死ぬから、愛して

Aoi人

醜心

 『病気に負けずに頑張って!応援してるよ!』

 『こんなにも若い少女が…可哀想に…』

 『こんなのあんまりだ…神様、どうか彼女を救ってあげてください…』

 「ふ、ふふっ」

 スマホの画面に映る文字を読みながら、気味の悪い笑い声を抑える。しかし、それでも口の端から漏れ出てしまうのは仕方のないことなのだ。笑いを我慢できるほど、人間の構造は発達していない。

 不治の病を患ったと知ったときは自分の不運に絶望しかけたが、なってみれば案外良いものだった。

 だってこんなにも、私を惜しんでくれる人ができたから。病気になることで、始めて私に価値が生まれた。

 息吹いぶき可憐かれんの名に相応しく、私は皆からあわれまれるために生まれたのだ。

 そのことを知れたのは、この病気のお陰以外のなんでもない。ほんと、病気様々だと思う。

 ふと壁の高い位置にかけられたカレンダーを見上げる。私の命が尽きる日まで、残りあと一ヶ月といったところだろうか。

 病状が悪化して残り一週間にでもなれば、もっと多くの人から愛されるのにと思うが、現実はそう甘くない。だらだらと残りの一ヶ月を、惜しくもない命を惜しんで生きるのだ。

 「ピコン!」

 またスマホから通知の音がする。画面を確認すると、やはりそれは私に対する同情の言葉を知らせるものだった。

 「ふふふ…」

 また私の心は満たされて、嬉しいって気持ちが湧き出てきて、つい気味の悪い笑い声が漏れ出てしまう。

 ああ…私は本当に、幸せ者だな。



 事件は私の余命があと一週間にまで迫ったときに起こった。

 その頃にもなると、私の残りの寿命が少ないことを知らせるかのように、何度も呼吸困難になったり、全身が痛くなって体が激しく痙攣したりしていた。

 私はそれを毎日ブログやSNSにまとめて公表し、皆からの愛を受け取って幸せを甘受していた。

 そんなとき、ふとあるニュースが私の耳に入ってきた。

 『不治の病とされていたあの病気の特効薬が開発されました。現在、被験者を募集してるとのこ…』

 無意識のうちにテレビを消してしまっていた。

 動悸がして、息が荒くなる。それは病気の発作じゃなくて、人間が価値を損失するときに感じる恐怖によって引き起こされるものだった。

 スマホが無慈悲に「ピコン!」と音を鳴らす。

 嫌だ。辞めて。見たくない。聞きたくない。それでも僅かな希望を求めてしまって、私はスマホを手に取り、その画面を見てしまう。

 やはりそこにあったのは、「被験者になりますよね!」という皆からのメッセージだった。

 予想通りの現実に絶望して、私はスマホを投げてしまった。スマホは壁に打ち付けられて大きな音を出していた。私にはもうそれがどうでもよかった。

 ほどなくして医者が私のところにやってきた。そして、私と想像通りの話をした。

 「少し、考えさせてください。まだ怖くて…」

 「…分かりました。ですが、可憐さんにはもう時間が残されていません。どうか、お早いご決断を」

 医者はそう言い残して去って行った。私の意見を尊重してくれたのは好都合だった。

 時間は残されていない。それは私にも分かっている。

 私は不幸じゃないといけないんだ。病気じゃないといけないんだ。皆に憐れまれてないといけないんだ。

 だから、特効薬なんて打ってしまってはダメなんだ。

 その考えに至るまでに、そう時間はかからなかった。

 その後、母が私の元を訪ねてきた。「新鮮な空気も吸ったらどう?」なんて言って窓を開けていた。

 その後私に対していろいろとごちゃごちゃ言っていたけれど、正直何も頭には入らなかった。

 あいつの言うことなんてどうてもいい。私の命は私のものなんだ。私だけが好き勝手にしていい、私のかざりなんだ。

 それに、今までずっと私をほったらかしにしてきたんだから、今後も私をほったらかしにしておけばいい。そうやってお前は生きてきたんだし、私もそうやって生かされてきた。

 それに不満を言ったこともなければ、そもそも感じたことすらない。むしろ、私としては自由に生きられて楽だったと思う。

 そりゃあ少しは甘えたかった気持ちもあるけどさ。でも、もうすぐ死ぬ私にはそんなの関係ないし。

 さて、それじゃあちゃんと死ぬためにも、何か適当な理由でも考えておかないとね。

 『私は運命に従いたいんです』

 うーん、ちょっと弱いかな?

 『私は…ありのままの私を受け入れてあげたいんです』

 おっ、これなんかちょっと良さそう。カッコいいし。

 この台詞なら死んだ後でも後世に語り継がれて、私は後に映画の主人公になったり…

 「ふっ、ふふふ…ふへへ……」

 ダメだ、変な笑いは抑えておかないと。心配したやつに凸られても困るからね。

 よし、台詞も決まったことだし、今日はもう休もうかな。

 そう思って体の力を抜いたとき、急に全身に痛みが走った。

 体が大きく痙攣する。痛い痛い痛い痛い痛い!

 医者とナースの慌てた声が遠くから聞こえたような気がしたけど、痛みに神経を支配された私に周りの状況を知る余裕はなかった。

 ただ一つ、私が今一番聞きたくない言葉だけは鮮明に聞こえてきた。

 『今すぐ例の特効薬を用意しろ!』

 それは私にとって呪いの言葉だった。

 嫌だ。辞めて。助かりたくない。このまま死にたい。お願いだから…私を不幸なままでいさせて!

 そう強く思ったとき、私の体は宙に浮かんでいた。

 ベッドから落ちた?いや、それならこんなにも長く宙に浮かんでるはずがない。

 それに私の目には地面が、地上が、私に近付いてくるのが見えている。いや、私が近付いていっているのか。

 …そういえば、あいつ窓開けっ放しにしたまま帰ってたな。ははっ、なーんだ。

 私、不幸なまま終われるじゃん。

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死ぬから、愛して Aoi人 @myonkyouzyu

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