22話 模擬作戦A班

「では、今からA班の模擬作戦を始める」


アナウンスと同時に雹牙ひょうが達の周りの空間が歪み始め、真っ白だった空間が全く別のものへとゆっくりと変化する。太陽の眩しい光が目に飛び込んできて、雹牙は目を瞑る。


「潮の香り……」


沙知の声に、雹牙は僅かに目を開きながら鼻を動かした。相変わらず太陽の光は目を焼き尽くそうとするくらいに輝いている。ふと髪を揺らすほどの風に乗って潮の香りが運ばれてきた。


「この香りって……」


雹牙が慣れてきた目を完全に開こうとしたその時ー


「うわっ」

「何だっ」

「……っ」

「きゃあっ」


雹牙達の足元が突然大きく揺れた。体勢を立て直さずに、バランスを崩した雹牙は地面に尻餅をつく。


結構強く打ちつけたお尻をさすっていると、隣で同じように倒れ込んでいた沙知が体勢を整えながら状況を仲間に伝える。


「ここ、船の上みたいですよ」


雹牙は周りを見渡す。作業船くらいの大きさの船の上に雹牙達は乗っていた。船の上に座っている間も船は大小の揺れを繰り返している。


ーもしかして、ここって海の……


周りの状況の確認の為に雹牙は立ち上がろうとする。手を横につき、重心をその手にかけたところで活水かつみの鋭い声が飛んできた。


「危ない、伏せろっ」


活水は隣にいた沙知を抱え込んで船の上に伏せた。雹牙と綾人も数秒遅れて頭を抱えて伏せる。


雹牙達の頭の上を丸くて小さなものが数個通り過ぎ、すぐに大きな水飛沫をあげる。どうやら水に落ちたらしい。


雹牙は頭を抱えて伏せながら横目でそれをしっかりと目に留めていた。


ー速さと、形状と大きさからしてあれは銃弾のようなものだった。


喞筒そくとうくん、ありがとうございます。今の、どこから……」

「海の中だよ」


安全確認をする為に伏せたまま目を動かす沙知に、雹牙は答えた。


雹牙は飛んできたものだけでなく、伏せる寸前に海の中から何者かが顔を出しているのも見ていた。雹牙はこれを全て無意識下で行なっている。観察力、洞察力と勘。これが雹牙が他人の分析に長けている理由の一つである。


更に、その一瞬でここが一面海に囲まれた大海原であることも確認済みだった。


「つまり……海の中の敵を制圧しろってことか」


活水は体を起こして乱れた髪を整えた。


「なるほど。中々に厄介ですね。足場が悪すぎる。周りに他の船はないですし、近場に陸地もありません。この船を壊されたら一貫の終わりです」

「喞筒くん、泳げる?」


雹牙はちらりと横を見て沙知に手を貸して起き上がるのを手伝っている活水に声をかけた。


「勿論。泳ぎは得意な方さ」


活水は余裕そうな表情を見せた。


「さっき決めた感じで行こう。喞筒くんと僕でなるべく敵をこの船から遠ざける。指示とサポートは二人に任せたよ」


沙知達が頷いたのを確認すると、雹牙はインカムをつけて通信を繋げる。


「行こう、喞筒くん」

「ああ」


隣にいる活水に声をかけ、船の淵に乗る。そしてそのまま同時に船を飛び出した。活水はそのまま海の中に勢いよく飛び込んでいく。雹牙は足から冷気を出して着地できるだけの範囲の海を凍らせ、その上に乗る。


『敵の数はざっと見えるだけで6人だね。当たり前だけど、泳ぎが得意そうな連中ばっかりだ。海の生物っぽいのもいるから獣人かもね。なるべくなら陸地で戦った方がよさそうだ』


活水からの連絡の後に大きく海が揺れた。船から少し離れたところの水面が渦巻く。活水が戦闘を始めたようだ。


『氷野くんは足場を作っていてください。適宜海中にいる喞筒くんのフォローを。喞筒くん、なるべく上に敵を打ち上げてください。私がサーチをかけ、操馬そうまくんが狙撃して足場に誘導します』

『了解』

「分かった」


雹牙は海の表面を凍らせ始める。足場を作っている間も水柱が立ったり、大きく海が揺れ動いている。雹牙達が活水の詳しい様子を知る方法は、インカムを通して活水の口から直接聞く以外ない。


