第31話 大晦日の思ひ出
大晦日の夜に青木が年越しそばを持って家に来た。老舗のお蕎麦屋さんので海老天もついている。
「おお、青木のくせに粋なことするね」
「青木のくせには余計です! 実はあのお蕎麦屋さん、時々、昼食を食べに行くんですよ。いつも混んでますが」
「いいねえ、そういう風情のある蕎麦屋で、そばがき肴に熱燗でもやりたいね」
「泰造、飲むことばっかり。それでなくても正月は飲んだくれてるんだから」
青木もコートを脱いで、リビングのこたつに入った。もうおせちの準備は泰造がぬかりなくやって冷蔵庫に入ってる。
泰造も私も缶ビールを飲みながら煮しめの余りをつまんでいたので、青木にも缶ビールを出した。
つけっぱなしのテレビがお笑い番組を映している。
「子供の頃は大晦日と正月が楽しみだったな。」
「お正月はお年玉がもらえるからでしょ」私がかごに乗せたみかんを剝きながら言った。
「それもあるけど、昔の大晦日はスリリングだったんだ」
「スリリングですか?」
「まずレコード大賞を誰が受賞するか真剣に見てたな。それがまずスリリングだ」
「今は誰がとってもそんなに話題にならないもんね」
「昔のと今のではレコード大賞の重みが全然違う。
昔はまるで芥川賞を取ったくらいの泊がついたんだ。だからみんなレコード大賞を受賞したがったんだ。
その権威のあったレコード大賞大賞を3年連続で取った作詞家がいるんだが、わかるか?」
「いま作詞家って秋元康しかわからないな」
「いまはアーティストやアイドルも自分で作詞したりするしな。その前人未到の3連覇を達成したのが阿久悠という作詞家だ」
「名前はなんか聞いたことありますね」
「そうだろ。阿久悠は昭和51年の都はるみの北の宿から、52年の沢田研二の勝手にしやがれ、53年のピンク・レディーのUFOの作詞を手がけたんだ。そりゃもう大騒ぎだ」
「へー」
「それでレコード大賞が終わると、それに出ていた歌手が紅白と被るからレコード大賞の会場の帝国劇場から紅白の舞台のNHKホールまで歌手もスタッフも大急ぎで車に乗って、
白バイやパトカーが先導して車を走らせたんだ。信号も全部青にして。レコード大賞受賞歌手も、その余韻も感じる暇もなく、移動させられたんだ。それもスリリングだった」
「すごいね、警察官まで登場するって」
「それで9時から紅白が始まるんだけど、その頃はコント55号が裏番組をぶっ飛ばせ!っていうコント番組を浅草演芸ホールからやっていて、少数派はそっちを見てたな。
こち亀の1巻だと思うが、元旦に両さんが、昨日のコント55号は愉快だったなというセリフがあるから、両さんは少数派だな。
今はレコード大賞は30日になってしまったからな。昔のレコ大から紅白へっていうスリリングさがないんだよな。紅白も昔は9時からだったのに、今は7時20分からだし」
「今年は元ジャニが全然出ないからちょっとつまらないな」
「僕が子供の頃は大晦日は格闘技ばかりでしたよ。ある年なんか日テレで猪木祭りやって、TBSでK-1ダイナマイトやって、フジテレビはPRIDE男祭りで、格闘技に興味ない人は紅白見るしかなかったですね」
「そんな年もあったな。まだ年末のガキ使の笑ってはいけない24時やる前だったからな。
そのガキの使いもやらなくなったし、今年の紅白は知らない歌手ばっかりだから、俺は孤独のグルメスペシャルまで一眠りするかな。
お前たち、決してコタツの中でいちゃつくなよ。エロ動画みたいに」
「誰がするか!」
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