第20話 横浜銀蝿

 深夜、泰造が仏壇のお母さんの遺影に、手を合わせていた。私はまださっきまでみんなで飲んだ酒が残っていて頭が痛かった。


「泰造どうしたの? こんな夜中に」


「いや、お母さんに、みさきに良い人が出来たと報告してたんだ」


「そっか」


 それから私はダイニングキッチンのテーブルに着いて、酔い覚ましのエビアンを飲んだ。


 すると泰造がオロナミンCの瓶を置いて、私の前に座った。


「お母さん喜んでたぞ」


「ほんとかな」

 本当に喜んでくれてるといいな。


 そして少しの沈黙の後、

「お母さんと映画に行った話は前にしたよな」


「うん」


「その後、俺とお母さんはゲームセンターに行ったんだ」


「フツーにデートだね」


「まあデートだな。俺の初デートだ。それで俺は当時、シューティングゲームが得意で、特にインベーダーゲームは100円で4時間くらい遊べたんだ。


近所のゲーセンには俺のハイスコアが貼り出され、ずっと1位だったしな。だからお母さんにいいとこ見せたかったんだろうな。


当時のゲーセンはUFOキャッチャーもプリクラも太鼓の達人もなく、カップルが行くような要素に欠けていたんだ。


そこは学校サボったリーゼントにボンタン履いた横浜銀蠅的な不良がたむろしてそうなヤバそうな場所だったんだ」


「横浜銀蠅?」


「当時の不良達の憧れのバンドで『ツッパリ Hischool Rock`nroll(登校編)』でブレイクした。


その曲の中に『タイマン張りましょ 赤テープ同士で』ってフレーズがあるがどんな意味かわかるか?」


「わかんない」


「当時は革の手提げカバン、これもまるでプレス機で潰したようにぺったんこで、不良のカバンは薄ければ薄いほどイバれたんだ。


そのカバンの持ち手の所を、赤いビニールテープで巻いてるとけんか売りますで、


白いテープを巻いてるとけんか買いますっていう意味があった。


だからこの場合は、『けんかしようぜ、けんか売ります同士で』って意味になるんだ」


「まるで暗号だね」


「彼らは後に銀蠅一家と呼ばれるファミリーを形成し、男の勲章がドラマの「今日から俺は」に使われて再ブレイクした嶋大輔や今は俳優やってる杉本哲太がいた紅麗威甦(グリース)などがいて、


そのうち銀蠅一家の妹分として岩井小百合というアイドルまで登場した。岩井小百合は今もレポーターとかやってるな。


でも芸能人は売れるとやたらファミリーを作りたがるな。


欽ちゃんファミリーしかり、小室ファミリーしかり、北斗晶・佐々木健介ファミリーしかり」


「最後のは本物の家族じゃん」


「たしかにな。まあそんな当時のゲーセンで、俺はお母さんと何を話していいのかわからないからゲームに集中しようと思ったのだ。


 で、選んだ機種は……」


「機種は?」


「ギャラガだ」


「ギャラガ?」


「ハエみたいなエイリアンがブーンと飛来してきて、ミサイルを撃ってくるんだ。


それを自機で攻撃するのだが、エイリアンは2~3機で編隊を組んで飛んでくるからよけるのが大変なんだよ。


でもお父さんにとっては楽勝だった。秘技『炎のコマ』が出来たからな」


「炎のコマ?」


「ゲーム機のレバーをありえないスピードで動かして、自機にゲームのコンピューターを越える動きをさせるんだ。


その際、手元からは摩擦で炎が舞い上がった!


これは『ゲームセンターあらし』というマンガで石野あらしが使った大技だった」


「それ本当に出来たの?」


「出来るわけがない」


「バカだ」


「それで夢中になって敵機を攻撃してると、急にお母さんが言ったんだ」


「なんて?」


『泰ちゃんは好きな人とかいるの?』


それを聞いた途端、俺の自機はエイリアンのミサイルを食らって死んだ」


「動揺したんだ」


「俺は頭の中が、燃え尽きた矢吹ジョーみたいに真っ白になり、何も言葉が出ずに再びゲームに集中しようとした。するとまたお母さんが、


『泰ちゃんとまたこんな風に遊びに行けたらいいな』と言った。


その途端、また自機が敵のミサイルで爆発炎上した!


俺は『そ、そうだね』としどろもどろで答えたら、お母さんがとどめの一言を言った。


『私、泰ちゃんのこと好きだったよ。昔からずっと』


 ドカーン! 我が機は敵の集中放火を浴びて全滅した!


ゲームオーバーだ。


でも、その時から二人の恋のゲームはスタートするんだけどな」


「うまいこと言ったって思ってるよね? どや顔して。でも泰造とお母さんアオハルだねー」


「俺にもアオハルがあったんだな。懐かしいな」

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