足場作りに集中しながらも雹牙は活水の様子を気にかけていた。


「喞筒くん、大丈夫!?」


活水は時折呼吸をするために海面に顔を出していたが、徐々にその回数が少なくなっていった。彼のことを心配した雹牙が声をかけると、活水が海面に顔を出して大きく丸を作った。インカムから声が聞こえてくる。


『ああ、問題はないよ。ただちょっと……』


流石の活水でも水中戦が得意な相手との戦いは厳しいのか誰一人として敵を打ち上げられていない状態で、苦戦しているようだった。


ーもっと早く、足場を作って加勢しなきゃ


雹牙は焦り始めた。足場がない状態で活水のフォローに行っても事態が悪くなるだけだということは理解していた。だからこそ、早く戦うために十分な足場を作らなければいけないという焦りでいっぱいになる。


ーでも、一気に力を使えば……


雹牙が本気で今出せるだけの力を出せば、戦うのに十分な足場なんて一瞬で作り出すことはできる。そこまで雹牙は能力を使いこなせるようになっている。だが雹牙の脳裏をよぎるのは暴走してしまった最悪の事態。

雷音との訓練中、幾度も暴走を繰り返していた。目の前が真っ黒な闇に包まれて、身体の制御が聞かなくなる。意識はあるのに、身体は意識に反して破壊行動を繰り返していく。敵味方見境なく、雹牙の意志を無視して体が動くその感覚は恐怖という言葉以外に表しようがない。訓練の時は、雷音がいた。暴走してもいつでも助けてくれた。でも今は彼はいない。もしものことがあれば仲間を危険に晒しかねない。


(ー嘘でも自分の力を信じてみて。嘘は、強く思えば本当になる。君は多分君が思っている以上に力のコントロールをもっとうまくやれると思う。)


思い出したのは、ふうの言葉。雹牙はその言葉を


彼女の透明感がありながらも凛としている声で告げられた言葉。ふうと出会ってまだ間もない上に彼女と話す機会は戦闘班として同じ授業を受けている時くらいしかなかった。雹牙は彼女のことを何も知らない。対して彼女も雹牙の事を完璧には知らないはずだ。例え雹牙の抱えていた感情を正確に言い当てたとしても。

普通に考えれば赤の他人でしかない者から告げられた言葉なんて信じるに値しない。


しかし、雹牙にはそんな他人の言葉をーふうの言葉をそのまま受け入れ、自分のものにしていた。


「嘘でも、信じるー」


ーあれだけ訓練を積んだんだ。大丈夫、まだまだ皆に比べたら未熟だけど、絶対に成長している。制御できる…!


雹牙は両手でそっと水面に触れる。


ー徐々に、力を流す……


いつもやっているように、目をつぶって、身体の底からどんどん沸き起こってくる熱を細い管に少しづつ流し込むイメージを頭の中で作る。


ー大丈夫、僕ならできる


【No.1129。コードネーム『アイシクル』ー薄氷の勝利をもたらしてみせるー】


目を開けて一気に管に力を流し込んだ。両手から氷の力があふれ出す。雹牙の周りを囲むようにして、水面が凍り付いていく。体の内側から流れ出る熱が大きくなり、細い管が破裂した。一瞬恐怖を覚えるが、雹牙は自分の力を信じた。

身体を支配する熱に身を任せて両手からその熱を本能のままに放出する。


『そのくらいで大丈夫です!』


インカムから沙知の声が聞こえた。体の中にあった熱が、すうっと消えていく。


「喞筒くんは!?」


雹牙はばっと辺りを見渡した。


『足場、助かるよ。流石だね氷野くん』


活水が氷の足場の上に立っていた。彼は前髪を掻き上げながら雹牙に向かってウインクを飛ばす。


氷の足場は辺り一面を覆い尽くしていた。それほど大きくはないが、十分にその上で戦闘ができるほどのものだった。


「できた……。ふうさんの言った通り、嘘が本当になった。制御せずに、思った通りに暴走せずに力を使えた……」


雹牙は掌を見つめる。嬉しさがこみあげてきた。あのまま沙知に声をかけられなければ暴走していた可能性もあるし、使い終わった瞬間に倦怠感が体の中を逆流するような感覚があった。

