18話 朝は本当になる
「ーというわけで、ぎりぎりではあるが全員合格だ」
「……はあ、つかれた……」
「今日は早めに就寝しましょう……。明日は模擬戦前の最終日です」
沙知も疲れた顔でスケジュールを確認しながら寮へと向かう。
「お前ら!疲れてるのは分かるがしっかりご飯は食べろよー!」
言伝は背中を丸めて疲れ切った様子で寮へと足を運ぶ生徒たちの背中に呼び掛けた。
「きい、ご飯どうする?」
あかりは横を歩いていたきいに問いかける。
「流石にボロボロの状態で行くわけにはいかないから、お風呂に入ってから行くことにするよ」
「そうだよね、あたしもそうするからまた後で連絡するねっ。あ、ふうにも連絡を……」
あかりがふうに連絡を取ろうとすると、ちょうどいいタイミングでふうからメッセージが来た。
「あ、ふう今日氷野くんからごはん誘われたみたい。先に食べてるねって!」
「おっけー、じゃあボク達はちゃちゃっと風呂入って食べに行こうか」
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
「かるまくん、来ないね。かるまくんも誘ったはずなんだけど……」
「来なさそうだね」
そういって雹牙の向かい側にシチューとパンの入ったトレーを置いたのは雹牙と同じ戦闘班であるふう。
「ごめん、ふうさん。僕が二人を誘ったのに……」
「気にしないで。とりあえず、冷めないうちに食べよっか」
ふうは雹牙に座るように促して、席に着く。
「それで……話したい事って?」
少しご飯を口に運んだあと、ふうが切り出した。
「えっと、僕ら戦闘班の授業はただただ戦闘を繰り返すだけだよね」
「うん」
「その都度先生はアドバイスをくれるし、戦闘を繰り返すことは経験を積むうえでも凄く役に立つと思う」
「うん」
「でも、これだけでいいのかなって」
雹牙はカレーを口に運んでいた手を止め、スプーンを皿の上に置く。ふうもそれを見て、ご飯を食べる手を止めた。
「僕達は、エジャスターを目指している。与えられたことをするだけで、なれるとは思えない。だから僕達戦闘班にできることはないかなって思って、それを相談しようと思ったんだけどー……まあ、かるまくんが来るわけないっていうのは薄々分かってたんだけどね」
雹牙は眉を下げる。
「……焦ってる?」
ふうは僅かに首を傾げた。銀髪がふわり、と揺れる。
「あ……」
雹牙は一瞬言葉を詰まらせた。図星だったからだ。
「実は、そうなんだ。僕、このクラスの中で一番弱いから。授業中も誰にも勝てずにいるし……。でもこうなることはここに来た時から分かっていたし、覚悟もしていた。でも僕は早く強くならないといけないんだ」
雹牙は、戦闘班の授業で
「ふうさんも、かるまくんも僕なんかより凄く強いからさ、何かいい案をくれるかなって。あ、別に授業に不満を言ってるわけじゃないんだ。ただ、僕は……」
「うん、分かってるよ」
ふうは微笑んだ。
「私達戦闘班がすべきことは、戦うこと。その為の経験は今授業で積んでいる。それなら私達が授業外ですべきなのは、基礎体力作り。これから授業に組み込まれていくんだろうけど、君が言ったように与えられてからやるようじゃ目指すものにはたどり着けない。基本的なことだけど、走り込みや筋トレ、柔軟……これが私達に今できることなんじゃないかって思うけど……君は既にこれをやってるでしょう?」
「え……」
雹牙は言葉を失った。確かにふうの指摘通り雹牙は早朝と深夜にトレーニングを毎日こなしていた。しかし、そのことは誰にも言っていない。ふうが知っているはずがなかった。
「ごめんね、この前たまたま見ちゃったの。与えられた以上の事をすでにやっているのなら、このままそれを続けるだけで今はいいと思う。いろいろ手を出しすぎても、全てが疎かになる」
ふうは申し訳なさそうに眉を下げて謝った。
「そっか……そうだよね」
「ーねえ、氷野くん」
雹牙は目を伏せた。今新しく自分にできることはないという事実を自分の中に落とし込もうとしていると、上から声が降ってきた。顔を上げると目を細めて微笑みを浮かべているふうがいた。
「君はどんな気持ちで戦ってる?」
唐突な質問に雹牙はすぐに答えることが出来なかった。
