第21話 鶴光のオールナイトニッポン
時計を見た。もう1時を回っていた。でもそれほど眠くはない。泰造も同じようだ。
「みさきは深夜のラジオとか聴いたりするのか?」
「うーん、あまり聴かないかな。星野源さんのオールナイトニッポンはたまに聴くけど」
「今、オールナイトニッポンは夜の10時からやってるもんな。ニッポン放送はオールナイトニッポンっていうコンテンツに頼りすぎだな。
でもやっぱりオールナイトニッポンといえば夜中の1時の時報と共に始まるのが良かったんだ」
「そうなんだ」
「俺が聴いてた頃のオールナイトニッポンのパーソナリティーは、
月曜日が中島みゆき、火曜日が所ジョージ、水曜日がタモリ、木曜日がビートたけし、金曜日が吉田拓郎で、土曜日の深夜があの!」
「あの?」
「乳頭の色は? でおなじみの笑福亭鶴光だった!」
「おなじみじゃないし。何、ニュートーって?」
「乳頭は乳頭だ。乳の頭だ」
「オヤジぶっ飛ばす」
「まあまあ、鶴光師匠が言ってたんだから。それで鶴光のオールナイトニッポンは毎週4時間ぶっ通しでやってたんだ。
前半はフリートークと多彩なコーナーのハガキを読むのが主だった。
その数々のコーナーの中でも大ヒットしたのが『なんちゃっておじさん』のコーナーだった」
「なんちゃっておじさん?」
「なんちゃっておじさんというのは、電車の中で不良にからまれて突然泣き出したおじさんが、
不良がいなくなった途端に泣くのをやめて、『なーんちゃって』と言ったという話で、
この企画はタモリのオールナイトニッポンでもやっていて、
全国からそのおじさんの目撃情報が番組に寄せられ、なんちゃっておじさんは一躍時の人となった。
まるで口避け女的な噂の広がり方だった。
他には『驚き桃の木びっくり話』ってコーナーもヒットしたな。
有名なのが『悪の十字架』ってやつで、鶴光は怪談さながらにそのハガキをおどろおどろしく読んでいくのだが、
そのオチはデパートの開店時間が10時からで『開くの10時か』『悪の十字架』だった」
「ダジャレかよ」
「『恐怖の味噌汁』のオチは『今日、麩(ふ)の味噌汁』で『死んだマネージャー』のオチは『死んだ真似じゃー』だった」
「昭和すぎるな」
「そして3時からはイントロ当てクイズが始まり、鶴光がリスナーに電話をかけて、イントロ当てクイズをするのだが、
相手が女の子だと『ニュートーの色は?』『カブセは?』『いっぺん合わせまひょか!』などとぐいぐい攻めこむのだ。今ならセクハラで訴えられるな。
そして電話をかけても出ないリスナーには『寝さらせー』と罵倒した。 そんな感じで4時間の放送を丸々聴いた翌日は、
昼過ぎまで眠ってしまい、日曜日を半分損した気になったものだ」
「まあ、その気分はわからないでもないな」
「他にも昔は電話リクエストの番組が各局あって、俺はある電リクに当時ファンだった原田知世の『時をかける少女』をリクエストした。
たいていリクエスト曲は誰かにプレゼント出来たから、俺はその曲を奈緒子へってメッセージを添えて、お母さんに贈った。
すると、それをDJが読んでくれて曲がかかった。そして偶然、その番組をお母さんも聴いていて、びっくりしたと同時にすごく嬉しかったって後に俺に言ったんだ。
それから二人にとって時をかける少女は思い出の曲になり、お母さんはカラオケでもよく歌ってた」
「あ、歌ってるのを聴いたことあるかも」
「で、その曲の中に『あなた私の元から 突然消えたりしないでね』ってフレーズがあって、
あと、『2度とは逢えない場所へ一人で行かないと誓って』ってフレーズもあって、
その曲を歌った後は、『泰ちゃん、急にいなくなったりしないでね』ってお母さんよく冗談めかして言ってたんだけど……
お前が突然いなくなってどうすんだよって、
2度とは逢えない場所へお前が行ってどうすんだよって、
生きてたら……生きててくれたら……お母さんにツッコめたのにな」
「泰造……」
「あ、すまん。湿っぽくなったな。そろそろ寝るか」
「うん」
泰造は寝室に入って行った。
泰造は未だにお母さんの物を何ひとつ捨てられなくて、全部当時のまま残してある。三面鏡の引き出しの中も、タンスの中身も、クローゼットの中の母の服も、まるであの頃と変わってない。
「お母さんがひょっこり帰ってきても困らないようにな」
泰造はいつかそう言っていた。
泰造はお母さんのことを今も愛しているのだ。
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