模擬作戦B班

「さあさあ、みんなで一緒にアリーナへ行こう……ってあれ!?」


満面の笑みで後ろを振り返ったあかりの顔が一瞬にして曇った。


「うちの班ってけーちゃんだけだったっけ?」


首をかしげてすっとぼけている様子のあかりを見て、けいは大きなため息をついた。


「なわけないでしょ」

「だって!実際今ここにあたしとけーちゃんしかいないじゃんっ?」


それが事実だよ!と胸を張るあかり。繋はそんなあかりを冷たい目で見た。


「馬鹿って気楽そうでいいね」


むっとした様子のあかりを横目に繋は立ち上がって教室の出口へと足を進める。


「え、ちょっと!待ってよ、けーちゃんっ」


あかりに腕を掴まれた。繋の右腕にしがみついているあかりは目を潤ませている。  


「あー、もう。うるさいな……。火神ひがみは私が気づいたときには居なかったし、土蜘蛛は火神がまたどっかに消えたとか騒いで探しに行ったよ。あんた何も見てなかったわけ?」

「うっ……。その、この番号どんな意味があるのかなーなんて気になって調べてたら熱中しちゃって……」


先程貰ったエジャスターの仮の登録番号が書かれた紙を握りしめているあかりに、繋はまたため息をつく。


「意味なんてあるわけ無いでしょ、ランダムに配られてるんだから。とにかく、私達も第二アリーナに行くよ。今日は模擬作戦。失敗なんてできない」


繋はあかりがどこかにふらっと行かないようにがっちりと腕を組んで彼女を引っ張りながら目的地へと向かった。


第二アリーナにつくと、何故かかるまの首を腕で抱え込んでいる大地が手を振って繋とあかりを出迎えてくれた。


「……何やってんの?」

「ん?ああ、こいつがまたこの前みたいにどっかいかないように捕獲しといたんだ」


繋もあかりを腕を組んで拘束しているのであまり人のことは言えないが、実に変な光景である。これからヒーローになる為に大切な段階の一つである模擬作戦が始まるというのに、緊張感のない空気が流れていた。


「……おい、いい加減離せよ」


かるまは大地の腕から首を抜こうと抵抗しているようだが、大地はびくともしない。かるまは新入生の中でも群を抜いた能力を持っていて、入学試験を断トツのトップで入っているという噂がある。そんな彼を腕一本で拘束できるということは、大地もなかなかの実力者であることがうかがえる。


「アリーナの中に入るまで駄目だ!」


大地はかるまを引き摺るようにして中に入っていった。


「あれ、楽しそうっ」


繋が腕を組んで連れてきたあかりは無邪気に飛び跳ねる。


「暴れないでくれる?ほら、行くよ」


繋は三人の様子を見て一抹の不安を覚えながらアリーナの扉を開け、中へと進んだ。


『揃ったようだな!では、始めるぞ』


アリーナに入った直後、アナウンスが流れて空間にゆがみが生まれ始めた。


「おおっ!中々急だねっ」

「な!急に始まるんだなっ」


あかりと大地は呑気に騒ぎ立てる。やはり緊張感の一つも感じられない。


「いや、普通はここに来るまでに作戦とか考えたりするもんでしょ。っていうか解散してからある程度時間は取ってくれてたんだから、作戦考える時間も無いなんて普通はありえないから」


ー馬鹿なの?


空間が変化していくのを楽しそうにみながらわいわいしているあかりと大地の横で繋は突っ込みを入れた。


あかりが熱中して何かを調べている様子だったから、戦術などを考えているものかと思って放っておいたが実際にはどうでもいいことを調べていた上に他のメンバーも勝手な行動をしていた。

今思えばもっと早くあかりに声をかけて全員を集めて無理やりにでも作戦を考える時間を作るべきだったと繋は後悔に苛まれる。


ー大丈夫なの、こいつら……


「あっつい!!もしかして、ここ砂漠!?」


繋が考え事をしている間にバーチャル空間は完成したらしい。あかりが言うように、確かに気温が上がっていた。

じりじりと太陽が肌を焼いていく感覚がある。ただのタイルの上に乗っていたはずが、足場が砂になっていて今にも埋もれていきそうだ。


「砂漠みたいだな……っとあぶねえっ!」


大地が繋の正面に飛び出してきた。土の壁が立てられる。直後、爆発音が轟いた。


土の壁に何かが当たったらしく、衝撃の後にその壁は崩れる。砂が混じった突風が駆け抜けた。


「敵!?」


あかりが叫び、姿勢を低くする。



「……みたい。まずはこの足場をなんとかしないと。これじゃあ戦いになんてならないでしょ。後は、気温の方も対策を考えないと敵にやられる前に熱中症になる」


立ち止まっていると砂に足が完全に埋まりそうだ。しかし走ることも歩くこともできない。砂に足を取られている隙に攻撃を受けてしまう。


繋は頭の中で策を練る。繋は頭のいい方ではあるが、作戦や戦術を考えるのはあまり得意ではない。しかしリーダーを任された以上この班をまとめるのは自分でなければならないと繋は考えていた。


