9話 雹牙の始まり2

「彼」はヒーローだった。


遥か昔、雷電竜らいでんりゅうという神獣が雷の能力を持つ人間にその能力を強化する力授けたという伝説がある。その力は、代々その一族に継承されてきた。彼らはその力を正義の為に使ってきた。その力で万人を助け、たった一人で世界の秩序を守ってきたと伝えられている。そうやって継承されてきて何百年、何千年。「最悪」は起こった。


三十年間その力を使い、世界を守ってきたエジャスターー継承者504代目は雷の力を持たない子どもを授かる。しかし、雷の能力が無くても力を継承できる可能性はあると考えた彼は、その子どもを次の世代の継承者として育て上げた。


子どもが成人して、一人前と呼べるようになったとき504代目の彼は気が付く。自分の子どもがリベリオンの道を辿っていたことに。子どもはリベリオンの幹部として何十人の部下を従え、革命を起こそうとしていたのだ。


既に引き返せないところにいた。どうしようもなかった。504代目の彼は自身の息子と戦い、勝利した。


彼はもっと早く気づけば……と後悔に苛まれながらも、力の継承者をどうするべきか考えた。自分は、ヒーローなのだ。それも伝説の力を手にした唯一無二の。立ち止まっている暇なんてなかった。彼が立ち止まるということは平和を失うのと同義だった。


そんな時、504代目の彼は雷電竜の伝説を信じて雷の能力を得るために必死に努力していた少年と出会う。「彼」の夢は姿を見せずとも陰ながらに世界を守るヒーローになりたいというものだった。その夢を実現するためには、雷電竜の力が必要不可欠だと考え、誰もが実在するはずがないと言った、伝説を追っていたらしい。「彼」と血の繋がりは全くない。しかし、その純粋な夢と、努力に胸を打たれた504代目の彼は力を「彼」に授けることに決めた。


こうして、光とともに颯爽と現れて、光が消えると同時に姿を消す幻のヒーローが誕生する。『雷音らいおん』と市民からよばれる「彼」はそうやって今日も事件が起これば何処からともなく姿も見せずに現れ、平和を守ってくれると信じられ人々の心の支えであり続けていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「僕を、倒しに来たんですか……?」


雹牙ひょうがは「彼」ー雷音を見て呟く。

雷音は目を丸くして、問いかける。


「どうしてそう思うのかい?」

「だって、この力は……」


雹牙は自身の手を見つめた。


「ああ、なるそど。その力のことか。それなら、心配はいらない……というのかな。君は倒されるべき存在じゃあ無いよ。もしも、君が正気を失っていたのなら別だけどね」

「どういうことですか?」

「説明が難しいんだけど、その力は厄介な力なんだよ。最近その力を一般市民に注ぎ込んで自分の手駒に加えるリベリオンが多発していてね。君は所謂いわゆる依代ってやつに選ばれたわけだ。依代に選ばれる基準も、その力の状態でさえもまだ調査中なんだけど、一つ言えるのは、今まで依代に選ばれて力を注ぎ込まれた人の中で生きていた者は誰一人としていないってことかな。君を除いて、ね」


雷音は少し間を開ける。雹牙が首を傾げたままでいるのを見ると、笑顔を向けて来た。


「つまり君はすごいんだよ。君は、ほとんど使い物にならない能力しか持っていなかったみたいだね?良かったじゃあ無いか、その力を持ったことによって君もエジャスターになれるんじゃないかな」


雷音は笑う。優しい瞳の奥深くに冷たい何かが光ったような気がした。


何故自分が凄いのか、何故能力の事を知っているのか聞きたいことは沢山あった。でも雹牙の口から出た言葉は全く別物だった。


「それじゃあ、ダメなんですよ……。僕は、努力してきました。他の人達に比べたら比べ物にならないくらいかもしれないけど、僕はヒーローになるために、ずっと憧れてきたあなたに近づくために、あの日あなたが僕を助けてくれた様に僕もみんなを助けられる様に、今まで頑張ってきたんです。それでも幾ら頑張っても僕の能力はエジャスターには向いていないって言われ続けました。でも、絶対に諦めないっていつかはなれるって信じてここまで来たんです。確かに強い力を手に入れる事を望んでいました。でも、この力は悪意に満ちています。僕が望んだのは悪意に満ちた力じゃ無い……!!僕が欲しかったのは、あなたみたいな誰かを救うことができる純粋な力だった……!!なのに僕は誰かを救うどころか、人を消してしまって……!!」


雹牙は悲鳴に近い声を上げた。言葉にすればするほど、どうしようもない怒りが溢れてくる。


一度しか使っていないが、分かる。雹牙が手に入れてしまった力は、とても強力なものだ。人一人を簡単に消せるくらいに。それと同時に力からとてつもない量の悪意を感じた。


雹牙は分かっていた。先ほど手に入れた力を自身から追い出すことは不可能であると、感覚で理解していた。もうその力は既に身体の隅々を支配していて、きっとその力を消すためには雹牙自身を消す必要があるということも。


「僕を、消してください……。この力は、きっと危険です。邪悪に満ちている。僕には、どうしようもできない。きっとまた誰かを消してしまう。お願いです、僕がまた誰かを傷つける前に……」


雹牙は、頭を下げた。怒りと、惨めさと、悔しさでいっぱいだった。今まで、まさか自分が憧れの人の敵になってしまうなんて思ってもいなかった。夢見てきたのは、憧れの人の横に立つかっこいいヒーローだったのに。


