21話 冷たく見えるけれど

模擬作戦の実行日。いつもとは違う緊張した空気が教室中に漂っていた。いつもは騒いでいる人達も今日ばかりは一言も喋っていない。


「今日は模擬作戦実行日だ。今から班に分かれて座ってもらう。渡すものがあるから各班のリーダーは前に来てくれ。リーダーはA班、調しらべ。B班、扉森ともり。C班、魅輪みわだ」


高鷲たかすに呼ばれた三人は教卓の前に行き、他の人達は席の移動を始めた。リーダーに選ばれた三人は高鷲から紙を受け取り、それぞれの班の元へ向かう。


A班である雹牙ひょうがは廊下側の列の前の方に活水かつみ、綾人と座る。活水が雹牙の横に座ってきたので、沙知は綾人の隣に座った。


「今からルールを説明する。クリア条件は、空間内にいるすべての敵を制圧すること。クリアしたらアナウンスが入ってバーチャル空間が解ける仕様になっているから、それを目印にするように。目に見えている敵を全て倒したと思っても、実は隠れているやつがいるという可能性があることを忘れるな。敵から攻撃を受けた際、死ぬことはないが、死に至るけがを負ったとこちらが判断した場合は強制退場とする。グループの半数ー今日は二人だなーが戦闘不能状態になった場合は失格だ。そして最後。どこかのタイミングで必ずコードネームと決め台詞を披露するように」


高鷲は一呼吸おいて続ける。


「大体エジャスターがそれを披露する時は、決まった形があることを知っているか?」

「はい、知っています!」


雹牙は食い気味に答えた。雹牙が高いとする分野の質問に血が騒ぐ。


「例えば校長先生は『No.4549 コードネーム『 「グリント」ー光にひれ伏せー』です!これは挨拶みたいなもので、追い込まれたときはー」


詳しい決め台詞まで捲し立てるように説明しようとする雹牙を高鷲は右手を前に出して止めた。


「もう大丈夫だ、よく知ってるな氷野」


普段あまり喋らない雹牙が早口で喋っている様子を見て少し困惑しているのか、高鷲は若干苦笑いを浮かべる。


「はい。エジャスターの番組、雑誌、記事は全て頭に入れてますから」


これくらい基礎知識のようなものだーと雹牙が言うと、高鷲は納得したように頷いた。


「そういえば、確かお前のエジャスターに関しての筆記試験の成績は満点で、学年ダントツのトップだったな」


そして、雹牙から他の生徒に目を移して説明を再開した。


「先程氷野が言ったように俺達が作戦行動をするときに言うそれのテンプレートは、まずナンバーを言ってコードネーム、最後に決め台詞という流れになる。ナンバーというのは、正式にエジャスターになった時に必要となる個人ナンバーだ。この番号は、政府のデータベースで保管され、エジャスターであることを証明する時に使う。今お前たちの手元にあるのが、その番号となる」


雹牙の肩をとんとんと誰かが叩いた。振り返ってみれば、沙知が二つ折りにされた小さな紙を差し出してきた。それを受け取り、開いてみると、そこには雹牙の名前と番号が書かれていた。番号は、1129。


「その番号はこの学校に入学した際に登録されている。今お前たちはエジャスターの見習いみたいなものだ。その番号も仮のもの。そうはいっても、正式なエジャスターとなればその番号がお前たちがヒーローであることの証明となる上に、この先エジャスターの任務にヘルプに行く時も使う。色々な場面で必要になってくると思うから覚えておけ。それでは、今から一時間後に模擬作戦を始める。A班は第一訓練アリーナ、B班は第二、C班は第三にいくように。それぞれ審査をする教師がいるから、行った後はその人の指示に従え」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


「この番号って、どのようにして割り振られてるんだろうね」


第一アリーナへの移動中、活水が番号が書かれた紙をひらひら振りながら言う。


「ほとんどランダムだって聞いたことがありますよ」


沙知が頬に人差し指を添えながら答えた。


「うん。政府ができた年号を0として、初めの頃は入学してきた名前順で割り振っていたらしいんだけど、退学したり、亡くなったりしたら番号は政府側に返却されるから、一応今も年代にはある程度沿ってはいるけどランダムみたい」


雹牙が付け加える。


「つまり、昔僕のこの番号を使っていた人がいるかもしれない……と」

「そういうことだね」


活水の言葉に雹牙が頷くと、沙知が「そういえば……」とつぶやいた。


「どうしたの?」


雹牙は首をかしげた。沙知は「大したことではないんですけど」と続ける。


まだ少し冷たい風が頬を撫でた。


「呪われた番号、というのもあるみたいですよ」


静かな沙知の声が乾いた空気を伝ってはっきりと雹牙の耳元に届いた。


「あ、その噂僕も聞いたことある」

「……呪われた、番号」


活水と綾人が話に食いついてきた。活水は自分の腕時計をタップして何かを調べ始める。沙知は話を続けた。


「はい。その番号を割り当てられた人は必ず退学するとか、作戦行動中に事故や敵の攻撃で死ぬとかー。まあ、あくまで都市伝説なんですけどね」


沙知は肩をすくめて苦笑いした。


「都市伝説とは言えど、実際に同じ番号を持ったエジャスターが同じ死に方をしたという前例は少なからずあるみたいだね」


活水が空中ディスプレイを雹牙達に見せてきた。そこには、エジャスターのナンバーに関することについて触れている記事が何個か表示されていた。活水がスクロールする記事をざっと読んでみるが、どれも証拠などはない。よく見てみれば、どのサイトもエジャスターに関する噂や都市伝説をまとめたサイトのようだ。


