20話 コードネーム

「そういえば、今日の六時にグループ分けがメールで発表されるらしいね」


授業終わりに食堂で休憩をとっていた雹牙ひょうがは牛乳を飲みながらメールの受信ボックスを調べ始めた。


授業終わりの食堂は、カフェとしての営業もしているので食事を取る人だけでなく、コーヒーやケーキ等を楽しむ人もいる。


「え、そうなの~?」


雹牙の席の隣に座っている花は驚いた顔でパンケーキをほおばる。食堂にあるカフェをやっている店舗の中でも一番人気を誇る天使のふわふわパンケーキ。それのチョコバナナバージョンを彼女は選んだ。


「そうなのって蔓草さん、先生から聞いてないのかい?」


雹牙の目の前の席でチョコアイスのカップの蓋を開けていた活水は手を止める。


何故か雹牙は花が活水にナンパされた日以来、花と活水の三人でご飯を食べることになっていた。誰が作ったのかは不明だが三人だけがメッセージのやり取りをできるチャットグループも作られていて、行動できるときは三人で行動していた。


「聞いてないよ~」


花は呑気な顔でパンケーキを食べ続ける。さっき食べ始めたばかりのはずなのにもう半分ほど食べていた。


「結構大事なことだから普通は言うはずなんだけどね」


雹牙はそんな花を見て眉を下げる。花が所属する防衛班の担当は膠灰こうかい彼のことはよく知らないが、紹介の時の様子からして抜けているところがあるのだろう。


「あ、来た」


雹牙の空中ディスプレイに新着メールの知らせが入ってきた。それをタップして、メールを開く。


「誰とだろう。ワクワクする~」


花が隣から覗き込んできた。


「僕以外女の子だったら誰でもいいかな」


活水も席を立って反対側から覗き込んでくる。


メールには、端的に模擬作戦のグループ分けとだけ書かれており、その下に名前が書かれていた。


A班。氷野、調、喞筒そくとう操馬そうま

B班。火神ひがみ、土蜘蛛、知多ちた、扉森。

C班。白石、藤江ふしえ蔓草つるくさ魅輪みわ


「僕はA班か」

「氷野くん、僕達一緒だね!」


活水はキラキラした目で雹牙を見つめ、抱き着いてきた。


ー男子を嫌っていたはずなんだけど、いつの間にこんなに懐かれたんだろう。僕、なにかしたっけ?


雹牙は内心疑問を持ちつつも、されるがままになる。


「私は、二人とは違うね~。ふうちゃんと、きーくんと、亮輔くんかあ~。楽しみだな~」

「ふうさんとか。なら安心だね」


雹牙はディスプレイを閉じて残りの牛乳を飲みほした。


活水は自分の席に戻り、花は残りのパンケーキを食べ始める。


「そっか。氷野くん戦闘班で三日間ふうちゃんと戦ったっていってたもんね~」

「うん。ふうさんは、かるまくんと同じくらい強いよ。僕じゃ全然相手にならなかった」

「火神くんと同レベル……それって結構凄くないかい?」


活水は次々にアイスを口に運びながら目を丸くする。


「そうなの~?」

「ああ。火神くんといえば右に立つ者はいない天才として中学の時に有名だったって隣のクラスの女子が言ってたよ」

「天才、か……」

「ん?どうかしたかい、氷野くん」

 

雹牙が飲み終わった牛乳のコップをじっと見つめていることに気が付いて活水が声をかける。


「え?あ、ううん。何でもないよ。っていうか君、また女子をナンパしたの?」


食堂から帰るときや入浴の時も雹牙は活水と一緒にいるようになったのだが、この三日足らずで学校の半数の女子をナンパしているのではないかという勢いで彼はすれ違う度に女子に声をかけていた。


「ああ。勿論だよ。僕にとってはこれが礼儀みたいなものだからね。あ、君!この後僕と……」


活水は髪をさらりと掻き上げた。次の瞬間、突然立ち上がって、彼の横を通り過ぎた女子を追いかけていった。


「相変わらずだね~」

「ははは……」


まだ一緒に行動し始めて日数はたっていないが、一日に何度も繰り返される行動に馴れてしまった雹牙と花はそれを横目に次の話題を探し始める。あまりに酷いときは止めに入ることもあるが、全てに反応して止めていたらキリがないことを早い段階で思い知らされていた。



「あ。そういえば、コードネームとか決まった~?」


パンケーキをきれいに食べ終えた花が問いかける。


「ああ、あれか。僕はすぐに決まったよ」

「僕は凄く迷っちゃって。実はまだ決まってないんだよね。蔓草さんは?」


帰ってきた活水が椅子に腰を掛けながら雹牙よりも早く答えた。ナンパが成功しても失敗しても活水の表情はほぼ変わらないので、ナンパがどうなったのかは分からないし雹牙にその行方を聞く気もない。


「私もね、決まってないんだ~。コードネームは特にヒーローになっても使うって考えたら決まらないよね~」


花の言葉に雹牙は深く同意する。この三日間、授業の合間や隙間時間を見つけてはヒーロー決め台詞特集を見返したりまとめサイトを見ているが中々決まらない。考えれば考えるほど、雷音から授かった力に見合っていないのではないかと決められないでいる。いいものが見つかっても、今の自分には勿体ないと思ってしまう。


「あ、でもー」


花がぱあっと花を咲かせたような笑顔で雹牙を見た。


「それに見合うようなヒーローになれば話かも」

「そうだね、僕もそう思うよ。今の自分に見合ったものでもいいけど、それに相応しいヒーローになるって決意を込めて決めるのもいいかもね」


二人の言葉は、雹牙の決意を固めるのに十分だった。


「二人とも、ありがとう」


急にお礼を言う雹牙を見つめて花と活水はきょとんとした顔をする。雹牙が何も言わずに微笑みかけているのを不思議そうに見て、顔を見合わせた後、二人は笑顔を見せた。


「私、お礼を言われることしてないよ~」

「まあ悪い気分にはならないけどね」

「むしろお礼を言わなきゃいけないのは私の方だよ~。ありがとう」

「僕も、君に礼を言わなきゃいけないな。ありがとうね」


それぞれ身勝手に感謝の言葉を述べた後、顔を見合わせて笑いあった。


「僕ら、何やってるんだろう」

「傍から見れば僕達大分変な集団かもね」

「だねだね~」

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