「俺、足場作れるぞ?土で固められれば……。ただ、広範囲となると時間がかかる」

「んーじゃあ、あたしが敵を撹乱するねっ!」

「え、あ、ちょっと!!」

【No.6162。コードネーム『リィバオ』ーあたしの駿足についてこれる?ー】

【No.1091。コードネーム『ソイル』ー大地のように揺るがず守り抜くー】


繋が大地とあかりを止める前に二人は勢いよく飛び出して行ってしまった。


見えている敵は、一人。あかりはその一人を撹乱するように周りを走る。その走っている様子を見る限り、能力のおかげで足を取られずに全速力で走れるようだ。大地は少し離れた場所で土の足場を作っていた。


「足場を作っても、そこに敵を誘導できなきゃ意味ないでしょ!勝手に動かれると、色々困るんだってば。火神もなんとか言って……って火神?」


考え無しに行動されては困ると繋は同意を求めるように後ろを振り返ったが、そこにあるはずのかるまの姿がなかった。彼の姿を探そうとしたその時ー爆発音がこだました。


【No.2132。コードネーム『インフェルノ』ー業火で燃やし尽くしてやるよ】


音のした方向に繋が視線を向けると、あかり達とは反対方向に五体の敵との戦闘を繰り広げているかるまがいた。


ーいつの間に……!一人で大人数を相手に戦うなんて無茶すぎる!どうしてこっちに知らせないのよ


敵がいることを知らせなかったかるまを見て、繋は完全に悟った。このチームを纏めるのは至難の業であると。


考え無しに思うまま行動するあかりと大地。勝手な行動をするかるま。繋の手に負えるメンバーではない。


ーそれでも。


「あかり!大地が作った足場に敵を誘導しなきゃいけないけど、できる?」


繋はインカムに問いかけた。作戦行動を行うときは、必ずインカムをつけなければならないと教えてもらっていた。流石のあかり達もインカムはつけているようで、返答が返ってくる。


「やろうと思ってるんだけど、こいつら狙いに気がついてるかもっ!全然そっちに行こうとしないっ」


繋は考える。どうすれば、協力して効率よく敵を倒せるのか。


サポート班の仕事は、仲間を見てその能力を最大限に活かせるようにサポートすること。いくら自分勝手で纏められないからと言って諦めるという選択肢は繋にはない。


ー妥協するなんてそんなの認めない


【No.1226。コードネーム『クレイス』光への扉よ開け】


「土蜘蛛!反対方向で火神が三体の敵と戦ってる!悪いけど、私がいるところで足場を作って!」

『おう!了解だっ』


大地が繋の近くに戻ってきて、地面を固めて足場を作り始める。繋は完成したところに手を置いた。扉がそこに出現する。扉ができたのを確認すると、繋はあかりがいる方向へ走り出す。ある程度あかりが敵と追いかけっこをしている所まで行くと、そこに扉を出した。


「あかり、ここに扉がある。目印をつけてるから、ここに敵を誘導して。足場があるところに繋がってる」

『りょーかいしたっ』


繋が作る扉は一時的にその姿を隠すことができる。あかりに分かるように目印をつけた後、今度はかるまの方に走っていく。


あかりが上手くやれば扉を経由して、敵を倒しやすい、足場があるところに移動させることができる。大地は戦闘を得意としている上に身を守る術を持っているので、任せて大丈夫だと繋は判断した。


気がかりなのは、一人で五体もの敵と戦っているかるまだった。かるまは襲いかかってくる敵を火の玉で攻撃して遠ざけたり、接近してくる者には蹴りを入れたりして器用に戦っている様子だった。一見余裕そうに見えるが、耐久戦に持ち込まれればどうなるかはわからない。