雷音は何も言わない。沈黙が続いた。もしかすると優しい彼は決断を下すのを迷っているのかもしれないと雹牙は考えた。顔をそっと上げる。そこには、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる憧れの人の姿があった。


「ーねえ、君。名前は?」

「氷野……雹牙です」

「雹牙。君は雷電竜の伝説を知っているかい?」

「雷電竜……?確か、空想上の生き物の……」

「そう、神獣と呼ばれて実在しないと言われた空想上の生き物。誰もがその存在を信じなかった。でも僕はその存在をずっと信じて追い求めていたんだ。そして……見つけた」


雷音は頷いて、黒に徐々に浸食され始めていた雹牙の両手を優しく握った。


「あっ……」


雹牙はその手を払いのけようとしたが、力が強くてびくともしなかった。

雷音の手を雹牙の手を侵食していた黒い何かが飲み込もうとしている。


「何やってるんですか、離して……!」

「大丈夫だ」


不安げな表情で自身手を見つめる雹牙に、雷音は自信たっぷりの声をかける。その声に答えるかのように雷音の手が金色に染まり、二人の手を侵食していた黒が浄化されていってその光が無くなる頃には黒が消え去り、雷音の手も雹牙の手でさえも元に戻っていた。


「雷電竜。その伝説は存在したんだよ」


その後、雷音は説明した。自身が持っている力の事を細かく詳細に。


そして、雹牙にある提案を持ち掛けるー


「ねえ、雹牙。君が次の継承者になってくれないかい?」

「……へっ?」


思わず素っ頓狂な声が出た。


「さっきも話したけど、僕は先代と血が繋がっていない。勿論雷の力も持っていない。でも、力を受け取ることができた。僕には、君なら力を受け取れると思うんだ」

「え、いや、僕なんかが……」

「謙遜なんかしなくていいさ。僕は君を選んだ。誰が何と言おうと僕は君を506代目の力の継承者にしたいと決めたんだ」

「で、でも……」

「今君が手に入れたその悪意に満ちた力ー黒の力とでもいおうかーそれだけでも十分強いけど、僕が授けるこの力、雷電竜の力はそれよりも強力なものだ。この力をコントロールすることはすごく難しい。けど、この力を使えば君のその黒の力を君が想像した形に作り替えることが出来るはずだ。でも黒の力もまた制御するのが難しいんだ。君が雷電竜の力の継承を受け入れた場合、まずは雷電竜の力を少し君に渡して、黒の力を制御する訓練をする。十分に制御できるようになって、扱いに慣れ始めた頃から徐々に力を受け渡していって、エジャスターになる頃にはどちらの力も完璧に使えるようになるという算段で行くつもりだよ。つまり、雹牙の成長に合わせて少しづつ力を授けていくって感じだね。どうかな、力の継承を受け入れてくれる?」


雷音は穏やかな声でそう話した後、低い声で


「よく考えてね。僕が継承者を君に決めたと勝手に言ったからといって簡単に頷くのはだめだよ。この力を受け入れるということは、とても過酷な道に進むことが約束されるってことだ。まずは難関だと言われる豪傑高校に入学して、必ずエジャスターになるための資格を得なければならないし、なった後はどれだけ辛くてもヒーローであり続ければならない」


と言った。その真剣な瞳が雹牙を捉えて離さない。威圧感とも少し違うぴりついた空気が流れる。

そして、きっと普段ヒーローをしている時は見せないような憂いを僅かに帯びた表情で雷音は言う。


「僕らがどれだけヒーローであり続けたって、この世界は残酷だからね」


雹牙にはその意味が今でも分からなかった。理解できたのは、相当な覚悟と責任をもって雷音という男は、自身が憧れた人は、ヒーローをやっているということと、今自分もそれに相当するくらいの覚悟があるのかを問われているということ。


雹牙の答えは、決まっていた。もうずっと前から……あの日から、覚悟は決まっていた。 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


雹牙は、そうしてヒーローになるための能力を得た。雷音との訓練を毎日繰り返して、入学するころには「黒の力」の形を元々雹牙が持っていた「触れたものを冷やす能力」と掛け合わせて「氷の能力」に作り替えることに成功した。まだまだ完璧に制御できているとは言い難いが、それでも雹牙はエジャスターを目指せるくらいのレベルの能力を得た。


でも、それは決して雹牙自身の努力の結晶ではなかった。

その事実が、かるまに能力のことを打ち明けることが出来ない理由だった。

 

昔は二人して能力的にエジャスターには向いていないと言われていた。でもいつの日かかるまは雹牙の手の届かない場所に行っていた。雹牙が才能がない、諦めろと言われる中、かるまは天才だと色々な人から崇められるようになった。思えばきっとそこからだったのかもしれない。二人の間に簡単には埋まらない溝が出来たのは。同じ高校に入学して、その溝は埋まるどころか更に深まっていた。


かるまの瞳が光った。右手から予備動作ほぼ無しで火の玉が放たれる。雹牙はその玉に両手で放った氷の玉をぶつけて相殺させる。次々に止むことなく放たれる火の玉。その全てを雹牙は相殺し続ける。攻撃が止むことは無い。火の玉が無くなったかと思えば、拳を突き上げてくる。距離を取れば、火の玉が放たれる。制御出来ていると言っても完璧に力をコントロール出来ていない段階にある雹牙の身体と集中力が限界を迎え始めたその時。隙を見逃さないと言うように、火の玉と火の鉄拳が同時に放たれるー

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