第27話 ハムになろう!
泰造が実家に寄ったついでにハムの詰め合わせをもらってきた。買ったらかなり高そうだ。
泰造の父、要蔵はすでに隠居しているのだが、昔は手広く商売をやっていたので、未だにいろんな人からいただきものをするのだ。それを実家に行っては泰造がもらってくる。
「このハムを厚切りにして軽く炙って脂身のとこがジュワっと溶けたのを食べるとたまんないな」
「あ、私も食べたい」
「後でな。晩酌のアテにしよう」泰造はハムを冷蔵庫にしまうと、リビングのいつもの椅子に座った。
そして唐突に「ハムになろう」と言った。
いつだって泰造は唐突だ。
「正確には『君もハムになろう!』だ」
「なにそれ、意味不なんだけど」
「昔のマンガ雑誌によく載っていた広告なんだ。アマチュア無線技士のことをハム(HAM)といって、要はそれに合格する為の通信教育の広告なのだが、
子供だし、そんなことわからないから、『ハム? ハムになろうってどういうこと? 人間がハムになれるの?』と、
まるで生きたまま蝋人形にされるがごとく、紐でぐるぐる巻きにされて炙られて、脂をしたたらせるハムにされた自分を想像して、恐怖に震えたものだった」
「大げさだな」
「だってハムになろう! だよ。せめてHAMにしてくれよと思うよ。
でも昔は他にも怪しい通信販売の広告がいっぱい載ってた。みさきは『シーモンキー』ってわかるか?」
「シーモンキー? 海猿?」
「違うな。伊藤英明は何も関係ないし、作者とフジテレビがもめて続編が出来ないことも関係ない。
雑誌に『シーモンキー』って文字と、ひょろ長い体をしたシーモンキーの家族が水槽の中で暮らしてるイラストが描かれていたんだ。
絶対、水槽を泳ぎ回る小さな猿を売ってるんだと思うよな。で、それを買うと」
「買ったんだ、泰造」
「ああ。するとシーモンキーセットが送られてきて、
まずはコップみたいな容器に水を入れ、①と書かれた小袋の中身を容器に入れ、
次に②と書かれた小袋の中身を入れ……と、白髪染めの溶液を作る時みたいな手順を踏んで、そのまま一日おくと容器の中には!」
「中には?」
「小さなプランクトンが発生してるのだ!」
「全然、猿じゃないし」
「そう猿じゃない。何がシーモンキーだ。でも、そのネーミングセンスに俺たちは負けたんだ。ただのプランクトンにシーモンキーと名付けたセンスに。
そのプランクトンは育つと1cm近くなるらしいのだが、そうなる前に全部死滅したけどな」
「はかない命だな」
「他には誌面1ページをまるまるアイデア賞品の広告に使っていて、
タバコをぷかぷか吸って煙を出す人形や、磨くと黄ばんだ歯が真っ白になるという『セッチマ』って歯磨き粉や、
スパイカメラっていう小型カメラなんかが、売られてたな。
後は貧弱な坊やを筋肉ムキムキにするブル・ワーカーや、空手の通信教育とか必ず載ってたな」
「なんか昔の広告ってすごいね」
「と、まあそういうことで、俺たちもうまいハムを食べて、ハムになろう!」
「いいから早く炙れよ、ハム! 早くしないと泰造を炙ってハムにするよ!」
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