完璧に制御しているとはお世辞にも言えない。しかし確実に進歩していた。


【No.9397。コードネーム『エピステ』ーサーチで丸裸にしてあげますー】


『氷野くん、後ろからサメの能力者が迫ってますっ』


沙知の声に後ろを振り返ると、サメの頭と人間の足を持つ魚人らしき敵が背後から襲い掛かってきていた。無数の鋭い牙がある口を大きく開けて雹牙の頭目掛けて一直線に。


『弱点は、鼻です!』

『……任せろ』


【No.8286。コードネーム『マハネール』ー万物よ。操られ、傀儡となれ……ー】


雹牙は咄嗟に頭を抱えてしゃがむ。雹牙の頭を噛み砕く為に勢いよく口を閉じようとしたが目標物が直前で消えてサメ人間はバランスを崩した。その鼻に雹牙の後ろから飛んできた銃弾が当たって消滅した。


「ありがとう、操馬くん」

『別に……気にするな』

『残りは四体です。背中からの攻撃は私達が対処します。だから二人はとにかく目の前の敵を攻撃することに集中してください!』

『ああ。頼んだよ』

「僕は喞筒くんのフォローにまわる」


雹牙は四体の敵と戦っている活水の元へと走り出す。活水の左から攻撃を繰り出そうと構えている人魚のような、ひれをもつ髪の長い女に向かって氷の粒を放つ。その粒が人魚の頭に命中したことで雹牙の存在に気がついたのか、雹牙から一番近い位置にいたその女とサーフボードを持った男が雹牙に狙いを定めてきた。


髪の長い女が大きくジャンプして、上からヒレを振り下ろす。それに合わせて男が左からサーフボードを振りかぶってきた。右に大きくステップを踏んで攻撃を避けた上で女の方に攻撃をしようと考えた雹牙の視界の端に水の中から攻撃を仕掛けようとしている敵の姿が映った。最初からずっと海の中のどこかに潜んでいたらしい。沙知達がいる場所からは丁度死角になっていて気が付いていないようだった。インカムを通して二人に伝える余裕はない。


雹牙は一瞬のうちに策を考え、動き出した。


自ら男の元に飛び込む。思わぬ行動に男は一瞬戸惑いを見せるが、直ぐにサーフボードで雹牙の脇腹を殴った。


「かはっ」


鈍い音と骨が軋む音が鳴った。鈍器で殴られたような痺れを伴う痛みと共に雹牙の小さな体は呆気なく吹き飛ばされる。


一瞬息が止まって目の前が真っ白になったがすぐに正気を取り戻した雹牙は、空中で態勢を整えて、活水を狙っている敵に右手の標準を合わせる。右手から飛び出した野球ボールほどの大きさの氷の粒が敵の頭に命中した。敵は僅かに呻き声をあげて、消えていった。


「やった」


活水を狙う危険はなくなった。


雹牙は右手を突き出した体勢のまま、海に落ちていく。海に入る直前に息を止めて、水を飲み込まないようにする。飛び込んだ際に生まれた泡が消えて視界が明瞭になるまで動かずに体の重さで海に沈むのに身を任せる。


海に落ちることまで想定通りだった。先ほどまで雹牙がいた場所から狙い撃つことは不可能ではなかったが、万が一殺気を感じて雹牙のことを視界に入れてしまい、早打ち対決になれば勝機はほぼない。


(ーいいかい、殺気はできる限り隠せ。リベリオンの中には殺気だけで自身に向けられる攻撃の軌道を読める厄介な奴がうじゃうじゃいる。どんな方法を使ってもいい。殺気だけは、隠し通せなくてはエジャスターにはなれないよ)


戦闘班での授業の時、雹牙達はそれぞれ明埼と戦った。しかし、雹牙達全員が彼に一度も攻撃を当てられずに終わっていた。何故攻撃の軌道を読めるのかー明埼はそれを殺気を読むことが理由の一つであると言っていた。


