがこれから君達が過ごすことになる島だよ。まぁ、半径2キロ程度の名もない島だけどね」
操舵室から見える前方に視線をやると、緑が隆起した島が見える。どうやら、島の中央に向かって土地が盛り上がっている地形らしい。ちょっとした登山も楽しめそうだ。孤島に来ておきながら登山とは、なんとも贅沢ではないだろうか。
「いや、時間をかけた甲斐があるよ。まさしくリゾートのための島って感じだね」
菱田が言うと、管理人が小さく頷きながら続く。
「島の南側は砂浜になってるから、時間と天候を見て行ってみたらいい。必要なものは別荘に運んではあるが、さすがに水着までは用意していないからな。あぁ、ついでだから、今のうちに島のことについて話しておくか」
エンジン音が唸りを上げ、小さく見えていた島が徐々に大きくなる。舵を握りながら管理人が島の説明を始める。
「これから船をつける港は、島の東側にある。桟橋があるだけの質素なもんだがね。そこから道が伸びていて、途中で南側に折れれば砂浜に出る。真っ直ぐ西側に進んでいくと、これから数日過ごすことになる別荘へ到着だ。ちなみに、山のほうに入る道も北側に伸びてはいるが、遊び半分では入らないこと。こうして見ると分かるが、それなりに深い森になっているし、見た目よりも山は険しい。しかも、北側に出ると、いきなり断崖絶壁で滑落なんてことも有り得る。だから、君達が行っていいのは、別荘と砂浜だけだ。山には決して近づかないこと。これだけは約束して欲しい」
ぱっと見た感じ、山の大半は緑の森と山に包まれているように見えるが、その山を楽しむことは禁止されるらしい。海よりも山のほうが好きな蘭からすると、上陸前に肩透かしをくらったような気になる。
「せっかくだから、ちょっとデッキに出てみません?」
そう言い出したのは、安曇野医大側のか細い女性だ。蘭はあちらのスタイルを見て確信。おそらく、胸という部門については勝っている。それほど彼女は細かった。自然と眼鏡達が彼女に道を譲り、中途半端なところにいた安楽へと、か細い女性は声をかける。
「安楽さん。大丈夫ですの? もう少し外に風に当たっては?」
吹けば飛ぶようなスタイルの上に顔立ちは整っている。たまに出るお嬢様のような言葉はなんなのか。申し訳ないがあざとく見えてしまう。普段はなんとも思わない幼馴染だというのに、他の女に色目を使われるのは、それはそれで腹が立つ。
「あ、あぁ。気を遣わせて申し訳ないね、神楽坂さん」
蘭より先に挨拶を済ませていたという安楽。人付き合いは昔から苦手だし、コミニュケーション能力も間違いなく自分のほうが高いと思っていた蘭は、なんだか出遅れたように感じてしまう。か細い女性の名前……おそらく苗字は
神楽坂なる女性に誘われるまま、デッキへと戻ってしまった安楽。続いてデッキに出ようとしていた、化粧が派手目の女性に小声で言われた。
「あー、あれ。完全にロックオンされちゃったね。
どうやら、神楽坂と呼ばれた女性は、麗里という名前がついてワンセットのようだ。
年頃というか、まだ若いということあり、少なくとも男性に対してガードがとても甘い人間が、この中に2人いるようだ。こちら側は亜純が、そしてあちらには麗里がいる。そんなに安楽の倍率というものは高かったであろうか。小さい頃から一緒にいるのが当たり前だった蘭からすれば分からない。ただ、間違いなく自分が誰よりも安楽には懐かれている――とは思いたい。なんだかデッキに追いかけるのも違うような気がした蘭は、苦笑いを浮かべつつも、その場に留まっていた。
結局、デッキに出たのは安楽、麗里、そして化粧が派手な彼女だけ。自分の大学のメンバーは知っているとして、まだ安曇野医大のメンバーで名前が明らかになったのは麗里のみだ。どこかで自己紹介をするタイミングが欲しいのだが、完全にコミュニティ形成に乗り遅れた気がする。
「着岸する時に多少揺れるかもしれないから気をつけてくれよ」
島が近づくとクルーザーの速度を緩める管理人。そう言えば彼の名前も分からないが、みんなが管理人と呼ぶのだから仕方がない。安曇野医大側の伝手のようだし、あちらの人達は名前も知っているのであろう。
港……と呼ぶには設備が乏しく、簡易的な桟橋があるだけの場所に、ゆっくりとクルーザーは着岸する。
「よし、ちょっと待っていてくれよ。まだ船からはおりないようにな」
そう言うと外に出て、真っ先に桟橋へと飛び乗り、クルーザーをロープで固定する管理人。船を停める時はイカリをおろすものだとばかり思っていたのであるが、どうやら必ずしもそうではないらしい。
「荷物をおろそう。俺も手伝う」
各々の荷物は、客室からさらに階段を下ったところにある。普段は寝泊まりをしたり、生活スペースになったりするらしいが、今回は倉庫として使わせてもらっていた。
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