「火神!ここに敵をっ」


繋は急いでかるまの近くに作った扉を指差した。ここに上手く敵を誘い込んだり無理矢理にでも入れられれば、あとは足場が安定したところで四人で連携して倒せる。


かるまはちらりと繋を見たが、返事もせずに戦闘を続ける。一向に敵を誘導する様子がない。


「火神?ここに、敵をー」


聞こえていないのかと思い、もう一度作戦を伝えようとするとその言葉は遮られた。


「うるせえな。そんな事しなくても俺一人で倒せる」


かるまが吐き捨てるように言った。


「ーは?一人で、倒す気?」

「ああ。俺にできねえように見えんのか?だったらお前の目は腐ってるな」

「何それ。みんなと連携した方が、早く終わるでしょ!?」


繋はかるまに負けじと反論する。


「てめえらと共闘?馬鹿にしてんのか?俺より弱いやつと協力なんてしねえ」


かるまの性格はある程度察していた。自分勝手で、プライドが高い。事実ではあるが、繋達のことを格下だと思っていて視界にも入れていない。


「あんたが勝手にするなら、こっちだって勝手に協力させてもらうから」


しかし、かるまのプライドな考えなんて繋の知るところではない。繋には繋の考えがあるのだ。繋はそう言うなり、かるまが戦っているところに突っ込んでいった。 


かるまの背中から襲いかかってきている敵を蹴り飛ばす。右からの攻撃をしゃがんで避けて、下からアッパーをくらわす。


繋は戦闘向きの能力持ちではないが、常人以上には戦える。


「あのなぁ!!俺一人の方が早く終わるっつってんだよ、周りをちょろちょろされる方が面倒だ。どっか行ってろ」


かるまが怒号をあげるが、繋はそれを無視して二体の敵を相手に戦闘を続ける。


ー無理矢理にでも協力体制に持ち込む。模擬作戦……いや、作戦行動とは仲間との協力の上で成り立つ。こいつ一人で暴走して敵を倒したら、私達は評価の対象にならない。


「ーっ」


砂に足を取られてよろけた隙を狙われ、右肩に攻撃を喰らった。どの敵も砂の上を自由に動いている。何の能力かは不明だが、圧倒的に不利だった。


かるまの方を繋はチラリと見た。戦えてはいるようだが、時折足を砂に取られている。


ーこれじゃあやっぱり効率が悪すぎる……。私がリーダーを任された。リーダーとして、なんとかしないと。


かるまを説得しようと口を開きかけた瞬間


「けーちゃん、後ろ!!危ないっ」


焦った様子でこちらに向かって走ってきているあかりと目が合った。後ろを振り返ると、火だるまになった敵が倒れ込んできていた。


ー潰される……!!


咄嗟に避けることができず、棒立ちの繋を誰かが抱き抱えて、間一髪で右に飛び込んだ。そのまま二人して砂の上に転がる。


「大丈夫か!?扉森ともり!!」


繋が目を開けると、心配そうにこちらを見下ろす大地の顔が間近にあった。


「……ごめん」


繋は大地に謝る。大地は訳が分からないと言うように首を傾げた。


「…‥何がごめんなんだ?」

「私の不注意で、迷惑かけたから」


大地はにかっと笑った。


「迷惑だなんて思ってねーよ!勝手に動く俺たちをまとめようとしてくれてたんだよな?俺ら馬鹿だからさ、考えるよりも体が動いちまうんだ。こっちこそすまねー」


大地は繋の手を引いて立ち上がる手助けをすると、繋の頭についていた砂を払ってくれた。


土蜘蛛つちぐも……」

「それにな、お前は悪くねえよ。さっきのあれは、お前の不注意じゃない。あいつがわざとやったんだ」


大地はかるまをきっと睨んだ。


「あいつ、この前からまじで何なんだよっ!」


大地は走り出したかと思うと、かるまに向かって拳を振り上げた。


「は?ちょっと、土蜘蛛!!」


繋はその後を追いかける。


「さっきのわざと扉森がいるところにあの敵を誘導しただろ!?ほんとお前、何でヒーロー目指してんのにこんなことばっかやってんだよ!!俺はお前が気に食わねえし、許せねえっ」


大地はかるまに殴りかかるが、かるまはそれを簡単に避けた。


「俺が何をしようとてめえには関係ねえだろ!」

「カンケーあるだろ!一応仲間なんだからよ!!」

「俺がてめえらの仲間になった覚えはないし、今後なるつもりもねえっ!」


二人は言い合いながら周りの敵を倒していく。大地はかるまを主に攻撃しているので、かるまからしてみれば実質1:5の状況である。それでもかるまは器用に大地の攻撃を交わしながら四体の敵に的確に火の玉を当てていた。


「ちょっと、あんた達何やって……」

「あははっ!二人とも強いねっ」


呆れるしかない繋の隣であかりが楽しそうに笑った。


二人の喧嘩が落ち着いてきた頃には敵は全て倒れていた。


「はぁっ、はぁっ……お前、つえーな!その力はエジャスターになれるほどのものみたいだけど、やっぱり俺はお前の事をヒーローとしては認められねー」


息を整えながら大地はかるまに真剣な瞳を向ける。


「てめえに認めてもらいたくて俺はここにいるわけじゃねえから」


これだけの数と戦ったとしても息一つ切らしていない様子のかるまはそう吐き捨てると歩き出した。


「ちょっと、どこいくわけ?敵はもういないでしょ」

「いないからだろ。作戦は終わりだ」

「だったらここで空間が解かれるのを待ってー」


繋の言葉はアナウンスに搔き消された。


『終わりだっ!怪我したやつは保健室で診てもらえ!健康なやつは教室に戻って待機だ!』


バーチャル空間が解かれ始める。完全に解かれた時、かるまの姿が直ぐに消えた。どうやらかるまは出口のほうに歩いていたらしい。


「おい、火神!逃げんじゃねー!」


大地はまたかるまの後を追いかけて行く。大地がかるまに何か言ったところで何かが変わることはないだろう。放っておいた方がいいと大地に助言することもできるが、繋はその考えを頭から消した。


ー面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だし、まあいっか


模擬作戦は終わった。このメンバーでの作戦行動はこれっきりないだろう。この後どうなろうと繋の知ったところではない。


「あれ、けーちゃんも行くの??」

「健康な人は教室戻れって言われたでしょ。これ以上あんた達に付き合ってられない」


あかりに声をかけられたが、その横を通り過ぎて繋は一人教室へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る