第18話 夜霧のハウスマヌカン
泰造は明らかに動揺していた。
パフェのスプーンを持つ手が震えている。
彼氏はまっすぐに泰造の目を見つめて、
「初めまして、青木と申します」
と言って、斜め45度にお辞儀をした。
「もう付き合って3年になるんだ。会社の同僚なの。そろそろお父さんに紹介しようと思って」私が言うと、
「そっ、そうだったのか。あ、私がお父さんです。いや、みさきのお父さんの泰造です」
泰造も斜め45度に頭を下げた。
少し沈黙が生まれた。
この沈黙は息苦しい。水の中に潜って魚でも突いてるみたいだ。
その息苦しい沈黙を破って泰造が、
「あ、あの、趣味は何かな?」と言った。
彼氏にもその緊張が伝わったのか、
「えっ、あ、読書で、す」
と変なとこで言葉を区切って言った。
「さ、最近読んだ本で、お、面白かったのは?」
「ちょ、ちょ、ちょっと前の本なんですけど、
い、いとうせいこうの『想像ラジオ』とか面白かったです」
「あ、あの芥川賞取れなかったやつな」
「あ、ご存知ですか?」
すると泰造は急に饒舌になった。
覚醒したのだ。
「うん、ひそかに受賞して欲しいと思ってたんだよ。いとうせいこうは俺が二十歳くらいの時に、ホットドッグプレスに業界くん物語って見開きの連載をしててな、
当時のファッション誌はPOPEYEとホットドッグプレスが部数を争ってて、
俺はオシャレなのは絶対にPOPEYEだとわかっていたのに、
サブカル色が強いホットドッグプレスの方を愛読していたんだ」
「お父さん、ファッション誌なんか買ってたんだ」
私が言った。
「まだ若かったしな。これでもDCブランドとか着てたんだぜ。それで、その業界くん物語は当時花形のコピーライターやディスコDJ、スタイリスト達の裏話がマンガで描かれていて、いとうせいこうはその原作を描いてた。
それで人気が出てアルバムまで出た。あ、アルバムってレコードね。その中からシングルカットされたのが、ややが歌う夜霧のハウスマヌカンって曲だった。
作詞はいとうせいこうで、歌詞の内容は社販で黒いドレスを買って昼はシャケ弁当とか、
ファッション雑誌切り抜いて心だけでもニューヨークとか、
あたし来年三十路だわとか、ハウスマヌカンという当時最先端といわれた職業の悲哀を、演歌のメロディに乗せて切々と歌い上げていたな。
シャレで出したと思うのに、普通に演歌の番組や、街かどテレビ11:00って大木凡人、通称凡ちゃんが出てた番組とかに出てて、浮いてたのを覚えてるな。その年の紅白には出られなかったんじゃないかな。
でもハウスマヌカンって今はなんて言うんだろう?
ショップ店員か? ブティック販売員? カリスマ店員?」
「なんですかね」彼氏が言った後、クスッと笑って、
「みさきさんが言ってた通り、昭和の話をしだすと止まらないんですね!」と言った。
「そんなこと言ってたのか、みさき」
「だって本当じゃん」
なんだか空気が、ほっこりした。
泰造の昭和なレトロ話も役に立つのだと初めて思った。
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