だから雹牙は、わざと敵の攻撃を受けたのだ。サーフボードを構えていた男は、左に腰を捻っていた。左から右へサーフボードを振ると予想した。活水を狙っていた海中の敵は、丁度雹牙の右手にいた。攻撃に当たって吹き飛ばされれば、必然的に右側へ飛ぶ。あとは当たる角度と位置を調節すれば殺気を感じさせずに、素早く海中の敵に近づけるというわけだ。だからわざと敵の方に向かって行って攻撃を受けた。結果的に計算は全て上手くいって、活水に降りかかろうとしていた危険を取り除くことが出来た。


ほっとしたもの束の間で、サーフボードによる攻撃は予想以上に重たく激痛が脇腹を襲ってきた。あのサーフボードは何かの能力で作られたもので、細工がされていたのかもしれない。骨は折れていないが、肋骨にひびくらいは入っていそうだ。


雹牙は痛みに耐えながら、海面に出ようと泳ぎ始めた。


「っ……!?」


雹牙の頬を何かが掠めた。焼けるように熱い痛みが走り、そこから血が吹き出し周りの水を一瞬赤く染めた。


周りを慌てて見渡す。


ー誰だ!?


ニヤリと顔を歪めながらこちらを見ている男と目が合った。


ーまだ海中に潜んでいたのか…!!


雹牙は唇を噛む。水中で身動きが取りにくい上に、脇腹の痛みがどんどん酷くなっていく。


男が右手を雹牙に向けて突き出して来た。


ーやられる!!


雹牙は反射的に目を瞑った。


【No.5215。コードネーム『ヴァッサー』ー水魔を思い知れー】


インカムから声が聞こえた気がした。


身構えて暫くしても痛みは襲ってこない。代わりに誰かに抱き抱えられる感覚があった。


「ぷはっ」


海面に雹牙の顔が出た。


「全く、君は無茶をするね」


活水の声が雹牙の耳元で聞こえる。


「喞筒くん!」


雹牙を抱え海面まで浮上してくれたのは活水だったようだ。


「海中に潜んでいる敵が二体もいるなんて迂闊だったよ。調さんが君が敵に攻撃を受けて海に放り出されたって焦っていたから何事かと思ったけど、僕を助けてくれたんだよね?」

「うん……。気付かれたら、僕には敵わないから不意打ちをしようとしたんだ。あっ、他の敵は!?」


雹牙が慌てて状況を確認しようとすると、活水が苦笑した。


「大丈夫だよ、氷野くん。他の二人の協力もあって上の敵は全て倒したし、君を襲おうとしていた海中の敵も殺ったから」

「そっかー……。迷惑かけて、ごめん」

「迷惑だなんて!気にしないでくれよ。僕は君に助けられたし、僕も君を助けた。助け助けられが仲間ってやつだろう?」


目を細めて笑う活水を見て、雹牙もつられて微笑んだ。


『お二人とも、無事ですか!?』

「調さん、大丈夫だよ。氷野くんが少し怪我をしているみたいだけど、無事だ。敵も全て倒したと思うし、そろそろアナウンスが流れるんじゃないかな?」


活水がそう言い終わる前に、高鷲たかすの声が響き渡る。


「よし、終わりだ。負傷したものは一度保健室に行き治療を受けろ。その必要が無いものは先に教室に帰り、他の班が終わるまで待機するように」


バーチャル空間が解け始め、海が消え去り元の白い空間が姿を現した。


「うわっ、凄い。水は無くなったのに、濡れてる…」

「氷野くん!大丈夫ですか!?」


どう言う仕組みなのかと考えている雹牙の元へ沙知が駆け寄って来た。その目は雹牙の体を心配そうに見ている。


「ん?あー大丈夫だよ」

「いや、大丈夫じゃ無いでしょ」


活水が雹牙の体を見て、鋭く指摘する。


「肋骨、結構ヒビ入っていそうだ。二人は先に戻っててくれ。僕が彼を保健室まで連れていくよ」

「え、そんな一人で行ける……」


雹牙が言い終わる前に活水は軽々と雹牙を担ぎ上げて背中に乗せる。


「ちょっと、喞筒くん!一人で行けるよ!」

「怪我人は黙っててくれ」


身を捩って背中から降りようとする雹牙を一括すると活水は歩き出す。


「分かりました。お願いしますね。操馬くん、私達は教室へ行きましょう」

「……ああ」


【A班、模擬作戦 成功】

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