「当たり前だけど、その噂になっている番号が何なのかはどこにも書かれてなさそうだ」


活水は残念そうに首を振った。番号を知ったところでどうにかなる話ではないが、雹牙もこの噂について引っかかっていた。


ー例え噂だとしても、もし本当に同じ番号の人達が同じ死に方をしていたのなら第三者による干渉がないとは言い切れないな


「まあ、そこは政府によって隠されてそうですね。あ、つきましたね。……さて、作戦ーというか基本の動きを考えておきましょうか」


第一アリーナにつくと沙知の声色が変わった。さっきまでは都市伝説に興味を示していた雹牙達も気持ちを切り替える。


もう既に体操服は着ているので着替える必要はない。雹牙達はアリーナの中に入って、向かい合って座った。模擬作戦が始まるまであと三十分。


「環境、敵の能力によって臨機応変に対応する必要はありますが、基本の動きを考えておくことは大切です。不測の事態に陥った時、そういう基本を決めておくことは生死を分ける……と言伝先生が言っていました」

「そうだね。まず一人は常に戦況を把握しておく必要がある。少し離れた位置から、他の仲間にインカムを通じて指示を出す役割……調さん、お願いできる?」


雹牙は顎に手を当てて戦術を構成し始めた。まずは、今日の仲間達の能力と特性を考えていく。


「はい、勿論です」

「次に、もし足場が悪い環境だった場合は僕が足場を氷で作る。戦闘に関しての話なんだけど、正直僕はここにいる誰よりも弱いし能力を使いこなせない。喞筒そくとうくんは僕のサポート……というか喞筒くんメインで戦闘をお願いしたいんだ。本来は戦闘班である僕がすべき仕事なんだけど、ごめん」

「気にしないでおくれ。まだ僕達は見習い中の見習いなんだ。できないことが沢山あって当然だ。君の願いなら何でも聞くさ。だから、任せてくれ」


活水は柔らかく目元で微笑んでさらりと前髪をかきあげた。


「ありがとう。操馬そうまくん、君は調さんと同じく少し離れた所から全員のサポートをお願いしたいな。一番臨機応変に動かなきゃいけなくなるけど……能力検査の時の君を見た限りは、君が一番適任だと思うんだ」

「……分かった」


雹牙が一通り基本的な動きを確認を終えると、沙知は感嘆の声を漏らす。


「氷野くん、凄いですね」


雹牙が何のことを言っているのか分からず首を傾げると、沙知はきらきらと輝かせた瞳を雹牙に向けて続ける。


「戦術の事です。まだ私達と出会って間もないーというか能力検査の時しか動きを見ていないのにそこまで考えられるなんて」

「いや、僕は別に……」

「私、氷野くんが私達の事をこれほど見てくれるなんて思ってもいませんでした」

「それってどういう……?」


意外な言葉に雹牙が眉をひそめて沙知を見ると、彼女と目が合った。その眼鏡の奥の瞳は優しい光をともしていた。


「先入観で申し訳ないんですけど、氷野くんは冷たい人なのかなって勝手に思ってましたので。私も能力がサーチなので人をよく見ることは意識していますが、正直まだ会ったばかりの段階で能力を使わずにそこまで把握できないです」

「そうだろ、氷野くんは凄いんだよ」


沙知がひとしきり褒め称えた後、活水が何故か得意げに雹牙の肩を抱いて頷く。沙知は何も言わない雹牙の顔を覗き込んできた。沙知はじっと雹牙の顔を見つめて、にこりと笑った。


「もしかして……照れてます?」


沙知の言葉に雹牙は顔が熱くなるのを感じた。沙知に続いて、活水と綾人も顔を覗き込んでにやにやし始める。


「ちょ、あんまり見ないでくれよ」


恥ずかしさに雹牙は皆から遠ざかって顔を腕で隠す。


「ふふ、氷野くんって意外に可愛いんですね?」

「そうだよ、氷野くんは可愛いんだ」

「……可愛いな」


三人からからかわれて雹牙は口籠った。こんな風な反応をされたのは初めてで、どう対応していいのか分からない。にやにやする三人から逃げるように顔を覆って後退りをしていると、助け船がきた。


「そろそろ始めるぞ。準備はいいか?」


高鷲がアリーナの中に入ってきた。


「はい。いつでも大丈夫です」


雹牙を囲んでいた活水達はバッと雹牙の横に整列する。


「ルールの確認だ。死に値する怪我をすれば強制退場。半数が戦闘不能になった時点で失格。コードネームと決め台詞を自分のタイミングで披露。時間制限による失格は今回はない。質問が無ければ始めるぞ」


高鷲は雹牙達全員を見た後、後はアナウンスに従うようにと言い残してモニタールームに行った。

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