「君と戦っている時、君が何かにおびえているのを感じた」
雹牙は思い出していた。ふう達と戦っていた時の自分が感じていたものを。
ー制御しようとするので必死だった。完璧に力をコントロールしようとするとそのことばかりに気を取られて……戦った相手に悟られるなんて……。
ふうに、雹牙の力の秘密を話すことはできない。少しでも触れてしまえば取り返しがつかなくなる。雷音のために、雹牙自身のために話すつもりはなかった。
雹牙が沈黙を続けていると、ふうは静かに言葉を発した。ふうの目は優しく雹牙を捉える。その瞳を見ていると、何故か沈黙を貫いていることへの罪悪感が薄れていくように雹牙は感じていた。
「君が何に怯えているのかは分からない。でも……その怯えはきっと君の成長を阻害している。自分の力に自信を持って戦って。思っていなくても、信じられなくても、自分の力を信じてみて。嘘は、強く思えば本当になる」
「自分の力を、信じる……?」
「そう。君と戦ってみて感じたことだけど、君は自分に自信が無さげに戦ってる。自分の能力を怖がっているようにも見えた。コントロールしようと力を制御して、でも強くなりたいという焦りでそれを忘れそうになってまた必死で力を抑え込む……これを繰り返しているように、見えた」
ふうの指摘は怖いくらいに的確だった。雹牙が自分の能力を怖がっているのも、授業の最中に力の制御を完璧にしようとする思いと、早く成長をしなければならないことへの焦り、戦いに夢中になって暴走しそうになることへの恐怖。その感情を繰り返しながら戦っていた。その全てをふうに見抜かれているとは思いもしなかったことなので、雹牙はこれまで以上に驚いていた。
ーどうして、ここまで僕のことを理解してくれるんだ?
雹牙自身が感情を隠せていないというのもあるだろうがそれだけではない気がする。
「……ほとんど、というか全部当たってる、かな……。ふうさん、すごいね。僕よりも的確に僕の感情を理解しているかも」
雹牙は目を伏せて、続ける。
「本当は、僕が戦闘班である事自体疑問なんだ。僕はこのクラスの中で一番弱い。だけど戦闘班はクラスの中でも上位にいる三人を選んでいると先生は言った。その三人のうちの一人が僕のはずないんだ」
雹牙は首を振り続けた。二日間、かるまとふうと名崎と戦って自分の力の無さを痛感した。簡単には越えられない高すぎる壁を感じた。
雹牙は自嘲的に笑いながら続けた。
「僕が戦闘班に選ばれた事に何かの間違いがないとして、そこに理由があるのなら、きっと能力の可能性だ」
雹牙の能力は、他でもなくあの雷音から受け継いだものだ。今の雹牙に雷音ほどの実力はなかったとしても、努力次第ではいずれその力に近づける可能性は高い。
「名崎先生は、氷野くんに対して大きな期待を持っている。他の生徒とは違った目で君を見ている」
ふうがポツリと溢した。
「君はそれに早く応えようと必死になってる」
雹牙が無意識に感じているものまで正確に知っているようにふうは続ける。
「これも戦いの中で感じたことだけど、君は多分君が思っている以上に力のコントロールをもっとうまくやれると思う。多分、今よりももっと力の制御をうまくやるコツ……というか鍵は自分の力を信じるってことじゃないかな。確証はないから断言はできないけどね」
ふうは笑った。そして、立ち上がる。
「そろそろ行かないと。明日もあるし」
雹牙は時計を確認する。かれこれ三十分以上話し込んでいたようだ。
「本当だ。ごめん、ふうさん。疲れているのに長い時間付き合わせちゃって」
「全然気にしないで」
ふうは首を振った。そして、微笑む。
「また何かあったらいつでも相談して。的確なアドバイスはできるか分からないけど、話を聞くことはできるから」
「うん、本当にありがとう」
雹牙はふうと別れた後、学校の裏庭の奥深くにあるちょっとした森に向かった。
「やあ、雹牙。よく来たね」
木の陰から現れたのは、雷音だった。
「雷音さん」
「一週間に一回の特訓の時間だ。授業で疲れているだろうけど、厳しく行くよ」
「はい、お願いします」
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